NYはブルックリンを拠点とするインディー・フォーク・バンド、ビッグ・シーフが新作『U.F.O.F』を発表した。フロントウーマンのエイドリアン・レンカーによるソロ作『Abysskiss』(2018年)も高く評価されるなかでのリリースであり、4ADからの初音源となった同作。穏やかで美しい歌ものでありつつ、音作りにはさまざまな趣向が施され、聴くたびに新たな発見のあるプログレッシヴな作品でもある。
今回は、ポップスを中心にアメリカ音楽への造詣が深いことで知られる評論家、萩原健太が『U.F.O.F』を解説。その新しさの秘密に迫った。 *Mikiki編集部
エイドリアン・レンカーとバック・ミークという2人のシンガー・ソングライターを核に活動する米ブルックリンの4人組、ビッグ・シーフの3作目。これまで在籍していたサドル・クリークを離れ4ADに移籍して放った移籍第一弾アルバムだ。過去2作に比べると、パッと聞いた限り音像的にはだいぶオルタナ色を抑えた仕上がりで。最初のうちは、端正なフォーク・ロック・サウンドが朝の散歩とかにぴったりだなとか、きわめてお気楽に、ぼんやりと味わっていたのだけれど。
が、さすがはビッグ・シーフ。一筋縄にはいかない。繰り返し接しているうちにずいぶんと印象が変わってきた。不思議なアルバムだった。何度か聴き返すなか、いつの間にやら妖しい毒気というか、ほのかにドラッギーな手触りが体内に忍び込んできて、それに浸食され、とりこになって……。やばいアルバムだな、これ。印象が一変した。朝の散歩とか言っている場合じゃない。これまで以上にやばくて、最高の1枚だった。
この人たちの場合、ビッグ・シーフの曲を書いているのはエイドリアンひとり。なので、フロントウーマンである彼女と、それをサポートするバック・バンドみたいなイメージがどうしても強くなりがちなのだが。今回のアルバムでは過去2作以上に4人がより緊密にタッグを組みながら、彼らなりのバンド・サウンドの確立めがけて邁進しているように聴こえる。
レコーディングはワシントン州シアトル近郊の木造りのスタジオ、ベア・クリーク・スタジオで。プロデューサーのアンドリュー・サーロとエンジニアのドム・モンクスは過去2作から引き続きの参加だから、この変化はやはりメンバーたち自身の志向するところだったのだろう。レコーディングも各々の楽器を別々に重ねるのではなく、ベーシック・トラックは基本的に一発録り。おかげで、演奏の太さと強さが格段に増した。痛快だ。マネの〈草上の昼食〉よろしく、森の中にメンバー4人が勢揃いしたアルバム・ジャケットにもバンドらしさが真っ向から漂っている。
昨年、エイドリアンはソロ・アルバム『Abysskiss』をリリース。それがバンドというものの存在をあらためて意識するうえで大きかったのかもしれない。『Abysskiss』からは今回“From”と“Terminal Paradise”の2曲が再演されており、それらを比べてみるとビッグ・シーフのめざすバンド・サウンドが明瞭に聴き取れる気がする。簡素な弾き語りを基調にしたソロ作でのパフォーマンスと違い、こちらではバンドがイマジネイティヴな演奏やコーラスによって新たな世界観を付加。エイドリアンがふと声を詰まらせたり、荒々しくひっくり返したりする瞬間もあえてそのまま切り取ることでむしろ儚さを強く演出してみせる。しびれる。
ちなみに、“From”という曲でエイドリアンは、〈No one can be my man〉という詞を歌う。が、ソロ・アルバムで聴いたときにも思ったのだが、歌詞の後半、〈Be my man〉の部分ばかりが歌のなかでえんえん繰り返されるため、本来の意味は〈誰も私の男になれない〉なのに、聴いていると逆に〈私の男になって〉というイメージが妙に鮮明に脳裏に残ってしまうという不可思議なアンビヴァレンス。