Photo by Alexa Viscius

いまやUSインディーロック/フォークを代表するバンドに成長したビッグ・シーフ。彼女たちの新作『Dragon New Warm Mountain I Believe In You』は、リリースされるやいなや絶賛されているが、特にその独特で時に歪でさえある実験的なサウンドデザインが注目されている。そこで、ここでは、音楽評論家でレコーディングエンジニアでもある高橋健太郎に、ビッグ・シーフの新作の録音や音響を分析してもらった。 *Mikiki編集部

BIG THIEF 『Dragon New Warm Mountain I Believe In You』 4AD/BEAT(2022)

 

ビッグ・シーフというバンドが立つ新しい地平

ビッグ・シーフの『Dragon New Warm Mountain I Believe In You』は20曲入りの大作だ。バンドとしては、2枚のアルバム『U.F.O.F.』、『Two Hands』を残した2019年以来のリリース。その間に、シンガーのエイドリアン・レンカーはソロプロジェクトへと向かい、『songs』、『instrumentals』という2作を2020年に発表した。このレンカーのソロ、とりわけ『songs』が脆さと鋭さを備え持つ鮮烈なフォーク作品だったので、実を言うと、ビッグ・シーフというバンドはどうなるのだろう?と思ってもいた。ビッグ・シーフのほとんどの曲はレンカーが作詩作曲している。同じ4人のバンドサウンドで作品を作り続ける必然性はあるのだろうか?とも考えたのだ。

しかし、『Dragon New Warm Mountain I Believe In You』の冒頭の“Change”を聴いただけで、そんな危惧は無用だったことを知った。レンカーの歌の背後に恐ろしくシンプルな演奏を付け加えているだけなのに、このメンバーでなければ醸し出せない空気が静かに広がっていく。全員が〈うた〉のためだけに、必要最小限の音を紡いでいる。各個人のエゴはもとより、これがビッグ・シーフのバンドサウンドだというような主張さえない。しかし、そこにこそ、ビッグ・シーフというバンドが3年のブランクを経た後に立っている新しい地平が感じられた。

『Dragon New Warm Mountain I Believe In You』収録曲“Change”

 

“Change”の古めかしくも生々しいサウンドデザイン

資料を読んでみると、今回のアルバムは4ヶ所のスタジオで、4人のエンジニアとともに制作されたそうだ。“Change”はコロラド州の山中にあるスタジオ・イン・ザ・クラウズで、ドン・モンクスとともにレコーディングされた曲だ。スタジオ・イン・ザ・クラウズはニール・ヤング&クレイジー・ホースが2019年のアルバム『Colorado』をレコーディングしたスタジオだ。

エンジニアのドン・モンクスは『U.F.O.F.』、『Two Hands』を手掛けているが、“Change”の手触りは前2作のサウンドとはかなり異なる。ドラムスは左チャンネルに、アコースティックギターは右チャンネルに寄せられている。残響処理は控えめで、自然なスタジオアンビエンスのみだ。ある意味、古めかしいサウンドデザインだが、しかし、手が切れそうな生々しさがある。

思い起こしたのはスティーヴ・アルビニが手掛けたニーナ・ナスタシアのアルバムだった。アルビニというと、ラウドなロックサウンドのイメージが強いかもしれないが、エンジニアとしての彼はアコースティックな音楽にも剛腕を発揮する。精密なマイキングでありのままをテープに収めるアルビニのスーパーリアリズムに似た志向性が、この“Change”のサウンドには感じられた。

ニーナ・ナスタシアの2000年作『Dogs』収録曲“A Dog’s Life”

5曲目のアルバムタイトル曲“Dragon New Warm Mountain I Believe In You”もドン・モンクスとの録音だが、ここでは一転、ディレイやリバーブがふんだんに使われている。ダニエル・ラノワの音響処理を思わせたりもするが、質感はもっと澄んでいる。コロラドの大自然の中にあるスタジオ環境も影響したサウンドかもしれない。

『Dragon New Warm Mountain I Believe In You』収録曲“Dragon New Warm Mountain I Believe In You”

 

Photo by Alexa Viscius

“Time Escaping”の奇抜なアイデアを凝らした摩訶不思議なサウンド

アルバムの最初の4曲はそれぞれ違うスタジオ、違うエンジニアで録られた曲が並んでいるので、それを追っていこう。2曲目の“Time Escaping”はロスアンジェルスの北に位置するエコー・パークのファイブ・スター・スタジオで、ショーン・エヴァレットとともに制作。ショーン・エヴァレットはアラバマ・シェイクスの『Sound & Color』(2015年)を手掛けて名を挙げた当代きっての売れっ子エンジニアだ。

『Dragon New Warm Mountain I Believe In You』収録曲“Time Escaping”

飾り気のない“Change”とは一転して、“Time Escaping”では奇抜なアイデアを凝らしたサウンドが展開する。左右に振り分けられた2本のギターがスティールドラムのようなパーカッシブなサウンドを奏でる。これはギターのブリッジ付近に紙を挟んで演奏したもので、古くはボニー・レイットの71年の傑作アルバム『Give It Up』中の“You Told Me Baby”という曲で、ギタリストのジョン・ホールが披露している。ビッグ・シーフのギタリスト、バック・ミークもそのあたりにヒントを得ている可能性はありそうだ。

ボニー・レイットの71年作『Give It Up』収録曲“You Told Me Baby”

ただし、“Time Escaping”の2本のギターはアコースティックな感触もあるのに乱暴に歪んでもいる。僕が聴いて思い起こしたのはコンゴのコノノNo. 1のサウンドだった。コノノNo. 1は民俗楽器のリケンベ(コンゴの親指ピアノ)にコンタクトマイクを取り付け、アンプで増幅して、トランシーなサウンドを生み出していた。

コノノNo. 1の2005年作『Congotronics』収録曲“Lufuala Ndonga”

“Time Escaping”でショーン・エヴァレットはミークの弾くオールド・マーチンとレンカーの弾くナショナルのリゾネイターに、ヘッドフォンをコンタクトマイク代わりに取り付けて、音を拾ったのだそうだ。そして、何らかの方法でそれを歪ませ、摩訶不思議なサウンドを生み出した。エヴァレットはアルバム中の4曲を手掛けているが、いずれも歪んだ音やくぐもった音を効果的に使っている。エンジニアの遊び心が発揮されたこの4曲が、アルバム中でも強烈なアクセントとなっている。

 

“Spud Infinity”のカントリーフィーリングに聴く新生面

3曲目の“Spud Infinity”はアリゾナ州トゥーソンのプレス・オン・スタジオ録音。ドクター・ドッグのシンガー/ギタリスト、スコット・マクミッケンのホームスタジオだが、そこでビッグ・シーフは新生面を見せている。かねてから親交のあるマット・ダヴィッドソンをゲストに、カントリーフィーリング溢れる曲を聴かせるのだ。

『Dragon New Warm Mountain I Believe In You』収録曲“Spud Infinity”

ダヴィッドソンのソロプロジェクト、トウェインも同スタジオを拠点にしている。フィドル、スティールギター、ピアノなどを演奏し、ボーカルも取るダヴィッドソンはビッグ・シーフの5番目のメンバーといってもいい活躍ぶりだ。そして、このアリゾナ・セッションでは、レンカーの歌声もこれまでとは違った表情を持つ。インディーロック的なニュアンスよりも、エミルー・ハリスなどを思わせる、清楚で落ち着いたカントリーフィーリングが香る。

 

“Certainty”のインディー的DIY精神

4曲目の“Certainty”はニューヨーク州ウェスト・ショカンのフライング・クラウズ・レコーディングでの録音。ニューヨークといってもマンハッタン島からは100キロ以上も北に位置する森の中のスタジオで、シンガーソングライターのサム・エヴィアンが所有する。同スタジオでの5曲のセッションでエンジニアを務めたのもエヴィアンだ。

『Dragon New Warm Mountain I Believe In You』収録曲“Certainty”

“Certainty”のシンプルなサウンドは、“Change”に似た志向性も感じられるが、手触りはよりオーガニックで暖かい。録音には8トラックのテープレコーダーが使用されたそうだ。最もインディー的なDIY精神を感じさせるのが、このフライング・クラウズ・レコーディングでの5曲のセッションと言ってもいい。これまでのビッグ・シーフにはないオールドタイミーな雰囲気が感じられたりもする。

 

Photo by Alexa Viscius

ニール・ヤング&クレイジー・ホースのようなソングライターとバンドの理想形

アルバムの20曲はこれら4ヶ所でのセッションからの4〜5曲に、レンカーが書き上げたばかりの曲を一人で録音した“Promise Is Pedulam”を加えた構成になっている。様々な土地でレコーディングするというのは、ビッグ・シーフが以前から持っていた志向性に思われる。過去にもシアトルやロスアンジェルス、カンサス州やテキサス州のスタジオにも赴いている。ビッグ・シーフはニューヨークで結成されているが、どこかのローカルシーンに属したバンドという匂いがしない。それも旅しながらのロケーションレコーディングを好んできたことと関係するかもしれない。

4ヶ所でのスタジオセッションで録音された曲は実は50曲近くに及び、アルバムに収録された20曲は、その中から絞りに絞ったセレクションなのだという。レンカーのソングライターとしての多作ぶりに驚かされるが、彼女が書き上げたばかりの曲を4人で演奏してみると、すぐに一つの世界観に到達できる。そんな関係性が現在のビッグ・シーフにはあるのかもしれない。

まさしくソングライターとバンドの理想形、過去の例でいえば、と考えて最初に思い浮かんだのはニール・ヤング&クレイジー・ホースだった。それも70年の名盤『After The Gold Rush』でニールを支えた、ダニー・ウィットンやニルス・ロフグレンを含むクレイジー・ホースだ。

この連想には理由がある。スタジオ・イン・ザ・クラウズ・セッションの中の1曲、“Love Love Love”の演奏は明らかにニール・ヤング&ザ・クレイジー・ホースのとある曲を意識したものに思われる。それは『After The Gold Rush』に収録された“Southern Man”だ。コード感やひっかかりのあるギターカッティングなどを聴き比べてみて欲しい。ひょっとすると、このスタジオを選択したきっかけもニール・ヤング&クレイジー・ホースの『Cololado』だったのかもしれない。『Cololado』ではニルス・ロフグレンが45年ぶりにクレイジー・ホースに復帰している。

『Dragon New Warm Mountain I Believe In You』収録曲“Love Love Love”

ニール・ヤングの70年作『After The Gold Rush』収録曲“Southern Man”

スタジオ・イン・ザ・クラウズにはたまたま70〜80年代のキャロル・キングに貢献した管楽器奏者のリチャード・ハーディが滞在していて、“No Reason”ほかの曲でフルートを吹くことになったのだという。そんな偶然も『Dragon New Warm Mountain I Believe in You』に名盤の風格を与えたように思われる。ビッグ・シーフは2010年代に始動したバンドだが、このアルバムを聴いていると、いつの時代の作品だろう?と思えてくる瞬間がたくさんある。たぶん、それはいつの時代にも変わりない、バンドの基本や〈うた〉の基本に忠実だからではないだろうか。そういうアルバムだけに、これは長い時間をかけて、楽しみたいと思う。

 


RELEASE INFORMATION

BIG THIEF 『Dragon New Warm Mountain I Believe In You』 4AD/BEAT(2022)

リリース日:2022年2月11日

■国内盤2CD
品番:4AD0408CDJP
価格:3,080円(税込)
解説・歌詞対訳封入/ボーナストラック2曲追加収録

■輸入盤CD
品番:4AD0408CD
価格:2,490円(税込)

■限定盤LP(リサイクルダブルカラーヴァイナル)
品番:4AD0408LPE
価格:2,490円(税込)

■輸入盤LP
品番:4AD0408LP
価格:4,390円(税込)

■輸入盤カセットテープ
品番:4AD0408MC
価格:2,490円(税込)

TRACKLIST
Disc 1
1. Change
2. Time Escaping
3. Spud Infinity
4. Certainty
5. Dragon New Warm Mountain I Believe In You
6. Sparrow
7. Little Things
8. Heavy Bend
9. Flower of Blood
10. Blurred View

Disc 2
1. Red Moon
2. Dried Roses
3. No Reason
4. Wake Me Up To Drive
5. Promise Is A Pendulum
6. 12,000 Lines
7. Simulation Swarm
8. Love Love Love
9. The Only Place
10. Blue Lightning
11. Dragon New Warm Mountain I Believe In You (Tucson) *Bonus Track For Japan
12. Light Is As Is *Bonus Track For Japan