いまやUSインディーロック/フォークを代表するバンドに成長したビッグ・シーフ。彼女たちの新作『Dragon New Warm Mountain I Believe In You』は、リリースされるやいなや絶賛されているが、特にその独特で時に歪でさえある実験的なサウンドデザインが注目されている。そこで、ここでは、音楽評論家でレコーディングエンジニアでもある高橋健太郎に、ビッグ・シーフの新作の録音や音響を分析してもらった。 *Mikiki編集部
BIG THIEF 『Dragon New Warm Mountain I Believe In You』 4AD/BEAT(2022)
ビッグ・シーフというバンドが立つ新しい地平
ビッグ・シーフの『Dragon New Warm Mountain I Believe In You』は20曲入りの大作だ。バンドとしては、2枚のアルバム『U.F.O.F.』、『Two Hands』を残した2019年以来のリリース。その間に、シンガーのエイドリアン・レンカーはソロプロジェクトへと向かい、『songs』、『instrumentals』という2作を2020年に発表した。このレンカーのソロ、とりわけ『songs』が脆さと鋭さを備え持つ鮮烈なフォーク作品だったので、実を言うと、ビッグ・シーフというバンドはどうなるのだろう?と思ってもいた。ビッグ・シーフのほとんどの曲はレンカーが作詩作曲している。同じ4人のバンドサウンドで作品を作り続ける必然性はあるのだろうか?とも考えたのだ。
しかし、『Dragon New Warm Mountain I Believe In You』の冒頭の“Change”を聴いただけで、そんな危惧は無用だったことを知った。レンカーの歌の背後に恐ろしくシンプルな演奏を付け加えているだけなのに、このメンバーでなければ醸し出せない空気が静かに広がっていく。全員が〈うた〉のためだけに、必要最小限の音を紡いでいる。各個人のエゴはもとより、これがビッグ・シーフのバンドサウンドだというような主張さえない。しかし、そこにこそ、ビッグ・シーフというバンドが3年のブランクを経た後に立っている新しい地平が感じられた。
“Change”の古めかしくも生々しいサウンドデザイン
資料を読んでみると、今回のアルバムは4ヶ所のスタジオで、4人のエンジニアとともに制作されたそうだ。“Change”はコロラド州の山中にあるスタジオ・イン・ザ・クラウズで、ドン・モンクスとともにレコーディングされた曲だ。スタジオ・イン・ザ・クラウズはニール・ヤング&クレイジー・ホースが2019年のアルバム『Colorado』をレコーディングしたスタジオだ。
エンジニアのドン・モンクスは『U.F.O.F.』、『Two Hands』を手掛けているが、“Change”の手触りは前2作のサウンドとはかなり異なる。ドラムスは左チャンネルに、アコースティックギターは右チャンネルに寄せられている。残響処理は控えめで、自然なスタジオアンビエンスのみだ。ある意味、古めかしいサウンドデザインだが、しかし、手が切れそうな生々しさがある。
思い起こしたのはスティーヴ・アルビニが手掛けたニーナ・ナスタシアのアルバムだった。アルビニというと、ラウドなロックサウンドのイメージが強いかもしれないが、エンジニアとしての彼はアコースティックな音楽にも剛腕を発揮する。精密なマイキングでありのままをテープに収めるアルビニのスーパーリアリズムに似た志向性が、この“Change”のサウンドには感じられた。
5曲目のアルバムタイトル曲“Dragon New Warm Mountain I Believe In You”もドン・モンクスとの録音だが、ここでは一転、ディレイやリバーブがふんだんに使われている。ダニエル・ラノワの音響処理を思わせたりもするが、質感はもっと澄んでいる。コロラドの大自然の中にあるスタジオ環境も影響したサウンドかもしれない。