田中亮太「Mikiki編集部の田中と天野がこの一週間に海外シーンで発表された楽曲から必聴の5曲を紹介する連載〈Pop Style Now〉。先週は13thフロア・エレヴェーターズのリーダーだったロッキー・エリクソン、そしてニューオーリンズ音楽の大家であるドクター・ジョンが亡くなる、という訃報が続きました」
天野龍太郎「ドクター・ジョンは日本でも細野晴臣さんやBO GUMBOSのようなバンドたちがリスペクトしてることでも知られてますが、僕も彼の名盤『Gumbo』(72年)がなかったら、同地の音楽に興味を持たなかったかもしれません。これとかこれとか、SNSで見られる盛大な葬儀の様子も最高でしたね」
田中「セカンド・ラインですね! 明るい葬儀なのに、なんだか泣ける……。一方、エリクソンの死を受けて、ダイナソー・Jr.、R.E.M.、スプーン、アニマル・コレクティヴといった多くのアメリカのバンドたちが哀悼の意を表明しました」
天野「やっぱりものすごく尊敬されてたんですね。20世紀の偉大な音楽家たちを見送りつつ、僕たちは彼らの遺産の先にある最新の音楽をご紹介しましょう。それでは今週のプレイリストと〈SOTW〉から!」
Jai Paul “Do You Love Her Now”
Song Of The Week
天野「〈SOTW〉はジェイ・ポールの復活シングル“Do You Love Her Now”です! これは本当の本当に〈待望の〉と言うべきでしょう!!」
田中「興奮しないでください(笑)。ジェイ・ポールはロンドンのシンガー・ソングライター/プロデューサーですね。2007年に録音したという“BTSTU”が2010年にMySpace(!)で公開され、話題となりました。“BTSTU”はXLの目に留まり、翌年そのまま正式リリースされてます」
天野「いやー、初めて聴いたときの衝撃は忘れられません。ものすごく内省的で抑制された歌とフューチャリスティックなエレクトロニック・グルーヴに、ディアンジェロ以来のR&Bサウンドの更新を感じました。2012年には新曲“Jasmine”を発表。こちらも超名曲。でも、2013年にアルバム用の音源が勝手にリークされてしまうんです。あれは本当にかわいそうでした」
田中「寡作だったのが、これをきっかけに沈黙状態に入ってしまったわけですね。ですが、2016年にお兄さんのA.K.・ポールと〈Paul Institute〉というレーベル/プロジェクトを立ち上げ、プロダクションや作曲のクレジットで名前を見かけるようになりました。〈Paul Institute〉は4作同時に7インチ・シングルをリリースするなど、存在感を発揮してましたね」
天野「そんななか、7年越しの完全復活。“Do You Love Her Now”“He”の2曲に加え、2013年のリーク音源が『Leak 04-13 (Bait Ones)』というアルバムとして正式リリースされました」
田中「“Do You Love Her Now”は、〈Paul Institute〉の楽曲でも聴けた80年代風の音を超モダンに洗練したサウンドが素晴らしいですね。ベッドルーム・ファンクの極みのようなムードやグルーヴ、独特のファルセット・ヴォイスも健在で」
天野「こんなにすごい曲が聴けて、涙が出ますよ……。〈Paul Institute〉の今後と共に、ジェイ・ポールの活躍に心から期待してます!」
Bon Iver “U (Man Like)”
天野「続いては、ジャスティン・ヴァ―ノン率いるボン・イヴェールの新曲“U (Man Like)”です」
田中「ヴァ―ノンといえば、ジェイムズ・ブレイクやカニエ・ウェストなど、さまざまなアーティストの作品に客演しているポップ・シーンの俊才ですよね。特にヒップホップ・シーンでの愛されっぷりは凄まじくて、2017年のBillboardには〈ヒップホップ界で引っ張りだこのコラボレーター、ジャスティン・ヴァーノン〉なんて記事が出ました」
天野「もちろん、彼がもともといたインディー・ロックのシーンでも支持は厚く、昨年はナショナルのアーロン・デスナーと組んだビッグ・レッド・マシーンでの活動も話題になりました。その一方で、ボン・イヴェールの新曲としてはアルバム『22, A Million』(2016年)以来3年ぶり。“U (Man Like)”と“Hey Ma”の2曲が発表されました」
田中「発表の流れが少しユニークで、ロンドンのフェス〈All Points East〉でライヴをした際に音源を流して、その直後に配信をスタートさせたんですよね。ナウいやり方です」
天野「2曲を聴くかぎり、『22, A Million』で試みられた過激なエレクトロニック・サウンドやヴォーカルの変調は抑えられてます。かなりオーセンティックになった印象で、初期のスタイルへの揺り戻しも感じますね」
田中「とはいえ、とろけるような優美なメロディーと端正なアレンジによる、めちゃくちゃ良い曲であることには違いないです。特にモーゼズ・サムニーやブルース・ホーンスビー、ワイ・オークのジェン・ワズナーといった多数の歌い手がヴァーノンからヴォーカルを引き継ぎ、歌声を重ねていく“U (Man Like)”にはつい涙が……」
天野「ニューオーリンズ繋がりで言えば、アラン・トゥーサンの“Southern Nights”(75年)を思い出すようなシンコペーションするピアノのリフレインが温かいですね。TURNの岡村詩野さんと木津毅さんの対談記事にもありましたが、ヴァ―ノンが自身の傷心と向き合うために制作したパーソナルなファースト・アルバム『For Emma, Forever Ago』(2007年)から12年を経て、音楽で理想のコミュニティーを提示してる姿勢は感動的です」
田中「新曲のリリースと共に、iCOMMAi.comというサイトもローンチ。次のアルバムについてのものと思しき情報や画像、動画などが見られます。コンスタントに更新されているので、こちらも要チェックしていきましょう!」
(Sandy) Alex G “Gretel”
天野「3曲目は(サンディ)アレックス・Gの新曲“Gretel”。アレックス・Gというのは93年生まれ、米ペンシルベニア州出身のアレキサンダー・ジアナスコーリのステージ・ネームです」
田中「同じ名前の人が多すぎたのか、2017年からは〈(サンディ)アレックス・G〉という名前で活動しています。彼の音楽性はフォーキーでカントリー風のインディー・ロック。ほとんど彼一人で録音するDIYなスタイルやザラついたテクスチャー、内省的なムードから、独特の雰囲気がありますね」
天野「変わり者ですよね。音にへっぽこ感があって。レイドバックしたカー・シート・ヘッドレストというか……。よく比較されるのがエリオット・スミスです。“Proud”って曲(2017年)とか、確かに似てる。エレファント6系の90年代インディーやマイクロフォンズにも近い印象です」
田中「レーベルはNYのオーキッド・テープスからロンドンの名門ドミノへと移籍。着々とステップアップしてます。それでもインディー界では知る人ぞ知る存在だったのが、フランク・オーシャンにフックアップされて……」
天野「そうなんですよ! 2016年の『Endless』と対になった『Blonde』の両作でギターを弾いてます。特に後者! 超名曲の“Self Contorol”と“White Ferrari”での泣けるプレイは忘れがたいです……。なんだか今週は興奮ポイントが多いですね」
田中「落ち着いてくださいね。そんなアレックス・Gの新曲は、9月13日(金)にリリースされるニュー・アルバム『House Of Sugar』からのシングル。スペーシーな音色のシンセサイザーが聴けるなど、ドリーミーでシューゲイジングなサウンドスケープが展開されてます」
天野「なんだか、らしくなくウェルメイドで音質も向上してますけど、すごい音像ですよね」
田中「終盤、壊れたMP3データを再生してしまったかのような潰れた音になるのにもびっくり。アルバム、待ち遠しいですね!」
Jay Som “Superbike”
田中「4曲目はジェイ・ソムの“Superbike”。彼女については今年2月26日の〈PSN〉でも取り上げましたが、LAを拠点にするSSWです」
天野「前回ご紹介した“Simple”は〈Adult Swim〉に提供したものだったので、企画に則した楽曲という側面もあったと思うんですけど、今回はニュー・アルバム『Anak Ko』からのシングル。といっても、アルバムのリリースは8月23日(金)とかなり先なんですが」
田中「まだ夏の終わり頃のことなんて考えられませんよ。それはともかく“Superbike”、キラキラとした音色のギターのコード・ストロークと、緩やかだけどグルーヴィーなリズムが堪らない、ネオアコ・ファン即死の楽曲ですね」
天野「〈MURO即死!〉みたいな物騒なレコ屋煽り文句、やめてください(笑)! 終盤にかけてメロウなシンセやファズ・ギターが加わっていき、シネマティックなスケール感を増してく展開も最高ですね。ハッチーが頭一つ抜けた感もあったドリーム・ポップのシーンに〈ちょっと待った〉と存在感を示す強烈な一曲だと思います」
田中「プレス・リリースで彼女は〈コクトー・ツインズとアラニス・モリセットを融合しようとした〉と述べていて、それも言い得て妙ですよね。新作への期待を俄然高める楽曲かと。ちなみに、アルバム・タイトルの〈Anak Ko〉とはフィリピン語で〈私の子〉という意味だとか!」
Girl Band “Shoulderblades”
天野「今週最後の一曲はガール・バンドの“Shoulderblades”です。ずいぶん久しぶりの新曲ですね」
田中「2015年の鮮烈なデビュー・アルバム『Holding Hands With Jamie』以来、音沙汰なかったですからね。ガール・バンドはアイルランドの首都ダブリン出身の4人組で、ポスト・パンク~ノー・ウェイヴ由来のミニマルで暴力的なロック・サウンドが特徴です。っていうか天野くん、昔ガール・バンドについてのアツいコラムを執筆されてませんでしたっけ? 彼らこそが、間違いなく〈今〉!みたいなタイトルの」
天野「(無視して)スカスカの“Paul”(2015年)とか、奇妙なビデオも含めて本当に衝撃でした。気怠げで、ノイジーで、インダストリアルで、不穏で、冷ややかで、ものすごく攻撃的。久しぶりにこんな不気味で薄気味悪いバンドが出てきたなって思って夢中になりましたね。もちろん褒めてますよ」
田中「その不穏さは、この6分強の復活シングルでも衰えてません。うねるノイジーなギターとダラ・キーリーのやけっぱちな叫びがダラダラと続く、強烈な一曲です。あとはビートが簡素でミニマルすぎて、なぜかダンサブルなのがこのバンドのおもしろいところですよね」
天野「冷めすぎたキャバレー・ヴォルテール、みたいなところもあるんですよね。考えてみたら、カナダからクラック・クラウドが現れて、ロンドンにアイドルズやゴート・ガール、それにブラック・ミディといったバンドがひしめいている2019年、絶好のタイミングでの復活となりました」
田中「ダブリンからはフォンテインズ・D.C.という新星も登場しましたし、ガール・バンドの帰還がさらにシーンの勢いを加速させるのではないでしょうか。ダブリンが燃えている! 待望のセカンド・アルバム『The Talkies』は9月27日(金)、ラフ・トレードからリリースされます」