世代やキャリアこそ違えど、二人が歩んできた道の上にはおんなじ音楽が転がっていた。ブルースという名のそれに内田勘太郎と甲本ヒロトが真正面から向き合い、戯れながら、ここだけの音色を鳴らすブギ連、いざ!

いい気持ちで流れがあった

 内田勘太郎と甲本ヒロト。ブルースに首まで浸かったスライド・ギターの名手と、ロックンロールという名の人生を生きる男。ビッグネームがガッチリ手を組み、純度100%のストレート・ブルースを奏でるユニット、それがブギ連。どう見てもスーパー・グループだが、目の前に座る二人は全然スーパーじゃない。少年のように目を輝かせてニコニコ笑ってる。好きなブルースの話をずっとしてる。

 「ブルースとの出会いは、ローリング・ストーンズです。初めて買ったレコードが国内盤の『Out Of Our Heads』で、〈サティスファクション〉も入ってたけど、“Cry To Me”“That's How Strong My Love Is”がとびきり好きで、その2曲をずっと聴いてた。それがオリジナルじゃないことがわかって、〈黒人の曲なんだ、黒人すげぇ!〉って思っちゃった。そこからです」(ヒロト)。

 「俺も“I Can't Be Satisfied”を聴いて、ストーンズっておもしろいなと思った。オリジナルの“Heart Of Stone”にしろ、初期の頃から黒人みたいな曲を書ける人たちだったんだよね。それがいまだに君臨してるということだけでも、すごいよね。だけど、ブルース・アルバム(2016年の『Blue & Lonesome』)を聴いてみたけど、期待よりはあんまりちょっと……。ミックがリトル・ウォルターみたいなハープを吹くんですとか言うから、聴いてみたけど、〈なんだい、ヒロトのほうがもっと近いじゃないか〉と思ったりして」(勘太郎)。

 結成のきっかけは、およそ6年前。勘太郎が自身の主催イヴェント〈YOKOHAMA MEETING〉にヒロトを呼び、オリジナルの日本語ブルースをやりまくったのが事の発端だ。当初は2、3曲歌うゲストのつもりだったらしいが、勘太郎の提案で新曲を含むフル・ステージへとスケールアップ。そこで生まれた曲たちが、後に今回リリースのファースト・アルバム『ブギ連』へと結実していくことになった。

ブギ連 ブギ連 ARIOLA JAPAN(2019)

 「その時すでに、オリジナルで2時間弱やれるヴォリュームがあったから、くどいぐらい〈アルバム作ろうよ~〉って言ってたんだけど、軽くいなされて(笑)。まあ、自分のメインのバンドがあって、別の活動はしたことなかったらしいからね。それから何年も経って、ヒロトが沖縄に来たんですよ。共通の知り合いのパーティーがあって、近所だから一升瓶ぶら下げて行ったら、お互いのマネージャーも一緒にいて」(勘太郎)。

 「みんなオフで遊びに来てて、そこの場でどうも話が決まったらしい。酔っ払ってよく憶えてないんですけど、二人で手を繋いでる写真が残ってるんですよ。あれでどうも、僕は勘太郎さんを受け入れたみたい(笑)。僕はその日、沖縄にいるアオタテハモドキというきれいな蝶々をペアでキャッチしていて、それがすごく嬉しくて。今日はいい日だなーと思ったら、勘太郎さんが一升瓶を抱えて来て、いい気持ちで流れがあったんです」(ヒロト)。

 

ブギのクソガキたち

 アルバム『ブギ連』に蝶々の歌はないが、コウモリの歌、ヘビの歌、ナマズの歌はある。沖縄のナナフシの歌もあったが、惜しくもお蔵入りしたらしい。ほかにもエルモア・ジェイムス、マディ・ウォーターズの歌詞をさりげなく引用したりしてる。ディープなブルースの聴き手であるヒロトならではの、本歌取りのような手法には、軽やかな楽しさと深いリスペクトがある。

 「内容はオリジナルだけど、ワードはいっぱい使わせてもらってます。落語の三題噺みたいなもので、〈お題はヘビで〉とか、そんな感じ。例えば“バットマン・ブルース”は、リトル・ウォルターの何かをやろうとしてて、メジャー・コードの曲をマイナーにチェンジしたりしてるうちに、〈バットマンのテーマに似てる!〉と思って、じゃあ歌詞もコウモリにしようとか、そういう作り方をしてます」(ヒロト)。

 ユニット名の〈ブギ連〉も、いかにも同好の士の集まりのように聞こえるが、そうではなく。ここにもブルースの元ネタがある。

 「このアルバムの曲は全部、あんな曲やりたいね、こんな曲やりたいねの寄せ集めなんですよ。その中で〈ジョン・リー・フッカーみたいなやつやろうぜ〉という話になった時に、〈ジョン・リーだったら何?〉〈ブギな感じがいいね〉って、出てきたのが“Boogie Chillen”。〈Chillen〉は仲間とか愚連隊みたいな意味だから、〈ブギのクソガキたち〉みたいなことだと思うんですよ。で、〈ブギ・チレン〉からチを取って、漢字でブギ連。日本語みたいでおもしろいねって、全部の録音が終わる頃に、チーム名が自然にブギ連になったんです」(ヒロト)。

 「始める時に〈こんなムードの曲をやろう〉っていうことだけ決めて、すぐに十何曲できたんだよね。お互いに〈ああ、あれですね〉って、説明不要なぐらい知ってるから、もう次の日には詞を何曲か持ってくる。ヒロトが書いてくる詞は、超オリジナルだし、現代詩人みたいだし、いい人と一緒にやれたと思うよ。憂歌団はオリジナルなブルースと言われたけど、ストレートなブルース・フォームのものはわりと避けてたの。日本語のオリジナルをブルースの節に乗っけるのは難しいと思ってたから。だからラグタイムとか、バラッドとか、ちょっとおしゃれなコード進行を入れたりして、そっちのほうに逃げてたんだけど、憂歌団を20年やって、ソロで20年やって、ヒロトと会って、真正面からオリジナルな日本のブルースをやるということが、やっとできたかなと思うんだよね」(勘太郎)。

 

ブギ連にしかない音色

 歌心溢れるスライドの音色に酔う“あさってベイビイ”から、ヒロトの岡山弁の語りが郷愁を誘う“道がじるいけえ気ィつけて行かれえ”まで。「結局。ブルースって全部同じ曲だよね」と勘太郎は笑う。「そこがいいんですよ」とヒロトが答える。二人は阿吽の呼吸で結ばれてる。

 「大事なのは、音色じゃないかな。その人しかない音色を、みんな持ってるから。上手でも下手でも関係なく、みんなその人の音を持ってるから、逆に、同じ定型のものをやればその人の色が出る。それをおもしろがるのが、ブルースじゃないかな。このアルバムは、詳しい人が聴けば、ほぼすべての曲に着想の元は見えてしまうと思います。そういう楽しみ方をしてくださって結構です。でも音色は、ブギ連にしかない音色だと僕は思います」(ヒロト)。

 ライヴは7月4日、東京・渋谷クラブクアトロ。〈ブギる心〉というライヴのタイトルにも元ネタがあるらしく、興味ある方は掘ってみてほしい。その後もいくつかライヴを予定しているらしいので、観られる時に観ておこう。存在そのものが奇跡、ブギ連はやはりスーパー・グループだ。

 「人前であんまりやってないからね。ヘボいって言われないようにがんばらないと。でもストーンズも、何日も見てると、本当にヘボい日があるんだってね」(勘太郎)。

 「この間の来日の、初日はすごかったですよ。キースがヘボくて(笑)。でも、4、5日後に見た時はめちゃくちゃすごかった。結局、その日にしかないものがそこにあるだけだと思うんですよ。僕らも、せめて、一生懸命がんばります。その日の全力を」(ヒロト)。

 

内田勘太郎の近作を紹介。

 

甲本ヒロトが所属するザ・クロマニヨンズの近作。

 


LIVE INFORMATION

【ブギ連LIVE「ブギる心」】
9/24(火)愛知・名古屋クラブクアトロ
9/25(水)大阪・梅田クラブクアトロ
9/27(金)東京・東京キネマ倶楽部
9/28(土)東京・東京キネマ倶楽部
詳細は〈www.boogie-ren.net〉にて!

 

ブギ連の愉しさからの流れで、さらに聴いてみたくなるオリジナルのブルースをちょっと盛り合わせ

JOHN LEE HOOKER Boogie Chillen':50 Original All-Time Classics Soul Jam(2018)

独自のリズム感覚を持ち込んで〈ブギ・スタイル〉なるものを確立。ギター弾きとしてはもちろん、ムーディーでありながら時に荒々しく吠える歌唱も魅力で、名の由来となった“Boogie Chillen'”(48年)の作者ということもあって、ブギ連の雰囲気にもっとも近いところかも。

 

SLIM HARPO Rocks Bear Family(2013)

〈ミスター・ルイジアナ・ブルース〉ことスリム・ハーポがもっとも得意とするのはハープだが、そのくつろいだヴォーカルもとても個性的。代表曲“I'm A King Bee”(57年)やブギ・ナンバーの“Shake Your Hips”(65年)は数多くのカヴァーを生み、ロック・ミュージシャンへも大きな影響を及ぼした。

 

ELMORE JAMES,JOHN BRIM Whose Muddy Shoes Chess(1969)

スライド・ギターの名手として名高い、“ブルースがなぜ”の詞に出てくる〈エルモア〉とはエルモア・ジェイムズのこと。これは同じシカゴのジョン・ブリムとのカップリング盤で、エルモア“Dust My Broom”(51年)、後にヴァン・ヘイレンも取り上げたジョン“Ice Cream Man”(69年)と、各々の代表曲入り。

 

MUDDY WATERS Muddy Waters Sings Big Bill Chess(1960)

ローリング・ストーンズを聴いてブルースを知ったらまずここを通る。なんたって“Rollin' Stone”(50年)って曲があるわけだから。40年代から活動してきたマディが最初に作り下ろしたこのアルバムは、シカゴ・ブルースの父とされるアコースティック・ギター弾き、ビッグ・ビル・ブルーンジーのカヴァー盤。

 

LITTLE WALTER The Best Of Little Walter Chess(1957)

マイクを通してアンプリファイドさせるなど独創的な奏法を生み出していった、ブルース・ハーピストといえばこの人、本文にも登場するリトル・ウォルター。セッション・ミュージシャンとしてチェスから送り出した楽曲の多くでその存在感あるプレイを聴かせるが、シンガーとしての魅力もなかなかのもの。

 

LIGHTNIN' HOPKINS Lightnin' Bluesville(1961)

35年に及ぶキャリアの中で残したアルバムは100枚超え。多作にして時代への順応性も高かったテキサスのブルースマン、ライトニン・ホプキンスは、サングラス姿でタバコを咥えた不良オジサンくさいルックスもイカしてる。ブギ連と併せて聴くなら、本作をはじめとするフォーク・ブルース期を選びたい。