ロマンティックなメロディーと可憐なヴォーカル、ヒップホップ/R&Bに根差したサウンドを携えてシンガー・ソングライター、kiki vivi lilyがEP『LOVIN' YOU』で世に表れたのは2016年のこと。その絶妙なバランスで成り立つチャーミングでファンキーな楽曲の数々は少なからぬポップ・リスナーの耳をがっちりと捉えたわけだが、あれから約2年半というそれなりのインターヴァルを経て、ついに彼女のフル・アルバム『vivid』が完成した。待望、と形容するに相応しい一作だ。
「EP『LOVIN' YOU』を作っている時点で、次作はフル・アルバムを出すと決めていてましたし、本作の曲の8割はその時点で構想があったものです。良質な小作品がたくさん入ったアルバムにしたい、という思いから一曲一曲を丁寧に仕上げて作り上げていきました。色とりどりの楽曲たちを楽しんでもらいたいので『vivid』というタイトルにしました」。
一聴してまず驚かされるのは、サウンド面の大胆な変貌だろう。前EPが90年代的なループ・ミュージックを基調としていたのに対して、本作では生演奏を軸にした奥行きのあるアンサンブルを精密に構築している。多くの楽曲の演奏やアレンジに、WONKの面々とMELRAWの安藤康平が参加していることが大きく寄与しているようだ。
「EPではカチッとしたブレイクビーツのループで組んでいる楽曲が多かったし、そういうビートももちろん好きなんですが、私はよれたビートや生楽器の揺らぎやグルーヴみたいなものも好きでよく聴いていました。本作ではそのへんの細かいニュアンスも織り交ぜたサウンドが作りたいなぁと思っていたところ、WONKのリーダーである荒田(洸)くんに声をかけてもらいました。彼らの音を聴いて、彼らとなら自分のめざすサウンドが具現化できる、と確信して作ることになりました」。
そう語られるように、ネオ・ソウル的な粘り気を取り込んだ“カフェイン中毒”に軽やかなシティー・ポップ“Why”、ご機嫌なブギー“K.V.L.F”などなど、ヴァリエーション豊かなソングライティングが、的確なプロダクションによって多様なフォルムのグルーヴに結実している。とりわけ、ファンキーなセクションにフレンチなニュアンスが吹き込まれる“Brand New”は当人の多面的なセンスを1曲に織り込んだマジカルな仕上がりだ。
「“Brand New”はおもしろい進行やメロディーを持っているのでどう仕上がるかがいちばん怖かったです(笑)。わりと初期にアレンジ作業をしたのですが、演奏してるみんなも楽しんでこのメロディーと向き合ってくれて、結果的にすごく良いものができたので、これはいいアルバムが作れそうだな、と確信しました」。
前EP以降のトピックとして見逃せないのが、彼女の名を広く知らしめる契機となった唾奇×Sweet Williamとのコラボ・チューン“Good Enough”(2017年)だが、そのSweet Williamもアレンジとリミックスで参加し、見事な仕事ぶりを披露。さらには、冨田恵一がプロデュースを手掛ける“Copenhagen”も聴きどころだろう。
「冨田さんがカラフルで緻密なメロディーを組んでくださったので、私はそのメロディーがすでに持っているリズムで言葉をはめていった、という感覚でした。その作業はとっても楽しかったですし、結果的に異国の風が吹いてくるような素敵な楽曲に仕上がったと思います」。
「ジャンルとかこれまでの自分とか、他の人の音楽や流行りとか……何にも捉われずに自分の中から出てくるメロディーに耳を傾けて発展させていくよう意識したので自由に作れた」と彼女は語るが、その非凡な才覚を自由闊達に発揮できる環境とサウンドを手にしたことで生まれたのが『vivid』なのだろう。2019年を代表するような、美しく瑞々しいポップ・アルバムだ。
kiki vivi lily
90年生まれ、福岡出身のシンガー・ソングライター。3歳よりピアノを始め、音楽に親しんで育つ。大学在学中の2011年に初めて手掛けた楽曲“ふみきり”がオーディションの最終選考まで進み、2012年より〈ゆり花〉名義で音楽活動を開始する。2013年に自主制作の『daughters』をリリースするなど活動を展開するも、2015年5月に活動を休止。同年8月に現名義で活動を再開し、2016年に『LOVIN' YOU』を発表。同年にSweet Williamの“Sky Lady”、2017年に唾奇×Sweet Williamの“Good Enough”に客演して脚光を浴び、寺嶋由芙への詞曲提供も行う。illmoreやTSUBAMEとの共演も話題を集めるなか、ファースト・フル・アルバム『vivid』(EPISTROPH)を6月26日にリリースする。