神奈川県・逗子。ここ10年は〈逗子海岸映画祭〉をひとつのシンボルとしながら文化的な土壌を着々と築いているこの街で、クロス・カルチャーなパーティーが行われていることをあなたはご存じだろうか。それが映画館兼カフェ、シネマ・アミーゴを拠点とするイヴェント〈Half Mile Beach Club〉。逗子に所縁のある9人の若者たちが主催する同イヴェントには、映画上映とライヴ/DJが共存。そこでは上映される映画の空気感やそのときどきの季節、そして海岸沿いの街に漂う雰囲気とシンクロするように音楽が流れているという(記事〈Half Mile Beach Clubインタヴュー―地元・逗子海岸で鳴らされるべき音を探して〉参照)。
さて、実際にその空間で流れている音楽とはどんなものだろう。そのムードを反映しているのが、上記パーティーに携わるクルーのうち、ミュージシャンの5人からなるバンド、Half Mile Beach Club(以下、HMBC)のファースト・アルバム『Be Built, Then Lost』だ。本作は、昨今の音楽シーンの潮流とはあきらかに一線を画した一枚。それでいて、ここには独自のカルチャーを育む逗子のいまが確実に切り取られている。マッドチェスター/バレアリックをリファレンスとしたデビューEP『Hasta La Vista』をふまえつつ、そのグルーヴは主催イヴェント以外でのライヴ経験も積み重ねたことでグッと肉感的に。享楽的なビートとチルなヴァイブが展開される全10曲は、この湿った夏のサウンドトラックとしても最適だ。
このアルバムのリリースにあたって、今回はかねてからHMBCと親交があり、8月3日(土)に東京・下北沢BASEMENTBARにて開催される本作のリリース・パーティーへの出演も決定しているbeipana氏をお招きし、HMBCとの対談を行うことにした。コンポーザー/DJとしての活躍ぶりもさることながら、近年はローファイ・ヒップホップに関する論考も大きな話題となった彼の視点から、HMBCというコレクティヴ/イヴェントの特異性とその魅力に迫ってみたい。
東京中心のシーンとはかけ離れたアティテュード
――beipanaさんは2017年11月に開催された〈HMBC〉に出演されています。どうやら交流はそこから始まったようですね。
宮野真冬(ギター)「そうなんです。beipanaさんに出演していただいたときに上映した映画は『アメリカン・スリープオーバー』(2011年)でした。あの映画のフォーカスの淡い街並みを子供たちが行ったり来たりしながら彷徨う姿と、beipanaさんの音楽が持つ、揺らぎ漂いながら緩やかにどこかを目指すようなフィーリングに重なるものを感じたため、お誘いしたんです」
beipana「逗子に目的をもって降りたのはたぶんそのときが初めてだったと思うんですけど、会場は海がすごく近くて。雰囲気もめちゃくちゃレイドバックしている感じで、それが頭のなかで描いていた『Lost in Pacific』の風景に近かったんです。自分の音楽がスティール・ギターというハワイアンの楽器を使っているので、こういう海辺でやらせてもらえるのはありがたかったですね」
宮野「時期的にも秋だったので、閑散とした逗子海岸とbeipanaさんの音楽がマッチしてましたね。映画の雰囲気も含めてすごくよかったです」
――イヴェントの印象はいかがでしたか?
beipana「やっぱり……普通のイヴェントではないですよね」
一同「(笑)」
beipana「みんなで映画を観たあと、HMBCのめちゃくちゃアッパーなライヴで終わるっていうのがけっこうショッキングで(笑)。地元っぽいことをやりたいという彼らの考え方って、東京とはかけ離れてるように感じたし、それがこの斬新なイヴェントに繋がってるのかなって。前回のEPを聴いたときもびっくりしましたね。マッドチェスターみたいな感じで」
ストーン・ローゼズやプライマル・スクリームを当たり前のように繋げて流す感覚
――マッドチェスターに代表される〈セカンド・サマー・オブ・ラヴ〉のフィーリングは、今回リリースされたHBMCのファースト・アルバム『Be Built, Then Lost』にも入っている印象です。beipanaさんの感想はいかがでした?
beipana「EPと比べると、この5人だけでやってる感じが際立っていて潔く感じたし、結果的にそのおかげで音も整ってるなと。あと、これは彼らが開催しているイヴェントにも共通することなんですけど、音楽的なところであまり東京を意識してないというか、何ともリンクしてない感じがして、そこが印象的でした」
――最近のトレンドや東京のシーンとは一線を画した作品だと。
beipana「そうですね。参照しているものが東京やメディアでよく見るいまの日本のバンドとは違うように感じました」
――HMBCのみなさんは実際にどんな音楽を参照されていたのでしょうか?
宮野「ストーン・ローゼズとかハッピー・マンデーズなんかは制作中の会話にもよく上がってました」
都筑真也(ドラムス/パーカッション)「あとはニュー・オーダーね」
山崎優平(ヴォーカル)「この5人だけじゃなくて、DJチームのメンバーもそのあたりが好きなので」
beipana「そこで参照するのがニュー・オーダーやハッピー・マンデーズっていうのは、やっぱりほかとちょっと違いますよね。テーム・インパラやヴァンパイア・ウィークエンドじゃないんだっていう(笑)。 イヴェントでHMBCのDJチームが流す曲も〈自分が行くような都内の場所だったら受け入れられないんじゃないかな〉みたいな流れでかかっていて(笑)」
朝倉卓也(サンプラー/シンセサイザー)「確かに東京だったら追い出されるでしょうね(笑)」
beipana「でも、そういうローゼズとかプライマル・スクリーム、ハッピー・マンデーズを当たり前のようにかける感覚ってすごく新鮮でした。きっとその感覚がHMBCの音楽性にも繋がってるんだろうなと思いました」
――HMBCの音楽性にはマッドチェスターやバレアリックはもちろん、90年代のアブストラクト・ヒップホップなどを彷彿させるところもあって。彼らのアプローチはbeipanaさんにどう響いているのでしょうか?
beipana「"Blue Moon"ではとりわけ忠実に再現してますよね。本当に好きなんだなってことが伝わってくるというか。僕が『Lost in Pacific』で参照したのも、まさにいま仰ってた90年代のトリップホップ、ダウンテンポだったんです。そういう音楽って、当時のマッドチェスターやレイヴ・カルチャーに疲れたクリエイターが始めた側面もあるから、HMBCとは表裏一体な縁も感じます。僕がアルバムを出した2015年当時は〈作ったはいいけど、いま誰に届くんだろう……?〉と思ってたんです。
でもトリップホップ的な質感は、いまは若いビートメイカーたちによって、ローファイ・ヒップホップ※の要素としても受け入れられてますよね。そう考えると、HMBCのような若いバンドがいまマッドチェスター的な表現をしているのも、実は表面化していないだけで時代とリンクしているのかもしれない」
宮野「僕らからすると、逗子のイヴェントで流れたときにハマる音を探していたら、バレアリックとかマッドチェスターがしっくりきたってだけなんですよね。あと、去年に静岡の〈RAINBOW DISCO CLUB〉に行ったら、アシッド・ハウスで踊ってる若い人がたくさんいて。そういう反応を見たことが今作への刺激になったのかも」
beipana「アシッド・ハウスは2010年代前半にロウ・ハウスが流行ったときも下敷きになっていたように感じたし、2015年には(人気DJの)セス・トロクスラーがロンドンでアシッド・ハウスのリヴァイヴァル・パーティーを開催していましたね」
朝倉「TB-303(80年代後半にアシッド・ハウスのムーヴメントを引き起こしたローランドのシンセサイザー)の後継機が出たのがちょうどその時期なので、近年またそういうサウンドを出しやすい環境になったのも大きいんじゃないかな。ビッグ・ビートが流行りはじめてるって話もあるし」
――本作も前EPと比較して、よりダンス・ミュージック性を高めた印象です。
山崎「ただ、マッドチェスターにしてもアシッド・ハウスにしても、僕からすると〈古い音楽〉っていう意識はあまりなくて、むしろ〈これはいまフレッシュなんじゃないか〉くらいの気持ちでモティーフにしてるんです。今作の音像には90年代になかった質感もあると思う。レコーディングの時期でいうと、たとえばチャイルディッシュ・ガンビーノとかの影響も受けていて」
宮野「HBMCにはDJも含めたメンバー全員で共有しているプレイリストがあるんですけど、そのプレイリストは特定のジャンルよりもそのときどきの季節やムードが反映されるので、曲を作るときも〈こういうシチュエーションに合うものにしたい〉みたいな話のほうが多いんです」
逗子に萌芽したカウンター・カルチャーの未来
――では、今作のなかで特にいまの逗子のムードやヴァイブスを落とし込めた曲は?
宮野「アルバム終盤、曲順でいうと8~10曲目、“Olives”~“Yankee”~“in the Windy City”のレイドバックした流れは、ひと気がない逗子海岸の湿った感じを表現できてるんじゃないかな」
山崎「僕は3曲目の“Oasis”ですね。鎌倉でレコーディングが終わったあと、車で海岸線沿いを走りながらみんなでこの曲を聴いたんですけど、それがめっちゃよかったんですよね。海っぽいんだけど、浮ついてない感じというか」
宮野「逆に4曲目の“Chasing the First High”は渋谷の雑踏みたいなイメージかな。首都圏に住んでるメンバーもいるので、都心の空が見えないような感じも自然と今作には入り込んでると思います」
山崎「そもそも無理に逗子っぽさを出したくはないんです。イヴェントもそうなんですけど、ガチガチにコンセプトがあるわけじゃなくて、シネマ・アミーゴの雰囲気のなかでバンドが楽しめることをやりたくて」
宮野「シネマ・アミーゴは、それこそ東京をまったく意識してないというか、独特の空間を作り上げているところなので、アミーゴがホームであることは東京のシーンに左右されない自分たちの態度に影響を与えているとは思いますね」
beipana「シネマ・アミーゴの館長の長島源さんって、たしか〈Sputnik〉に携わっていた人なんですよね? 〈Sputnik〉は、99年に野村訓市さんとIDEE※の黒崎輝男さんたちが始めた海の家でもあり、創刊した雑誌名でもあった。当時、辻堂海岸に彼らが作った〈Sputnik〉は、海の家のイメージを180度変えてしまったとても画期的なものだったんです。海の家って、昔は焼きそば屋さんとか屋台だらけだったけど、モダンなドーム状の建物やDJブースがあるような、いまでこそよく見かけるクールな要素を初めて取り入れたのが彼らで。シネマ・アミーゴはそういうところに関わっていた人がやっている映画館なので、初めからクールというか、東京を見据えてない感じなんでしょうね」
山崎「実際、源さんをはじめとした上の世代の人たちはオープンマインドでクールなことをやっていて、僕らのやり方もすごく尊重してくれたんです。僕らがやってきたことは逗子だから許容されたんだと思う。これがもし東京だったら、たぶんこうはいかなかったんじゃないかな」
beipana「何も言わずにそういう場所を与えてくれる大人がいてくれるというのは、本当に羨ましいですよね」
宮野「ずっと逗子で学生時代を送ってきて、ここで同じ趣味を共有できる人なんかいないと思ってたんです。でも、そこにシネマ・アミーゴという映画館ができて、僕らのメンバーがバーテンダーとして働きはじめて、みんなでイヴェントをはじめてみたら、文化的なことにアンテナを張っている人たちとたくさん出会えた。こういう場所があることって本当に大切なんだなと思いましたね」
朝倉「2000年代の中頃の逗子は、テレビ局が海の家を作ったり、フェスの〈OTODAMA〉が開催されたり、エンターテインメントの的になっちゃっていたんです。ただ、それが地元に根付いていったかというと、そういうわけでもなくて。だから、そのカウンター・カルチャーがシネマ・アミーゴだったんじゃないかな。自分が逗子に定期的に帰ってこようかなと思えたのも、シネマ・アミーゴの存在を知ってからなんです」
――一度は離れた逗子にまた目を向けるようになったと。
beipana「これは〈池子の森の音楽祭〉に呼んでいただいたときに思ったことなんですけど、逗子のイヴェントは子連れのお客さんがすごく多いんですよ。それで実際に話を聞いてみると、どうやら子供ができたのを機に移住してきた人が逗子には多いみたいで。そういう人たちがミニマル・テクノで踊ってるっていう(笑)」
――それはすごい光景ですね。
beipana「びっくりしますよ。赤ちゃんをおんぶしながらブース前で踊ってるお母さんがいますからね(笑)。それもまた東京へのコンプレックスがないというか、そういうものから上がった人たちが多い感じがしましたね。東京では十分に遊んだし、子供ができたからもう逗子に帰ろう、みたいな感じというか。もっとざっくり言うと、逗子ってなんかポートランド感があるんですよね。まあ、実際に行ったことはないので〈POPEYE〉のポートランド特集に載ってるよう感じをイメージして言ってしまってますけど(笑)」
朝倉「なんかそれ、わかります(笑)」
beipana「〈池子の森〉にもDIYっぽいお店やオーガニックなお店がたくさん出店していましたしね。米軍住宅もあるからお客さんの人種もさまざまだったし。多様性があって、自分たちがやりたいような生活様式を選択できる場所ができつつあるのかなって。マスメディアとかにはまだ取り上げられてないような気がするけど、きっとここは豊かな暮らしをする場所なんだろうなと思いました」
宮野「いまは僕らやアミーゴもちゃんと市を絡めてやる機会が増えてきたんです。なるべく敵をつくらず、コミュニティーとして発展していけたらなと」
beipana「みなさんはそのなかでいまこうしてバンドがやれてるってことですよね。つまり、HBMCは〈Sputnik〉から続くカウンター・カルチャーの末っ子なんだなと」
一同「(笑)」
山崎「すごくいいですね、それ(笑)」。
beipana「街に文化的なカウンターっぽい動きがいま起きていて、そこで自由にやら
せてもらってるのがHMBCなんでしょうね。逗子のこれまでの歴史やこれからを長
い視点で捉えたとき、とてもおもしろい存在になっていくんじゃないですか」
LIVE INFORMATION
1st Album Release Party〈ACID BEACH CLUB〉
2019年8月3日(土)東京・下北沢BASEMENTBAR
開場/開演:18:30
前売り:2,500円(ドリンク代別)
Live:HOPI/WOOMAN/Half Mile Beach Club
DJ:beipana/kotsu (CYK)
★詳細はこちら
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