ただ音楽として楽しんでほしい

 なぜ、n-bunaは音楽を通して物語を描こうと考えたのか? その背景には、19世紀の詩人/劇作家、オスカー・ワイルドに強い影響を受けて〈芸術至上主義〉を掲げるn-bunaの信条があった。

 「僕はオスカー・ワイルドを信奉しているんですけど、オスカー・ワイルドの〈人生は芸術を模倣する〉という言葉を忠実に再現した物語が作りたかったんですね。だから、エルマという人間はエイミーという青年が残した作品に影響を受けて、それを模倣するようになってしまう。そういう人間の物語を作ろうとまず思ったのが、そもそもの根底にあります」(n-buna)。

 オスカー・ワイルドだけでなく、音楽、映画、俳句や短歌など、幅広いカルチャーからの影響がn-bunaのクリエイターとしての背骨になっている。

 「音楽的なところで言えば、僕はブルースとか、ギター・ヒーローのようなギタリストが好きなんです。ジョニー・ウィンター、スティーヴィー・レイ・ヴォーン、ラリー・カールトンのような人たちが好きだし、影響を受けていると思います。映画だったら、クリストファー・ノーランやデヴィッド・フィンチャー、あとはヒッチコックが好きで影響を受けています。あと、僕は近代歌人が好きなんです。名前を挙げるならば、正岡子規、与謝蕪村、種田山頭火の俳句や短歌にはすごく影響を受けています。作品の中でもいろんな箇所でオマージュしていますね。それこそ、与謝蕪村は松尾芭蕉が残したものに影響を受けて、芭蕉が辿った道をなぞるように日本中を旅したんですよね。ヨルシカでエイミーとエルマの物語を作るにあたっても、そういう構造を描きたかったというのがあります」(n-buna)。

 透明感のあるsuisの歌声もヨルシカにおいては重要なピースとなっている。ミュージカルをルーツの一つに挙げる彼女は、ヴォーカリストとして、音楽で物語を描くヨルシカならではの歌の表現を形にしている。

 「『だから僕は音楽を辞めた』では青年に感情移入をして、その気持ちを感じながら歌うという形だったんですけれど、『エルマ』では、suisではなくエルマになりきって、エルマ本人としてアルバムをレコーディングするというような思いで歌っていきました」(suis)。

 「僕が書いた曲に対して、ちゃんと考えてその時々の役に入り込んで歌ってくれる。映画における役作りみたいな感覚で歌ってくれているというのは、ありがたいと思っています」(n-buna)。

 『エルマ』の初回限定盤〈エルマが書いた日記帳仕様〉には、CDに加えて、写真とエルマの旅の足跡を記した日記帳が封入されている。音源やMVだけで聴いて楽しむことももちろんできるが、その世界に入り込むことで、一つ一つの曲に込められた背景を、より深く味わうことができる。そんな魅力をヨルシカの音楽は持っている。

 「リスナーには、何も考えずに頭を空っぽにして聴いてもらえたらいいなと思います。そういうアルバムとしても作っているので。〈この曲がいい〉〈この歌詞がいい〉って、ただ音楽として楽しんでほしい。で、それもありつつ、その音楽がなぜできたのかという背景も日記帳では説明しているので、興味がある人はその根底を知ってもらったらいい。そういう思いで作っています」(n-buna)。

ヨルシカの作品。