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武田理沙は何と闘っている?

――めくるめく展開でどんどんと風景が巡っていく感覚とか……。それもお二人の音楽の共通点じゃないかなと思うんですが。

武田「そうかもしれないですね。でも、自分の音楽を改めて客観的に聴くと、自分で思っているよりもスピードが遅く感じるんですよ。だから余計に矢継ぎ早な展開になってしまうのかな。本当はもうちょっとグラデーション的に変化させていきたいな、とは思っているんですけど」

トクマル「その気持ちもすごくわかる。僕はあまり集中力がもたないタイプなので、武田さんみたいに長大な曲を作るのは苦手で、だいたい3分ぐらいで終わっちゃうんですけどね。だから、武田さんの曲はあんなにめくるめく感じなのに尺もかなりあって、集中力がすごいなと思って」

――武田さんは最初に譜面を書き上げてから制作に取り掛かるんですか?

武田「いやっ。私譜面、一切作らないんです。録音にあたってクリックもあまり使わない……」

トクマル「そうなんだ。“スーサイドスター”の途中の構造とか、一体どうやって作ったんだろう……」

武田「先におおまかな構成をMIDIで作っておいてからドラムを録るという形ですね。歌が入るところだけはちゃんと叩いておいて。あとはもう、ドラム・ソロ(笑)。だからベーシックを録る、みたいな感覚ではないです。今の時代、後からDAWで繋げられるし、いろんなテンションのドラムをとりあえずいっぱい録っておいて、使えるところだけ切り取って、さらにキーボードを重ねる、みたいな感じですね」

武田理沙の2018年作『Pandora』収録曲“寄生虫”

――トクマルさんの場合は、全体像を完成図として頭の中に描いてから作っている?

トクマル「基本的にはそうですね。インプロヴィゼーション的なことを僕は(自分の音楽に)入れてないですし。武田さんみたいに、インプロヴィゼーション的なものを一人で作り上げるっていうのは一体どういう感覚なんだろうって(笑)。不確定要素を取り入れる音楽って、他の人とぶつかり合いながら盛り上がって、何か一つのものが出来ていくっていうものだと思うんですが、武田さんは一人で何と闘いながら作っているんだろう(笑)?」

武田「(笑)。私、23歳ぐらいから即興演奏を色んな人と沢山やってきて、〈ここがこうだったらもっとかっこいいのに!〉っていうのを日毎に感じていたんです。だから、その理想形の音源があってもいいなって思ったのが自分一人で作ろうと思ったきかっけですね。

今作みたいにポップスをやるにしても、理想のインプロを追求する箇所があってもいいなとは思っていて、むしろそのことでポップス的な構造との対比が浮き彫りになる面白さもあるかなって」

トクマル「いや〜、面白い。完璧に設計図通り作り込まない感じはいわゆるカンタベリー系とかに通じる面白さですよね」

カンタベリー・ロックを代表するソフト・マシーンの70年作『Third』収録曲“10:30 Returns To The Bedroom”

 

10代の頃に爆音で聴いた〈あの音〉を再現したい

――武田さんはトクマルさんと同じくミックスも自身でやられますが、トクマルさんは本作を聴いてみて、どう思いますか?

トクマル「相当ヤバい音ですよね(笑)。僕もそうなんですけど、もしかしたら、めちゃくちゃな音質のライヴ音源とか、汚い音の音楽を爆音で聴くようなタイプだったんじゃないかなっていう(笑)。家でむちゃくちゃな音量で音楽を聴いてないですか……… (笑)?」

武田「やっぱり作るときはどうしても音をデカくしちゃいますよね」

トクマル「かつて10代の頃にイヤホンで聴いて衝撃を受けた〈あの音〉を再現したいとか、そういう気持ちは僕にもあって。そうすると、やっぱり音圧とかもガンガンぶち込みたくなるんですよ。それで音がグシャグシャになっても、これがかっこいいって思っちゃう」

武田「私もそういう感じです(笑)。自分の曲の波形を見ると完全にのり弁みたいな長方形ですね」

――これまで作った曲をライヴで再現してみよう、という気持ちはありますか?

武田「実はライヴではアルバムの曲はほとんどやらないんです。音源でやりたいこととライヴでやりたいことがまったく違っていて」

トクマル「僕もそうなんですけど、武田さんもクラシック上がりだというし、生演奏の素晴らしさは、重々承知していると思うんですよ。一方で、録音物の面白さもすごくわかってるだろうから、ライヴでやらないのかなって」

武田「そうですね」

トクマル「実写に対するCGやアニメーションの構図と似ているかもしれないですね。本来カメラで撮ればいいところを、現実にはありえない映像として表現するというCGやアニメーションが、音楽における録音物ってことなのかも。だからもちろん録音物にはそれにしかない魅力がある」

 

声が出なきゃいいのに

――お二人ともプレイヤーでありながら、ヴォーカリストでもあります。自分のヴォーカルに対してどういう認識を持っていますか?

武田「いや~、自分の声に関しては嫌いどころじゃないぐらい嫌いで、もう声が出なきゃいいのにって思うぐらいです」

トクマル「(笑)」

武田「けど今回これを乗り越えないと、私この先音楽やれないなと思ったんですよ……」

トクマル「でも、みんなが〈あの人の歌声いいよね〉っていう人たちって、結構自分の声が嫌いな場合が多いなって思ったり。それこそ、あんなに素晴らしい声を持っているジム・オルークも自分のヴォーカルが全然好きじゃないらしいですし、僕も自分の声が嫌いだし。多分嫌いなままやり続けるしかないと思うんだけど(笑)」

武田「(笑)。録音を始めて嬉しかったのは、EQをかけると自分の声も好きな音色になるっていうことでした(笑)。そういう楽しみが発見できたんで、まあいっか、みたいな」

トクマルシューゴの2016年作『TOSS』収録曲“Lift”

――自分の声が嫌いな人ほど、音楽におけるヴォーカルっていうものの立ち位置をすごく冷静かつ俯瞰的に見られるっていうことなのかもしれないですね。マルチ・プレイヤーかつ宅録作家のお二人からすると、歌っていうものがあくまで音楽全体の中のワン・オブ・ゼムでしかないっていう感覚があるのかなって。だからこそ、その声に魅力を感じたりもします。

武田「(小声で)いや~、どうなんだろう……」

トクマル「まあ、武田さんもいきなりスタンダップ・ヴォーカリストになるかもしれないけど(笑)」

武田「その変化はさすがに鋭角すぎますね(笑)」