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“With Malice Toward None”から“旅をするために”へ

――“旅をするために”はヴォーカリーズ・トリオのランバート、ヘンドリックス&ロス“With Malice Toward None”(62年)のカヴァーというか、翻案のような曲ですよね。もともとは小西康陽さんが紹介していたことで知ったとか?

「高校生の頃の話になります(笑)。80年代後半に『TECHII』という雑誌があって、当時ニューウェイヴ的なものが好きだったひとたちは知っていると思います。それに小西さんがコラムを書いていて。いろんなレコードを紹介していたなかにランバート、ヘンドリックス&ロスの回があって、それで知りました。高校を卒業してからジャズをちょこちょこ聴くようになって、手を伸ばしてみたもののひとつがランバート、ヘンドリックス&ロスだったんです。

20代になってから友だちと音楽イベントをやったときに、クリスマスの時期だったこともあって、“With Malice Toward None”をカヴァーしました。クリスマスの歌じゃないんだけど、ちょっと讃美歌的な感じがあるので。だから、思い入れがある曲なんですよね。

さっき言った2015年のライヴもちょうど年末の時期で、そのとき限りのなにかをやりたいって思ったときに、あの曲をやってみようってなりました。そのときはヴォーカリストも3人いたので、やってみたらおもしろそうだと思って。だけど、(西本)さゆりさんが英語の歌詞を歌ったことがなかったんです(笑)」

ランバート、ヘンドリックス&ロスの62年作『High Flying With Lambert, Hendricks & Ross』収録曲“With Malice Toward None”。作曲はトム・マッキントッシュで、トミー・フラナガンによる演奏などでも知られる。曲名はエイブラハム・リンカーンの言葉〈何人に対しても悪意を抱かず〉に由来

――あはは(笑)。

「でも、それは僕もそうだったので、彼女が〈英語かあ……〉って言ったときに、〈いや、そうだよね〉って。でも偶然……必然なのかもしれないけど、そのとき僕は珍しくテキストを書いていたんです。本当に短い文章で、〈間違えるために〉っていう題がついていて。そのひとくさり書いていたものが、もしかしたら歌詞に使えるんじゃないかって思って、はめてみたらけっこういけた。それをちょこっといじって歌詞に使ったのが〈旅をするために〉なんです」

『ABBAU (Neue Welle)』収録曲“旅をするために”

――原曲は歌い出しが〈Each earthly day〉で、“旅をするために”は〈いつでも〉。訳詞ではないのですが、音と響きが同じで驚きました。

「それは意識的にやっています。だから、あのジョン・ヘンドリックスの歌詞ありきの日本語詞なんです。主要な部分は英詞の響きに寄せていますね」

――3声のハーモニーやアレンジも、原曲に近いですよね。〈旅〉というのは、さきほど髙倉さんが“アバウ”についておっしゃったこととも関係していると感じます。過去や記憶の中の土地に行くというのは、心理的な〈旅〉だとも言えるので。

「なるほど、言われてみれば! でも、〈旅〉っていう言葉を曲名にするのはちょっと抵抗があったんです。僕はかっこつけたい人間なので、〈旅〉は〈かっこよくないワード〉って感じがして(笑)。昔から歌のモチーフとして、あたりまえにありすぎるんです。だから、こういうことでもなければたぶん使わない言葉だと思います」

 

〈アバウ〉は〈イナバウアー〉?

――則武輝彦さんが手掛けたアートワークについても教えていただけますか?

「アイデアの出どころは、明治時代……もっと前かもしれないんですけど、その頃の消防所にあった〈火の用心〉の看板なんです。その〈心〉の字がこういう形になっていて。片方を蛇のようにしたのは則武さんのアイデアなんですけど、〈心〉の字の左右が鳥になっていて、真ん中に火がある――もとはそういう図だったらしいです」

『ABBAU (Neue Welle)』アートワーク

――左下にあるのは波ですね。

「そうです。僕と則武さんのあいだではいつも、細かなやりとりはあんまりしないんです。こっちが思っていることをテレパシーで受け取ってもらう、みたいな感じで(笑)。ただ当時、原発っていうのが僕らの意識の中にすごくあったから、そういう図案が出てきたんだろうねと確認し合いました」

――たしかに、福島の原発に見えなくもないですし、右側の火を噴いているほうは爆発事故を思わせなくもない。それにしても『ABBAU』は3曲入りのシングルで、実質的には2曲しかないのですが、すごく深みのある作品ですよね。

「〈深み〉っていうか、能書きが多い……(笑)」

――あはは(笑)。でも、髙倉さんから語られた背景は思ってもみなかったものでした。震災のことや東北のことも、いまは忘れ去られそうになっていますから。

「まったく終わっていないと思うんだけど、〈終わっていない〉ということにしちゃうと、いろんなことが成り立たなくなってしまうんですよね」

――震災から8年が経ち、『ABBAU』をいま改めて世に問うことは、すごく意味があるように感じます。

「うーん……。僕はちょっと、そういう強い意識を持てないんです。そういったことを直接的に歌にすることは、歌のありかたとしてピンとこないので。ただ“アバウ”に関しては、どうしようもなくそれに影響されているから、それはそれとして肯定しようっていう気持ちがあります。時期的に、そういうものがどうしてもこもってしまった曲だっていうふうに、いまは思っています。

ひとつ、ちょっとおもしろい話があって。2006年頃の“アバウ”は断片をやるだけに終わったんですけど、全体的にアクロバティックな雰囲気があったらしくて、ゲルさんが〈イナバウアー〉って仮題をつけて呼んでいたんです(笑)」

――あはは(笑)。近い! ちょうど荒川静香さんがご活躍されていた頃ですしね。

「“アバウ”って曲名がついたら、〈『イナバウアー』の中に『アバウ』って入ってるじゃん!〉って気がついて(笑)。それは、“アバウ”について一番びっくりしたことかもしれない(笑)。当時、そんな冗談みたいな仮題がついていたことは完全に忘れていたんですけど、おもしろいですね。それで、なにかすとんと落ちたっていう」

――最後に、GUIROの新作についてはいかがですか?

「なるべく早く出したいですね。あんまりのんびりとは考えていなくて、早くやらないとって考えています」

――では11、12月のライヴでは新曲が聴ける?

「新曲は……たぶん出てくると思います。年内に録音できれば一番よかったけど、それはちょっと難しそうですね」

 


LIVE INFORMATION
GUIRO Live A/W “Neue Welle” [仙台]
2019年11月8日(金)宮城・仙台 enn 2nd
開場/開演:19:00/20:00
前売り/当日:3,500円/4,000円(いずれもドリンク代別)
★チケット購入はこちら(PassMarket)

GUIRO Live A/W “Neue Welle” [東京]
2019年12月11日(水)東京・代官山 晴れたら空に豆まいて
開場/開演:19:00/20:00
前売り/当日:3,500円/4,000円(いずれもドリンク代別)
★チケット購入はこちら(PassMarket)