聴き手の中にあるふたつめの宇宙——その想像を超えるスピードで拡大している音楽表現が注がれた新作は、このバンド史上最大のスケール感を湛えている!

人間の中にある無限の世界

 今年2月にサード・アルバム『Blank Envelope』をリリースし、その後の全国ツアーや〈サマソニ〉などの大型フェスでは極上のバンド・グルーヴと、濃密な感情を含んだヴォーカルによってオーディエンスの心と身体を揺らしてきたNulbarich。いまや日本のメジャー・シーンのど真ん中に躍り出た感のある彼らから、新作ミニ・アルバム『2ND GALAXY』が届けられる。〈ふたつ目の宇宙〉というタイトルを冠した本作は、R&Bやヒップホップをルーツに持つこのプロジェクトの音楽表現が、聴き手の想像を超えるスピードで拡大していることを告げる作品だ。

Nulbarich 2ND GALAXY ビクター(2019)

 まずは『2ND GALAXY』というタイトルから紐解いてみたい。この表題に対して筆者は〈新たなフェイズに突入〉いうイメージを思い浮かべたが、そのことをJQ(ヴォーカル:以下同)に伝えると、彼は「セカンド・フェイズは去年の武道館ライヴと今年初めの『Blank Envelope』から始まっていて。今回の『2ND GALAXY』はまた違う意味があるんです」と語る。

 「宇宙は無限大で、しかも、いまだに多くのことが解明されてないですよね。近いところから少しずつわかってきて、でも、まだまだ先がある。それは人間の脳も同じだと思うんです。考えることを止めないで、リミットを決めなければ、想像はどこまでも広がる。そういう人間の中にある無限の世界を『2ND GALAXY』と名付けたんです。楽曲の制作もライヴも、天井(限界)を決めたらそこで終わり。〈もっと上手くなりたい〉〈こうなりたい〉という欲がなければ、自分たちは音楽をやってないと思うので」。

 さらに彼は、宇宙に憧れる子どもをモチーフにしたジャケットのアートワークに触れ、こんな言葉を重ねる。

 「宇宙への憧れが強くなりすぎて、部屋の中にある靴や本が浮かんでるんですよ(笑)。イメージを膨らませることはすごく美しいし、その想像の世界がいつか現実になることもあるんじゃないかなと。僕らも何年か前には想像もできなかったことをやっているし、これから挑もうとしているので」。

 Nulbarichが挑もうとしている〈想像もできなかったこと〉とは、12月1日の開催を控える初のさいたまスーパーアリーナ公演〈Nulbarich ONE MAN LIVE -A STORY-〉だ。昨秋の日本武道館公演〈The Party is Over〉に続く大舞台となる今回のワンマンは、今作の制作にも大きな影響を与えているという。

 「今回のミニ・アルバムには8曲入っているんですけど、最初はもっと少ない曲数の予定だったんです。これまではアルバムの前にEPを出すことが多くて、今回もそうするつもりだったんですが、さいたまスーパーアリーナ公演に対するモチベーションを上げていくなかで、〈こういうこともできる〉〈これもやってみたい〉と想像を膨らませてるうちに、〈曲数を増やして、ミニ・アルバムにしよう〉と。今年の〈VIVA LA ROCK〉でさいたまスーパーアリーナのステージに立たせてもらったんですけど、〈でけえ!〉と思って。屋内の会場であれだけのキャパは経験がなかったし、〈あと半年くらいで、ここでワンマンをやるのか〉と思ったら、まだまだ足りないことがあると感じたんですよね。サウンドの壮大さだったり、エッジだったり。今回は、あの場所で音を鳴らして、自分が歌っていることが想像できる曲を作りたかったんです」。

 

新しいウェポンがほしい

 繊細さとスケール感を兼ね備えたギターのフレーズがゆっくりと広がっていく――まさに〈GALAXY〉をイメージさせる“Intro”を経て、骨太にしてしなやかなビート、軽快なギター・カッティング、美しく漂うメロディーがひとつになった幻想的なダンス・チューン“Twilight”から始まる『2ND GALAXY』。そして、オルタナティヴなR&Bのテイストを採り入れたアレンジを伴って、3拍子のリズムと共に徐々に昂揚感を増していく“Look Up”、TVアニメ「キャロル&チューズデイ」のオープニング曲として提供した楽曲のセルフ・カヴァー“Kiss Me”など、さいたまスーパーアリーナ公演に向けて「ポジティヴなマインドで曲作りを進めていた時期」に制作されたという本作には、独創的なプロダクションと開かれたポップネスを融合させた楽曲が並んでいる。

 そこに加え、新たな音楽的トライアルが施されている楽曲は他にもある。重厚感のあるバンド・アンサンブルによるアグレッシヴなファンク・グルーヴを軸にした“Get Ready”は、JQいわく「いちばんNulbarichっぽくて、いちばんNulbarichらしくない曲」だという。

 「〈もともと好きなテイストなんだけど、いままでやってなかった〉ということですね。ハードな感じというか、トラックがガッチリとグルーヴを作って、ヒップホップ的なフロウのヴォーカルが乗っていて。こういう曲はメンバー全員の好みにも合ってるし、作っていて楽しかったですね。僕らはライヴで楽曲をリアレンジするほうで、かなり激しいテイストで演奏することもあって。“Get Ready”にはそのときのエナジーに近いものがありますね」。

 “Rock Me Now”はアリーナやスタジアムでも映えそうな大スケールのナンバー。Nulbarichの基盤であるブラック・ミュージックではなく、90年代あたりのロックを想起させるサウンドメイクは、まさに新機軸だ。

 「自分たちが根差しているヒップホップ、R&B、クラブ・ミュージックなどをいったん打ち消して、〈いまNulbarichがバンドでやったらカッコ良さそう〉と思えるのものを作ってみたんです。自分たちなりのバンド・ソングというか。80~90年代のロック、グランジのイメージもありましたね。去年の〈パリコレ〉なども、80~90年代風のファッションが流行っていて。それを観ながらスタッフと〈あの頃はヒップホップとグランジが二大勢力で……〉みたいな話をして。僕はそこまでグランジやオルタナを聴いてなかったけど、耳にはしていて。改めて聴くと〈カッコイイな〉と思えたし、この感じでトライしてみたいなと。メロディーも自分の癖から離れようとしていて、〈新しいウェポンがほしい〉という気持ちもありました」。

 

成長していることに喜びを

 映画「HELLO WORLD」(伊藤智彦監督によるSF青春ラヴストーリー)の主題歌として制作された“Lost Game”も、スケール感を増した本作を象徴する楽曲。ドラマティックなメロディーライン、高らかに響き渡るビート、宇宙空間を連想させるサウンドメイクが一体となったミディアム・バラードだ。

 「『HELLO WORLD』はすごく大きいスケールの映画で、“Lost Game”はクライマックスで使われる楽曲。〈中途半端な規模の曲にすると、シーンが台無しになる〉と思ったので、Nulbarichとしては想定してなかったスケールの曲になりましたね。歌詞は主人公(未来の恋人の命を救おうと奔走する男子高校生)の立場になって書きました。嘆き、叫びのような気持ちというか……。もちろんそんな経験はないので、〈もし自分がこの場所にいたら〉と想像を膨らませて。自分の〈2ND GALAXY〉に頼りました(笑)」。

 音楽性の広がりに伴い、JQのヴォーカリゼーションもさらに豊かさを増している。トラックメイカー、作曲家としてキャリアをスタートさせた彼だが、Nulbarichの音楽の軸にあるのは間違いなくJQの歌だ。

 「もっと上に行きたいという思いはありますね。そのときの状況でベストを尽くすしかないし、常に振り絞っていることに関しては自信があって。自分に満足せず、成長していることに喜びを感じていたんですよね」。

 Nulbarichの新境地を提示した『2ND GALAXY』、そして、さいたまスーパーアリーナ公演によって彼らは、バンドとしてこれまで以上のスケールを獲得するはず。 「作品のリリース、ライブを重ねるなかで、次の目標がもらえる」というNulbarichはここから、未体験のゾーンに向かって進みはじめることになりそうだ。 *森 朋之