TEPPRI KISHIDA

 

期待と不安を糧にしながら着実にスケールアップし、さらに楽曲ごとの強度を増したヴァラエティー豊かなアルバムが堂々の完成! 宛名のない手紙はどこまで届く?

好きにしちゃって

 「前のアルバム(『H.O.T』)のリリースとツアーの準備が重なってたし、夏にはいろんなフェスに出たり、自分的な新しい試みとしては海外で制作してみたり……もう何があったのか思い出せないぐらい忙しかったけど、いろんなことにトライできた一年でしたね」。

 Nulbarichのフロントマンであり、バンドの司令塔でもあるJQは、2018年の活動についてそのように振り返る。レーベル移籍作でもあった先述のセカンド・アルバム『H.O.T』は、3月にリリースされるやオリコンで過去最高のウィークリー7位を獲得した。その後も資生堂〈アネッサ〉のCMソングに起用された壮大&爽快なアンセム曲“Kiss You Back”を送り出し、9月にはオリヴァー・ネルソンらトロピカル・ハウス界隈の注目株をリミキサーに迎えた『The Remixes』を配信限定で発表。自分たちらしいスタンスを崩すことなく、新しい取り組みにも挑戦してきた。そのなかでも11月に開催した初の日本武道館単独公演〈Nulbarich ONE MAN LIVE at 日本武道館 -The Party is Over-〉は、やはりバンドにとっても特別だったようだ。

 「2016年に何も整ってない状態でデビューしてからは、プロ・ミュージシャンとしての意識を噛み締めていく2年だったと思ってるので、武道館に立たせてもらってもまだ〈僕らは自由なんで……〉とか言い続けるのもなあと思って(笑)、〈遊びはここまで〉という意味で〈The Party is Over〉ってタイトルをつけたんですよ。まあ、アルバム名や曲名の場合もそうですけど、僕は〈タイトルって何?〉というところがあって、〈聴いてもらった人が感じたものでいいじゃん!〉という感覚なんですけど」。

Nulbarich Blank Envelope ビクター(2019)

 その武道館公演という大きな通過点を含む、2018年のさまざまなインプットを形にしてまとめたのが、今回のニュー・アルバム『Blank Envelope』だ。タイトルは直訳すると〈空の封筒〉という意味だが、バンドとしては〈宛名の書いてない封筒〉に自分たちの思いをひたすら詰め込んだイメージで名付けたものだという。

 「今回の曲は特定の誰かに宛てたものというより、いま自分が思ってることを基盤にしているので、〈好きにしちゃって〉という意味があって。だから宛名のないラヴレターとして——まあ、ラヴレターなのに誰にも向けてないというのは意味がわからないけど(笑)、個人的にもこういう洒落の効いたタイトルがいいかなと思って」。

 

現状のベスト

 JQがアルバム収録曲のミックス作業を終えた後に、スタジオから自宅まで徒歩で帰る際の様子を録音してイントロとアウトロにあしらった本作は、武道館でも披露された先行曲“VOICE”で軽快に幕を開ける。コリコリとしたギター・カッティングとヒップホップ流儀のミニマルに引き締められたリズムが現代的なシティー感を醸す本楽曲だが、何よりJQのしなやかな美声が織り成す開放感と、〈止まらないようにマイペース 好きなstepでchase〉といった彼ららしいフレーズにノックアウトされるだろう。

 「この曲は自分目線で書いてる部分が大きくて、小学校から中学校に上がるときの期待と不安とワクワクみたいな(笑)。〈新しい友達できるかな?〉とか〈先輩、怖くないかな?〉って思うけど、やっぱり行きたい気持ちが強いわけじゃないですか。いま僕たちが置かれてる状況もそんな感じで、2019年に向けていろんな不安もあるけど、楽しみでもあって、結果としてポジティヴになればいいなっていう。先に行く自分に向けた言葉というか」。

 アルバムには、スクエアなビートが昂揚を誘う“Silent Wonderland”、LAでの制作で刺激を受けたというトラップの影響が刻まれたスロウ・ジャム“All to Myself”、ヴルフペックあたりにも通じるミニマルなソウル~ファンク感が気持ちいい“JUICE”、日常の刹那的な情景を切り取ったレイドバック・ソウル“Ring Ring Ring”など、ヴァラエティーに富んだ全13曲を収録。「80年代のJ-Popみたいなメロディーでありつつ、ディスコ~ファンクやAORを現代に落とし込めた」という“Focus On Me”や、「ハウスのクラブで午前3時ぐらいにスピーカーに貼りついて、ただビートに乗ってる感じ」を漆黒のグルーヴで描き出した“Super Sonic”のようなダンス・トラックを含め、アレンジの多彩さが結果としてバンドの柔軟性を伝える一枚になっている。

 「いままでのアルバムだと、シングルとかリードになるような曲が大きい山を作ってたけど、今回のアルバムは一曲一曲がどれも〈強い〉から、聴く人によって全体の印象が変わるんじゃないかな?と思ってて。それぞれの曲が持ってる表情の僕たちの現状のベストを詰め込んだ感じですね」。

 

集中する気持ち

 なかでも、ちっぽけな自分をおもちゃの飛行機に例えて、いつか本当に飛べる日がくると信じる純真な気持ちをエモーショナルに描いたバラード“Toy Plane”は、JQ自身のセンティメンタルな感情が意図せずして溢れ出た曲のようだ。

 「僕は〈がむしゃら〉とか〈無邪気〉を美しいものとして捉えてて。例えば〈俺はお母さんを守るヒーローになる!〉って泣きながらでもずっと言い続けてる子どもがいたら、その子は本当にヒーローになれるかもしれないと思うんですよ。その美しさというか、何も考えず一点に向かって集中する気持ちは、僕の中で忘れたくないものだし、音楽に対してもずっとそれでやってきたつもりなんで。どこまで行けるかわからないけど〈ちゃんと走り続ける〉っていう。自分でもだいぶ熱くなっちゃってると思うぐらい、すごく希望に満ち溢れた曲ですね」。

 忙しなくも充実した日々の中で芽生えた自身の感情を、誰に宛てるでもなく書き送ったこの『Blank Envelope』という手紙は、きっとバンドが予期していた以上に遠くまで配達されるだろうし、それを受け取った人は、その純粋な感情が込められた音楽に快感なり共感なりを抱くことだろう。JQが〈好きにしちゃって〉と語るように、〈自分たちの音楽を好きに楽しんでほしい〉という彼らの本質的なスタンスは、バンドのマスコットキャラ=ナルバリくんの線画を担当するイラストレーターの長場雄が描いた本作のジャケットにも象徴されている模様だ。

 「このジャケットはゴヤの絵画をモチーフにしているんですけど、ゴヤはその絵のタイトルや意味を説明することなく死んでしまったので、いろんな解釈がされてるんですよ。その絵画を長場さんが僕たちの作品に落とし込んできたことに、僕はピンときて。例えば絵にタイトルがあると、その絵に対して先入観が生まれるけど、画家というのは絵を描くときにタイトルを先に決めることはあまりないと思うんですよ。それと同じで僕たちも曲を作るときは、コンセプトを考えるよりも先に感覚的に音を作って、そこに感情のピースを落とし込んで一曲に仕上げることが多くて。だから、僕らの曲はすべてを語り切らない感じになるし、蓋を開けてみると実は何も考えてなかったりして(笑)。長場さんがこの絵を描いてくれた理由はまだ訊いてないんですけど、アートというのはこうあるべきだと思ったし、自分の中ではそれで納得してしまったんですよね」。

Nulbarichの作品を紹介。