
ギャリー・ハストウィット監督による映画「Eno」は、その副題にあるとおり、ジェネラティヴ・ドキュメンタリーとしての映画である。それは、ブライアン・イーノへの、この映画のための30時間におよぶインタヴューと、イーノの過去の映像アーカイヴ500時間分の映像素材から作られているという。監督とプログラミング・ディレクターであるブレンダン・ドーズは映画のために独自のソフトウェア〈Brain One〉(これはBrian Enoのアナグラムになっている)を制作し、映画の中で素材同士がどのように相互作用するかというルールを設計した。それによって、上映のたびに毎回異なる素材の組み合わせが生成されるジェネラティヴ・ドキュメンタリーが誕生した(2025年1月には24時間限定で生成ライヴ配信が行なわれている)。それは、そのつど異なる完成形を出力し、唯一の完成形というものが存在しない映画とも言える。そもそも、生成的映画なるものはいままでの映画史には存在していないだろう。それは、映画における監督の役割というものを大きく変えるものとなった。
「なぜなら僕は映画の監督でありながら、自分の映画が毎回どんなふうになるかを見て驚くことができる。これは映画のまったく新しい作り方であり、観客にとってもまったく新しい鑑賞体験だ」と監督は言う。それは、監督自身が観客になることであり、また観客にとっても毎回見るたびごとに、見るものが異なる映画となる。「映画の〈作ること〉、〈体験すること〉に対する常識を大きく変えている」作品なのである。「時には、ソフトウェアが僕自身なら選ばないようなことをすることもある。これは、通常の映画制作にあるような主観性をある意味排除してくれるんだ。このアプローチでは、素材そのものが(ソフトウェアのアルゴリズムによって)自らの物語を語ることができる。そして僕は、その語りに干渉しなくて済む。そこがすごく面白い点だ」
さらには、この映画のための膨大な素材を準備する編集者たちにとっても、まったくの新しい体験となった。
「これは普通の編集プロセスとはまったく異なるものだった。通常なら編集者は物語のすべての瞬間、リズムやタイミングまで細かく設計するものだけど、このプロジェクトではそうはいかない。たとえば、あるシーンが映画のあるヴァージョンに登場するかどうかさえ分からない。登場したとしても、その前後に何が来るのかも分からない、という前提があることで、編集をもっとモジュール的に考えなければならなかった。つまり、各シーンがいろんな場所や文脈でも機能するように作らなければならない」
一方で、基本的に語られる内容は、ブライアン・イーノというひとりの人物をめぐって語られるものであるため、全体としては破綻なくうまく機能するのだという。さらには、観客もまた、各カットの組み合わせからイーノ像を組み立てる、というように映画自体が再構成される。
「だから編集作業は、僕たち制作者がやっている部分もあるけど、実際には観客自身が行っている部分もとても大きい。人間の脳はパターンを見つけたり、つながりを見出したり、パズルを解こうとしたりする。だから、観客が物語の創造に関与する、ある種の語り手としての役割を持つことになる。そこがすごくユニークなんだ」
また、映画において生成されるのは素材の組み合わせだけではなく、画面をモザイクのように分割表示したり、複数のウィンドウに分けたり、といった視覚効果も生み出し、さらには、ファイル名やコードなどを画面に表示し、ソフトウェアの動作そのものを表わすなど、リアルタイムでオリジナルのシーンも生成している。
この映画は、たんにイーノという人物の生い立ちを描写するような伝記的映画ではなく、その制作方法も画期的であるように、伝えたい内容もまたそうした方法に劣らない、イーノの思考そのものを伝えるものになっている。
「僕が本当にフォーカスしたかったのは〈クリエイティヴィティ(創造性)〉だった。だから、物語の中心を彼自身のストーリーにするのではなく、あくまでも創造の本質に置いている。ほぼすべてのシーンに、何かしらの創造に関する知恵とか、インスピレーションのような要素が含まれていて、映画全体を通して、創造とは何か、を考えられる構造にしているんだ」
ジェネラティヴであることは、永遠に完成しない、オープンエンドな作品(ほぼ無限に近い可能性がある)、ということである。そうした性質ゆえ、現在でも新しい映像が素材としてソフトウェアに追加され続けているのだという。
「これは人間が物語を語るやり方に、ずっと近いといえる。自分自身について語るときの話って、毎回まったく同じではないよね? 記憶の順番も違ったり、何を語るかもそのときどきで変わったりする。だから、これはよりオーガニックで、自然な語りの方法なんだ」
「彼自身、このプロジェクトの可能性にとてもエキサイトしていたと思う。それは単に自分自身の物語に関してだけでなく、映画のあり方や、ソフトウェアを用いた表現が今後の映画に与える影響といった、より大きなヴィジョンに対しても強く惹かれていたんだと思う」
イーノが50年前に開始した、生成的創造性の可能性は、同時代のテクノロジーによってさらなる意味を持つようになってきた。この映画は、未来へ続くヴィジョンを提示し続けてきたイーノを、あらためて未来へ投射する映画なのである。
MOVIE INFORMATION
映画「Eno」

監督:ギャリー・ハストウィット
字幕翻訳:坂本麻里子/字幕監修:ピーター・バラカン
配給:東急レクリエーション/ビートインク
https://enofilm.jp/