2020.03.03

テクノと民謡を融合させたOmodakaこと寺田創一氏に取材した際の、民謡に関する言葉が印象的だ。「民謡って自分で聴くと、旋律は洗練されて聴こえるんですけど、和声とかリズムというのはあまり民謡にない部分なんですね。だからそういった磨かれた旋律には、全然違うところから持ってきたヴォイシングをはめられる〈隙間〉があると思ったんです」

日本の伝統音楽をかねてより独自の解釈で昇華してきた矢野顕子が、三味線の第一人者である上妻宏光と生み出した本作にも、洗練された民謡の旋律の〈隙間〉を自由に埋める様々な試みがなされている。例えば、時にブルージーだったりジャジーだったりもする矢野のピアノ。仙波清彦による多様なパーカッション。突然現れる英語詞。あるいは、いわゆる打ち込みサウンドや三味線へのエフェクトの使用など。特に、和音階を奏でる上妻の三味線と、和音階にはない音を奏でる矢野のピアノの音がぶつかった時、新たな響きや緊張感が生まれるのがたまらない。

矢野と上妻が作曲した“会いにゆく”や、矢野が作詞作曲した“いけるかも”といった新曲も、矢野流ポップスと三味線、そしてそれ以外の要素が融合し良い味を出している。矢野ファン的にはデビュー作『JAPANESE GIRL』(1976年作)収録曲“ふなまち唄 Part Ⅰ”“Ⅱ”の続編である“ふなまち唄 Part III”が収録されているのもたまらないし、40年以上ブレない矢野の姿勢にはひれ伏すばかりだ。

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