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コラム

ヘイゼル・イングリッシュ(Hazel English)、注目のSSWが歌う自分なりの〈目覚め〉

野中モモがデビュー作『Wake UP!』を読み解く

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『Wake UP!』と現代社会

アルバム・タイトルの〈Wake UP!〉(目覚めよ!)というストレートな呼びかけは、今のアメリカの気分から引き出されたものだろう。

もともと黒人文化から生まれた〈人種差別をはじめとするさまざまな社会問題に敏感になり、支配者層が信じ込ませようとするまやかしから目覚めて正義のために行動しよう〉というウォーク・カルチャー(woke culture)は、2010年代、人種を問わず若い世代に広く共有されるようになった。しかし近年は、正しさがときに人を追い詰めてしまうのではないかという危惧も広まり、〈woke〉という言葉を揶揄的に使用する人も増えた。この流れには日本の〈意識高い系〉への視線が重なって見えはしないか。お高く止まっている人や上っ面だけの人をくさしたくなる気持ちも理解できるのだが、そこには真面目にがんばっている人の足を引っ張ろうとする暗い欲望も見受けられて、難儀だなあと思うのだ。

正義の追求は絶対に必要だが、愚かな人を見下したり他人の間違いを決して認めなかったりする狭量、さらには自己否定に結びついてしまう危険も伴う。善良な人々がそうした正しさをめぐる困難に直面してもがいている現在、ヘイゼルは激しいビートで戦闘的に聴く者を鼓舞するのではなく、たおやかに歌うことで内省を促し、それぞれの〈目覚め〉を肯定している。そうしたアプローチを生ぬるく感じてしまう人もいれば、ちょうどいい塩梅で心癒される人もいるに違いない。

たとえば彼女は本作について、60年代のフランスでシチュアシオニスト運動を率いた論客、ギー・ドゥボールの「スペクタクルの社会」(67年)に影響を受けたと語っている。表題曲に見られるソフトな消費社会批判はそのあらわれなのだろう。そして彼女は〈あなたはどうするのか教えて/彼らがあなたから隠していたものを見つけたとき/あなたはどう反応するの〉と問いかけるのだ(本記事中の歌詞の訳は筆者による)。

『Wake UP!』トレイラー

 

不安な日々に優しく寄り添うポップ・ミュージック

とはいえ、アルバム全体としては特定の社会問題に深く踏み込むことはなく、主な題材となっているのは恋愛だ。しかもあまりうまくいっていないパートナーとの関係が、ドリーミーなリヴァーブの砂糖衣に包まれて歌われる。ダメとわかっているのに惹かれてしまう自分を少し距離を置いて眺めているようなほろ苦い感覚。最終的には〈ふたりならきっと乗り越えられる〉と締めくくられるけれど、やはりメランコリーは残る。恋愛に関して情熱に身を委ねるのは難しいけれど完全に冷めているわけではないこの感じ、ちょうど30代に突入する年頃だという彼女が歌うからこその風情がある。

完成した段階でCOVID-19がアメリカ社会にどの程度影響を及ぼしていたのかはわからないが、このアルバムのセクシュアルな表現や最後の曲“Work It Out”の〈抱き合っている時でさえすごく空間があるのを感じるし/そこで生まれる距離を感じられる〉というフレーズは、身体的な距離を縮めることが難しい現在、以前とは違って響くだろう。そんな巡り合わせもまた同時代の新譜を聴くことのおもしろさのひとつだ。

『Wake UP!』収録曲“Work It Out”

ヘイゼルはこのアルバムを聴いた人々が「もっと意識的に、マインドフルになる」ことを望んでいる、と語っている。自分だけが〈勝ち組〉になろうとするのではなく、ありのままの自分自身を認め、弱い立場にある人々を気遣い、より平和で平等な社会を目指す真の意識の高さ・人間性の目覚めを求めるのはもはやあたりまえ。だけどいつも理想に向かって走り続けられるわけはなくて、病む日もあるよね。と、なにかと不安な日々に優しく寄り添ってくれそうなポップ・ミュージックだ。

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