田中亮太「Mikiki編集部の田中と天野が海外シーンで発表された楽曲から必聴の5曲を紹介する週刊連載〈Pop Style Now〉。先週は〈2020年上半期洋楽ベスト・ソング20〉をお届けしましたね。すでに多くの方に読んでいただけました」
天野龍太郎「まだご覧になっていない方はぜひ! そこで選んだボブ・ディランやフィービー・ブリジャーズのニュー・アルバムが本日6月19日にリリースされました。今週は話題作が多いので、新譜のまとめ記事も要チェックです。僕は今日、一日中フィービーの新作『Punisher』を聴いていました。フィービーは〈寄付をしてから新作を聴いて〉と訴えかけています」
田中「先々週はブラック・ライヴズ・マター(Black Lives Matter)運動についての特別編でしたし、レギュラーの連載は3週間ぶり。今週からは通常どおり、またポップ・シーンの最前線をお伝えしていきたいですね」
天野「この3週間も激動でしたからね……。それでは、〈Song Of The Week〉とプレイリストから!」
1. Noname “Song 33”
Song Of The Week
天野「〈SOTW〉はノーネームの“Song 33”です。この曲を説明するためには、まずJ・コールが6月16日に発表した“Snow On Tha Bluff”の話題から始めなければいけませんね」
田中「J・コールが今年初めてリリースした楽曲である“Snow On Tha Bluff”は、ビートレスな楽曲の上でコールが矢継ぎ早にラップする曲で、苦悩や内省をとてもコンシャスに歌ったコールらしいものです。しかし、前半はある女性を批判するような内容で、これがノーネームのことなんじゃないか、と言われているわけですね。コールは批判を受けて、17日にTwitterで反応を示しました」
天野「FNMNLが経緯を詳しくまとめています。仕事が早い! 僕はコールのファンですけど、今回の彼のやり方は全然よくなかったと思うんです。先日から大きなうねりとなっているブラック・ライヴズ・マター運動について、コールはまったく発信をしていませんでした。それ自体は構わないのですが、そのことを指摘したノーネームをやり玉に挙げるなんて。熱心にプロテストに関わっているノーネームの態度を〈女王様の口ぶり(the queen tone)〉と揶揄するのは、ちがうんじゃないかなと。実際、トーン・ポリシングではないかと批判されています。もちろん、リベラルの上から目線というのはずっと問題にされているわけですけど、ひさびさの曲がこういった内容で、しかもひさびさのTwitterでの発信が言い訳めいたものだったのには、ちょっとがっかりしてしまいました。だって、前半丸々〈she〉への言及ですからね。また、性差の問題も含まれていますし」
田中「うーん。僕はコールのこの曲、けっこう好きなんですけどね。正直な感じがしますし、あるイシューに対して〈誰もが何かを発しなければ、行動しなければいけない〉という風潮も、自分はちょっと怖いなと思っていたところだったんです。彼が問いかけているブラック・コミュニティー内の分断というのも、大きな問題ではないでしょうか。そんななかでノーネームがリリースしたのがこの“Song 33”。プロデューサーはあのマッドリブです。キックの音の抜けのよさ、グルーヴの気持ちよさは、さすがの仕上がりですね」
天野「ノーネームのラップは穏やかですが、内容はコールに宛てたとおぼしき、かなり痛烈なもの。〈ジョージ(・フロイド)が『息ができない』と母親に助けを求めていたとき/あなたは私についての曲を書こうと思っていたの?〉。本当に、彼女の言う通りだなと思いました。“Song 33”は次のようなラインで締めくくられます。〈私が新たな先駆者、最前線に立つ者になる(I’m the new vanguard)〉。めちゃくちゃ頼もしいですね。コールの〈僕のようなやつができるのはラップだけ〉という発言も正直なものだとは思いますが、ノーネームの覚悟を僕は信じたいです」
2. Duffy “River In The Sky”
天野「2曲目は、ダフィの新曲“River In The Sky”です」
田中「ダフィと言うと、〈えー、あのダフィ? まだ活動してたんだ!?〉というリスナーも少なくないかもしれません」
天野「いま、ちょうどそう思っていたところです。ウェールズ出身の彼女は、2008年のファースト・アルバム『Rockferry』でブレイク。同時期にデビューしたアデルと並んで、エイミー・ワインハウス以降のシンガーという位置づけでしたよね。日本でも人気で、『snoozer』の表紙を飾っていました」
田中「そんなこともありましたね。『Rockferry』はアメリカでもヒットして、彼女は国際的なポップ・スターへの道を歩むんだろうなと思っていたところ、2010年の2作目『Endlessly』以降は表舞台から遠ざかっていったんです」
天野「僕も忘れていました。そんなダフィ―が再び活動を始めたのは今年の2月。それがまた衝撃的な内容でした。すでに投稿は削除されていますが、私は過去に誘拐・監禁され、レイプされ、薬漬けにされ、その経験を克服することに10年かかったんだ、とInstagramで告白して……」
田中「いやはや、あのニュースには絶句してしまいましたね……。その後、新曲“Something Beautiful”をBBC Radio 2で発表するなど、ミュージシャンとしての活動を緩やかに再スタートさせていくのかなと思っていました。そんななか、本日この“River In The Sky”をIGTVにアップロード。彼女の歌声とピアノの伴奏のみのバラードですね」
天野「〈一人でいるとき、暗闇が怖くなる〉という歌い出しから、ダフィ―の心情が伝わってきます。一曲を通して、辛い経験をした人がいかにその過去と向き合っていくか、という内容です。IGTVの投稿に彼女が付した〈来るべきより良い日のために〉というキャプションがまた感動的。ダフィの活躍、期待しています!」
3. H.E.R. “I Can’t Breathe”
天野「こちらもブラック・ライヴズ・マター関連のプロテスト・ソングです。3位は、現在のR&Bシーンを代表するシンガー・ソングライターのH.E.R.のニュー・シングル“I Can’t Beathe”」
田中「H.E.R.はここ2年連続でグラミー賞にノミネートされていて、2018年には最優秀R&Bアルバム賞などの2部門を獲っています。〈PSN〉でも何度か紹介していますね。そんな彼女の新曲は、現在アフリカン・アメリカンの人々が置かれている状況に声を上げたもの。不正義、不平等、差別……。〈私たちは同じ権利を持っていない〉〈どうして肌の色で判断できるのか?〉と直接的な言葉を連ねていきます」
天野「サビの〈息ができない〉とは、白人警官に殺されたジョージ・フロイドが訴えた言葉であり、2014年に同じように殺されたエリック・ガーナーが言ったことでもあります。それに続くのが〈あなたたちが私の命を奪う〉〈誰か私のために闘ってくれるのだろうか?〉というライン。3番目のヴァースでH.E.R.はラップをしていて、さらにストレートに思いを表明していますね。〈革命はテレビに映らない(The revolution is not televised)〉と、ギル・スコット・ヘロンの有名なフレーズも聴くことができます。アコースティック・ギターやストリングスの響きを活かしたオーセンティックなプロダクションもあいまって、心に響く、悲痛な曲ですね」
4. Spillage Village, EARTHGANG & JID feat. Jurdan Bryant, Mereba & Hollywood JB “End Of Daze”
天野「4位はスピレッジ・ヴィレッジの“End Of Daze”。スピレッジ・ヴィレッジはアトランタのラッパーやシンガー、プロデューサーなどのコレクティヴで、発起人はラッパーのアースギャングですね」
田中「JIDやメレバなど、現在のシーンをけん引する才能が集っていますね。JIDとアースギャングはJ・コールのレーベルであるドリームヴィル(Dreamville)と契約していて、スピレッジ・ヴィレッジのメンバーの多くがドリームヴィルのコンピレーション『Revenge Of The Dreamers III』(2019年)に参加していました」
天野「この新曲には中核メンバーが参加していますが、僕が大好きなシンガーのブラック(6LACK)と、以前この連載で紹介したディアンテ・ヒッチコック(Deante’ Hitchcock)は今回いません。サウンドは、〈アトランタ〉と聞いて思い浮かべる無骨なトラップとはかなりちがっています。太いベースライン、エコーやリヴァーブを効かせたサイケデリックな音像、呪術的なコーラス、奇妙なビート……。かなり怪しげですね。音作りは、以前の作品よりもだいぶ進化した印象です。宗教画のようなカヴァー・アートも強烈!」
田中「テーマが〈世界の終わり〉ですからね。アポカリプスのイメージなのでしょう」
天野「しかも、全員クセがすごい! 超個性的。ハリウッド・JBがMF・ドゥームの名前をラップしていて、納得しました。“End Of Daze”は、スピレッジ・ヴィレッジの4年ぶりとなる新作『Spilligion』からのシングル。アルバムはドリームヴィルとインタースコープから発表されるので、彼らにとってはメジャー・デビュー作。今後が楽しみです」
5. Dream Wife “Temporary”
天野「ラストはドリーム・ワイフのニュー・シングル“Temporary”です。これは亮太さんが推した曲です!」
田中「そうなんです。英ロンドンを拠点とする3人組である彼女たちのことは、前から〈PSN〉で取り上げたいと思ってたんですよ。2018年のファースト・アルバム『Dream Wife』は、パンキッシュなサウンドが気持ちのいい快作でした。この曲は7月3日(金)にリリースされる予定のセカンド・アルバム『So When You Gonna...』からのシングルです」
天野「すでに同作からは、“Temporary”を含めて4曲が公開されていますね。ブロンディーっぽいディスコ・ポップがあったり、ポスト・パンク的な楽曲があったりと、前作からの変化が窺えます」
田中「この曲は、なかでも新機軸と言えるものかなと。細やかなドラミングと柔らかなギターの音色が耳に残って、曲全体を優しいメランコリアが包んでいます。日本のインディー・リスナーで言えば、ミツメのファンなんかがハマりそう」
天野「どうなんでしょう(笑)? この曲はその背景が感動的です。彼女たちの友だちに、何度か流産を経験した人がいるんだとか。で、その彼女が再び妊娠しているそうなんです。その女性へのエールを込めたのが、この“Temporary”だという」
田中「バンドは〈困難の波を乗り越え、希望を持つことを歌ったもの〉と述べています。なお、Bandcampで新作『So When You Gonna...』を予約すると、その収益はすべてイギリスに住む黒人のメンタルヘルスをサポートする〈Black Minds Matter〉と、トランスジェンダーの若者を援助し、多様なジェンダーへの理解を促す〈Gendered Intelligence〉に寄付されるそう。素晴らしいですね。僕も早速予約しましたよ!」


