今ある楽器で、どこまで領域を広げられるか。
ミッションを達成した、という気がしたんだ
英国マンチェスターの新機軸現代ピアノ・トリオである、ゴーゴー・ペンギンの新作が順調にリリースされた。ピアノのクリス・アイリングワースとダブル・ベースのニック・ブラッカ、そしてドラムスのロブ・ターナーからなる3人組。ブルーノート発としては3枚目となる新作は、通算5作目にして初めてセルフ・タイトルを冠したアルバムとなった。質問にはロックダウンの中、ヨガを始めるようになったニック・ブラッカが丁寧に答えてくれた。彼は、ベース奏者のアヴィシャイ・コーエンとエレクトロ・ミュージックのジョン・ホプキンスがお気に入りであるそう。
GOGO PENGUIN 『GoGo Penguin』 Blue Note Records/ユニバーサル(2020)
「これまでのアルバムには、いつもある種のテーマのようなものがあったんだ。例えば『マン・メイド・オブジェクト』(2016年)の時は〈太陽〉というのが一つのテーマだった。ところが、今回の曲はそれぞれいくつものアイディアが集まった曲であり、そこには必ずしも一貫したテーマはない。あるとしたら、全員が自信を持てる曲ができていた、ってことだけ。完成した後で〈今だったらセルフ・タイトルにしてもいいんじゃないか〉、そう思えたんだ。ゴーゴー・ペンギンとして目指してきた姿に一歩近づけた、ミッションを達成した、という気がしたんだよ」
そんな『ゴーゴー・ペンギン』は、じっくりと時間をかけて作業にあたれたという。実際、どんな感じで録音はすすめられたのだろう。
「それが僕らには必要だった。各曲にかける時間が長ければ、プレッシャーもなくなる。前なんて3日くらいで録っていたんだよ、焦りながら。数週間あったことで、1日1曲たっぷり時間をかけられた。レジデンシャル・スタジオに3人で泊まりこみ、録音だけに集中できる環境だったんだ。夜は自分たちで料理して、食事して、ゆっくり過ごす。普段感じるようなレコーディングのストレスがなかったことで、仕事に集中できた。僕はこれまでで一番楽しめた録音だったよ」
ブラッカは楽曲制作の過程を、具体的に以下のように説明もする。
「例えば“オープン”はロブがエイブルトン(現代的な音作りを志向する人がよく使う音楽ソフト)で作ったビートが基本になっている。それをどうアコースティックな楽器で演奏し直すかというのが――これまでも僕らがやってきたことだけど――鍵なんだ。ここ数作のアルバムで、僕とクリスはどうピアノとベースが連動し、時には二人がまるで1つのものとして動くことを追求してきた。それが、一番いい形でできた例じゃないかと思ってる」
また、“コラ”という曲も収められているが、それは西アフリカの弦楽器の名前から取られた。
「特にクリスはコラの音からインスピレーションを得ていて、ここでは普通のピアノとは違う弾き方をしているよ。今ある楽器で、どこまで領域を広げられるか、ということを常に考えているんだ。よく聞かれる質問に〈いつになったらシンセサイザーを使うのか? シンガーを加えるのか?〉というのがあり、まるで僕らがいつか壁にぶつかり、限界に達すると思われているのか、って言いたくなる。でもそんなことは起きない、少なくとも当分は。楽器への新しいアプローチの仕方を常に探そうとしている限りはね。“コラ”はその良い例だ」
そうした説明を受けると、彼らがとてもジャズ側にいる担い手であるとは思えない。ただし、ジャズ、そして今の様々な事象を敏感に察知しなければ出てこない表現であるのは疑いがない。
「僕はジャズのベーシストとして学び、ずっと演奏してきた。もちろんゴーゴー・ペンギンのある部分はジャズではあるんだけど、僕の中には一種の葛藤がずっとあった。ジャズのピュアリストたちが僕らの音楽に対して示す反応と同じ反応を、実は僕自身もしてしまうことがあったんだ。〈こんなことできない。ダブル・ベースでこんなロックのベースみたいなことをするなんて〉、みたいな。でも、ようやく思うようになったんだ。僕らがやっていることが何であれ、これが僕らだ。自分が何者か、ジャズのベーシストなのか?ではなくて、曲にとって正しいと思うことをやればいいじゃないか、とね」
ゴーゴー・ペンギン (GoGo Penguin)
2009年イギリスのマンチェスターで結成された新世代ピアノ・トリオ。エレクトロニック・ミュージックシーンが浸透しているイギリスならではの「踊れるジャズ」をアコースティック楽器でプレイするバンド・スタイルは、“アコースティック・エレクトロニカ・トリオ”と世界中で賞賛。2016年にはコーチェラ・フェスティバル、2017年にはSXSWに唯一の「ジャズ」アクトとして出演、2018年にはボナルーへの出演も決定。今最も勢いのある新世代ピアノトリオ。