田中亮太「Mikiki編集部の田中と天野が海外シーンで発表された楽曲から必聴の5曲を紹介する週刊連載〈Pop Style Now〉。カサビアンからヴォーカリストのトム・ミーガンが脱退、しかも元フィアンセにDVをしていた……というニュースについて話そうと思っていたのですが、やっぱりこちらの話題に触れないといけませんね。カニエ・ウェストがアメリカ大統領選への出馬を表明しました」
天野龍太郎「なんかもう、真面目に取り合っちゃダメだと思いました……。陰謀論を振りかざしていますし、もはや危険な存在です。人工妊娠中絶手術などのサーヴィスを提供する団体であるプランド・ペアレントフッドを〈白人至上主義者が悪魔の仕事をするために都市に設置した〉と批判するとか、オルタナ右翼やキリスト教原理主義に近い思想を打ち出している。越えちゃいけない一線を越えてしまったと思います」
田中「カニエに対しては愛憎半ばする思いを抱えつつ、丹念に追いかけてきた天野くんも、愛想を尽かしてしまったと……。まあ、でも同感ですよ。カニエをサポートすると公言したイーロン・マスクにもゲンナリですし、彼のパートナーであるグライムスの音楽も〈ちょっといまは聴きたくないなー〉という気持ちです」
天野「呆れてものが言えません。それでは、今週のプレイリストと〈Song Of The Week〉から」
1. Sufjan Stevens “America”
Song Of The Week
天野「〈SOTW〉は、奇妙な国アメリカについて考えざるをえない一曲。スフィアン・スティーヴンスの“America”です」
田中「なんと12分30秒もある長尺曲……」
天野「スフィアンといえば、アメリカン・ルーツ・ミュージックにチェンバー・ポップやIDM的なエレクトロニクスを取り入れながら、独自のポップを構築してきた音楽家です。ナショナルのブライス・デスナーや継父にあたるローウェル・ブラムス(Lowell Brams)とのコラボなど、活動は多岐にわたっています。現在のアメリカにおいて、もっとも重要な音楽家の一人だと言えるでしょうね」
田中「今回は曲名からして、ど直球できたなという印象を受けましたが、彼はもともとアメリカ50州それぞれについてのコンセプト・アルバムを制作するプロジェクトに取り組んでいましたよね?」
天野「そうそう。『Michigan』(2003年)や『Illinois』(2005年)ですね。いずれも各州の歴史や文化、風土を掘り下げたうえで、それらを緻密なアレンジとソングライティングに織り込んだ素晴らしい作品群でした。それ以降のシリーズは続かず、残念ながら2009年に〈50州すべてのアルバムを作るというのは一種のジョークだったように思う〉と語っています」
田中「そうだったんですね。この“America”が発表されるとアナウンスされた際には、〈残りの48州を一気にまとめてきた(笑)〉といった冗談も聞かれましたが、実際聴いてみると、そんなジョークが消し飛ぶほどにヘヴィーでシリアスな曲……」
天野「凄みを感じますよね。イントロの緊迫感にあふれたビートと、ノイジーで不穏な電子音から、一気に引き込まれます。そして、〈あなたがアメリカにしたことを どうか僕にはしないでくれ〉というリフレインが、あまりにも強烈です。侵略や植民、戦争、奴隷制と差別、といった血塗られた過去を持つ米国史に思いを馳せずにはいられません。また、ユダや鳩など、歌詞の随所にユダヤ/キリスト教的なモチーフが登場しています」
田中「アメリカ社会の混迷に直面したいま、感じざるをえない信仰の危機を歌った曲のように思えますが、実際は『Carrie & Lowell』(2015年)を制作したときにデモを作っていたものなんだとか。スフィアンは、〈久しぶりに聴いてみたら、この曲の持つ怒りや嫌悪を無視できなかった〉と語っています。カタストロフを表現しているかのような、後半のオーケストレーションも圧巻です」
天野「さらに、Bサイドの“My Rajneesh”という新曲も公開されています。バグワン・シュリ・ラジニーシの名前を掲げたこの曲を聴いて、タナソウこと田中宗一郎さんがえらく興奮していましたが……。なお、“America”を収録した新作『The Ascension』は9月25日(金)にリリースされます。今年の下半期における必聴作でしょうね!」
2. Dominic Fike “Politics & Violence”
天野「2位はドミニク・ファイクの“Politics & Violence”。彼は米フロリダのシンガー・ソングライター/ラッパーで、〈PSN〉では2019年7月に“Phone Numbers”という彼の曲を紹介しました」
田中「ブロックハンプトンや、その実質的なリーダーであるケヴィン・アブストラクトとの交流でも知られています。刑事事件で起訴され、自宅軟禁中に作った“3 Nights”(2017年)がヒットして、一躍注目されました。9月の〈SUPERSONIC 2020〉に出演予定であることも話題ですね。TOWER DOORSの小峯崇嗣くんがよく名前を挙げている印象があります(笑)」
天野「たしかに。95年生まれ、現在25歳の彼は、いわゆる〈Z世代〉の若者。そして、ベッドルーム・ポップの潮流のなかでも頭ひとつ抜けたミュージシャンですね。マーク・ジェイコブスとコラボするなど、ファッション・アイコンとしても注目を浴びていて、ホールジーの新作『Manic』(2020年)に参加したことも話題でした。とにかくいろいろなトピックがあるわけですけど、今回の新曲は〈政治と暴力〉という衝撃的なタイトル。白人警察官の暴力と人種差別に端を発する〈Black Lives Matter〉と、その流れで警察廃止論が盛んになっている現在のアメリカを映しているかのようです」
田中「実際、この曲はアメリカの現状を鑑みてリリースが遅れたんだとか。〈ただの悪徳警察官だっていう話じゃない。制度的な人種差別と暴力、虐待を行う権力の問題がこの国に染みついているんだ。でも、物事は変えることができる〉と、ファイクはコメントを発表しています」
天野「〈彼女が着いたのは2時10分/僕たちはセックスをして、君は泣いた それは君の人生で最高のものだったから〉というリリックで始まるラップのヴァースは、あんまりそういう内容じゃないんですけどね(笑)。でも、この曲は前半と後半がパキっと分かれていて、その構成がイマっぽくておもしろい。ローファイなヒップホップ・ビートからフランク・オーシャンっぽいビートレスな展開を経て、アトモスフェリックなトラップへと流れていくんです。プロデュースはジュリアン・クルーズ(Julian Cruz)。この曲は、ファイクが7月31日(金)にリリースするデビュー・アルバム『What Could Possibly Go Wrong』からのシングル。アルバムがめちゃくちゃ楽しみですね!」
3. Juice WRLD feat. Halsey “Life’s A Mess”
天野「3位は、去年の12月に急逝したラッパー、ジュース・ワールドの“Life’s A Mess”。本日7月10日にリリースされた遺作『Legends Never Die』からのシングルで、ホールジーがフィーチャーされています」
田中「〈人生は混乱している、めちゃくちゃだ〉という曲名と、ジュースの儚げな歌声が痛ましい……。アコースティック・ギターやストリングスを使ったアレンジと、ジュースに寄り添うようなホールジーの切ないヴォーカルによって、さらに悲壮感が増しています。プロデューサーは、ポスト・マローンとの仕事で知られる売れっ子のレックス・クドー(Rex Kudo)と、カリードらの楽曲を手掛けるチャーリー・ハンサム(Charlie Handsome)」
天野「聴いていると、なんだか辛くなってきちゃいますね……。〈俺は叫んだ 『神よ、俺を助けてくれ』 俺はずっと孤独だった〉というリリックは、ジュースの本心なんじゃないかと思いました。それにしても、被疑者5人が捕まったと今朝方に報じられたポップ・スモーク(Pop Smoke)の殺人事件といい、ここ最近は若いラッパーが亡くなってばかり。アメリカという国は、本当にどうなっているのでしょうか……? 才能にあふれた若い音楽家たちがこれ以上亡くなることのないように、僕は祈っています」
4. Aminé feat. Young Thug “Compensating”
天野「4位はアミーネのニュー・シングル“Compensating”! 実は、彼は〈PSN〉初登場ですよね。たびたび名前は挙がっていたんですけど」
田中「そうですね。アミーネはオレゴン州ポートランド出身のラッパーで、“Caroline”(2016年)のヒットによって知られるようになった、と天野くんが『Spider-Man: Into The Spider-Verse』のレビューに書いていましたね。昨年7⽉には東京・渋谷WWWで初来⽇公演を行っています。彼のスタイルはメインストリームのそれとはちょっとちがっていて、オルタナティヴで個性派な印象。ディスクロージャーの新曲“My High”に参加していたことも、その独特な立ち位置を表していますよね」
天野「“Caroline”のリリックにも出てくるように、アミーネはクエンティン・タランティーノの映画が好きなんだそうですよ。大抵、普通のラッパーが好きなのは『スカーフェイス』(83年)とかのギャング映画ですから、アミーネはサブカル寄り……?」
田中「この新曲には、言わずと知れたヤング・サグが参加。さらに、ノーネームとのビーフ(?)が話題になったJ・コールがさりげなく参加しています。ヤング・サグとコールは“The London”(2019年)で共演していますけど、両極端な2人を呼んでしまうあたりはアミーネの個性というか。この曲は過去の恋人とのうまくいかなかった関係性を歌っているようで、〈知ってるだろ 俺はいつも君の幸せを祈っている〉という皮肉なリフレインが印象的です」
天野「T・マイナス(T-Minus)による太いベースとイルなヴォイス・サンプルが効いたビートも独特ですよね。この曲はサード・アルバム『Limbo』からのシングルで、アルバムは8月7日(金)にリリースされます」
5. Lomelda “Wonder”
天野「いよいよ最後です。5位は、テキサス出身のハンナ・リード(Hannah Read)によるソロ・ユニット、ロメルダの“Wonder”」
田中「彼女は2010年代半ばから活動をスタートさせていて、これまでに昨年リリースした『M For Empathy』を含む3作のアルバムを発表しています。メランコリックな歌と簡素でゆったりとした演奏によるフォーキーなロック・サウンドが魅力。同郷のハウディ(Hovvdy)とともに、いまのスロウコアを代表するアーティストです。ハウディとは共作カヴァーEP『Covers』(2019年)をリリースしていますね」
天野「この曲は、9月4日(金)にリリースするアルバム『Hannah』からのリード・シングルのようですね」
田中「いまにも爆発しそうな感情をあえて押し殺したような歌いっぷりが、たまらなくエモいです。そして、ざらついた音質のファズ・ギターや少しくぐもったドラムの音はとても生々しくて……。音楽ジャンルとしての〈ローファイ〉の魅力が詰まった楽曲だと思いますね」
天野「僕は、そこまでアツいものをロメルダには感じられないのですが……(笑)。歌詞では、〈あなたがそれを得たならベストを尽くしなさい〉という象徴的なラインが繰り返されています。ミュージック・ビデオで彼女が天使に扮していることをふまえると、どことなく宗教的な教えが背景にあるように感じますね」
