死を覚悟したポップスターは〈ありえたかもしれない〉己の姿に想いを巡らせた。変幻自在に時代の音を纏ったニュー・アルバム……これぞホールジーな傑作だ!!
違う時代に生まれていたら?
今年デビューから10年を迎えるこの米国人シンガー・ソングライターがこれまでに発表した4作のアルバムはすべて、全米アルバム・チャート上で最高2位以上を記録している。つまり彼女が現代米国における最大のスターの一人であることは間違いない。それでいてどこか掴みどころのない存在であり続けている理由はひとつに、ポスト・ジャンル世代を象徴する表現の多様さにあるのだろう。しかも多作で、毎回時間をかけて向き合うことを要するコンセプチュアルなアルバムを発表してきたことも、無関係ではあるまい。ファースト・アルバム『Badlands』(2015年)ではアトモスフェリックなエレクトロ・ポップでディストピアン・ファンタジーを描いていたり、2021年の4作目『If I Can’t Have Love, I Want Power』ではトレント・レズナー&アッティカス・ロスの手を借りて、当時妊娠していた自分の胸中をインダストリアル路線の曲の数々に落とし込んでいたり……。よって次にどこに向かうのかまったく予想がつかなかったわけだが、結果的にここに登場する5作目『The Great Impersonator』はまさにホールジーらしい作品であり、またもや奇想天外なコンセプトが用意されていた。そう、彼女は70、80、90、2000年代、それぞれの時代のアーティストにインスピレーションを求めて曲を作り、いわばタイムトラベルをしながらアルバムを完成させて、それを〈偉大なるものまね芸人〉と命名したのだ。
そんなアプローチの背景には、ホールジーが直面していた深刻な事情がある。というのも、かねてからさまざまな病気を抱えていた彼女は、さらに難病の全身性エリテマトーデスとT細胞リンパ増殖性疾患と診断され、闘病生活を送りながら本人いわく「生死の狭間」で本作をレコーディング。アルバムの予告映像では以下のように語っている。
「私はこれが最後のアルバムになると本気で思っていた。こんなふうに病気になると、他の可能性はなかったのか?と考えはじめてしまう。(中略)2000年代初めにデビューしていたらどうなっていたんだろう? 90年代だったら? 80年代だったら? 70年代だったら? それでもやっぱり私はホールジーになったのだろうか? どの時代を生きたとしても病気になったのだろうか? 母親になったのだろうか? ハッピーだったのだろうか? 孤独だったのだろうか?(後略)」。