ジャズ的な発想から離れ、あえて歌物を1曲目に
――1曲目の“The Bench”に入っているヴォーカルのメリンダ・ディアス・ジャヤシンハ(Merinda Dias-Jayasinha)はどういう方ですか?
「メリンダもオーストラリア人です。彼女はジェームスの友だちで、最初は歌をうたう人だと知らないで一緒に飲んでたんですね。そのときに僕たちのライブをとても気に入ってくれて、機会があったら一緒にやりましょうと。
それで今回1曲ヴォーカルの曲を入れたくなって、彼女のことを思い出して、一度録音した“The Bench”という曲にヴォーカルのメロディーを付けて、バックトラックを録音したものをオーストラリアに送ったわけです、もう新型コロナの時期になっていたので。そこに彼女が歌を入れてくれました」
――曲はすべて西口さんのオリジナルですね。1曲ずつコメントをいただけますか。
「1曲目はその“The Bench”で、歌物から始まるというのも珍しいですよね。実は曲順が何度も変わって、プロデューサーの阿部(淳)さんにはご迷惑をかけました。
ジャケットの写真を撮ってくれた小林崇臣くんというすばらしい映像作家に――彼とは黒田さんの紹介で出会って、ミュージシャンの知り合いしかいなかった僕に、いろんなジャンルのクリエイターを紹介してくれた人なんですが――彼と他にも何人かいる場で、この音源を聴かせたんですよ。それで、そのときは1曲目がインストの曲順だったんですが、みんな〈はてな?〉みたいな顔をしたんです(笑)。その後でメガプテラス※で僕がアレンジしたカミラ・メザの音源をかけたらみんな〈いいね、これ!〉となって、そこで考えたわけです。僕は誰に自分のCDを聴かせたいんだろう?と。
それまではあまりそういうことを考えたことがなくって、自分の作品だから自分がいいと思う曲順、としか思わなかったんだけど、そうか、この人たちに聴いてもらいたいんだ、と思って、歌入りの“The Bench”から始めることにしました。
フリー・ジャズ的なアプローチもあるアルバムですけど、これを1曲目にすることによって、アルバム全体がポップな雰囲気になりますし、1曲目の印象が全体の印象を決定するんですね。メンバーには〈えー!〉と言われました(笑)。サックスのソロから始まった方がいいんじゃないか、とか。そういうジャズ的な発想から離れたかった、ということはありますね」
――ハクエイさんのピアノ・ソロの後ろで鳴っているギターみたいな音は何ですか?
「〈ネオヴィコード〉という楽器です。神奈川工科大学の西口(磯春)教授――親戚ではないです――がハクエイさんと開発した、クラヴィコードにピックアップが付いたような楽器ですね。
試しに入れてみて、僕は最初違和感があったんですけど、だんだんこれがないと物足りなく思えてきて」
ミンガス、オーネット・コールマン、インド音楽……『FOTOS』の多彩な音楽
――2曲目の“Pele of The Sacred Land”は、うって変わってチャールズ・ミンガスっぽい……。
「そうですね、ミンガスとかオーネット・コールマン的なオーガニックなサウンドです。僕は今回〈テクスチャー〉ということを考えたんですが、最初に出てくるウッド・ベースの音が大事なんです。
この間あるDJに聴いてもらったら、ポップな1曲目が終わってウッド・ベースが鳴るところで〈めちゃくちゃかっこいい!〉と言ってました。けっこう抽象的な曲なんですけど、音がかっこいいから反応してくれたんですね。彼らは僕らミュージシャンと聴くポイントが違うので、そういう意味ではこの並びは効果的だったのかな」
――次の“FOTOS”は、コンテンポラリー・ジャズの典型、といったサウンドですね。
「かなり前に作った曲で、なかなか形にならなかったんですが、このバンドで仕上げたいなと思ってアレンジをしました。コンテンポラリー・ジャズっぽい感じになりましたね。
テーマはソプラノ・サックスで、初めはトロンボーンと2管だったんですが、コロナ期に入ってからアルトを足しました。ビッグバンドっぽい音にしたかったんです。ソロはアルトで吹いています」
――“Smoke of Wolf”は〈狼煙(のろし)〉という意味ですか? 管楽器が前半同じメロディーを吹いていて、ベースが自由に動くというのがおもしろいですね。
「曲の意味はまったくそのとおりです。ベースは簡単なモチーフだけがあって、マーティに自由に弾いてもらいました。管楽器がずっと同じメロディーを吹いて、他の人たちが自由に動くというやり方です」
――途中から管楽器のフリー的なソロになるんですね。ベースのラインがちょっと沖縄音階みたいですが?
「あー、これはインドに行ったときに作ったので、ちょっとインド音楽的なイメージがあるのかもしれません」