現在最も注目されているサックス奏者、西口明宏が、7年ぶりのリーダー・アルバム『FOTOS』をリリースする。西口のサックスとフルートに、ジェームス・マコーレー(トロンボーン)、ハクエイ・キム(ピアノ/キーボード)、マーティ・ホロベック(ベース)、吉良創太(ドラムス)というクインテット編成で、バンド名も〈FOTOS〉だ。全曲を作曲し、コンポーザーとしても進境著しい西口にたっぷりと話をしてもらった。

多忙なサックス奏者が結成した新クインテットFOTOS
――〈FOTOS〉はどのようにして始まったんですか?
「2年前にカルテットでやったライブがすごくいい感じで、それからカルテットでやっていたんですけど、僕は他の人のクインテットへの参加が多いこともあって、クインテットでもやりたいな、と思ったんです。
たまたまトロンボーンのジェームスが日本に移住することになって、彼の音楽性を尊敬していたこともあって、ジェームスにお願いしてクインテットにしました。他のメンバーはカルテットと同じです」
――リーダー・アルバムは7年ぶりですね。
「ここ数年、ありがたいことにいろんなサポートに呼んでいただいたり、企画にかかわらせていただいたりして、自分のプロジェクトをすっかり忘れてたんですね。
〈デトロイト・ジャズ・フェスティヴァル〉にトリオで出たのは2017年で、実はあのときもNYでピアノのレオ・ジェノベーゼを入れたカルテットで録音していたんですけど、ちょっと突貫工事的な録音だったし、自分の中で考えが変わったこともあって、出しませんでした。いつかは日の目を見ることもあるかもしれませんが」
オリジナルなジャズ志向のオーストラリア出身プレイヤーたち
――クインテットのメンバーについて教えてください。まずはハクエイ・キムさん。
「ハクエイさんとは10年ぐらいの付き合いですね。僕が東京に出てきたときからで、2枚目のリーダー作(2013年作『PINGO』)でも演奏していただき、ハクエイさんのプロジェクトにもいろいろ呼んでもらって、公私共になかよくさせてもらっています。音楽性の共通点も多いし、すごく影響を受けている、ミュージック・パートナーという感じですね。
僕のバンドではシンセサイザーやローズが中心なんですが、彼はもともとキーボーディストなので、ピアニストとしてのハクエイ・キムとは違う面を出していただければと」
――トロンボーンのジェームスとベースのマーティはオーストラリア人です。ジェームスと共演のきっかけは?
「ジェームスに出会ったのは1年半ぐらい前ですね、彼は前からちょくちょく日本に来ていて、(石若)駿くんのプロジェクトに参加してたりしたので顔見知りではあったんですが、日本に移住して、カルテットのライブに来てくれたので一緒にやってみよう、と。
僕は黒田(卓也)さんのバンド・aTakでやったり、もともとビッグバンドをやったりしていたので管楽器のアンサンブルが好きなんです。初めてですね、自分のバンドで2管でやるのは。
テナーとトロンボーンの2管編成ってあんまりないじゃないですか。ソニー・ロリンズがやってましたけど。僕はソプラノ・サックスも吹きますが、ソプラノとトロンボーンのハーモニーもとてもいい響きなんですね」
――ベースのマーティは、今や日本のジャズ・シーンの中心にいるという感じです。
「マーティは知り合って3〜4年ですか。彼なしでは日本のジャズが回らないんじゃないですかね。
オーストラリア組って、日本のジャズ・シーンに大きな影響を与えたと思います。アーロン・チューライから始まって、その後何人もが日本に来るようになって、ちょっとくすぶっていたシーンにばーん、と風穴を開けたみたいな感じですね。
ハクエイさんもシドニーにいたことがあって、共通の知り合いはたくさんいるようですね。ハクエイさんの先生のマイク・ノックというピアニストはオーストラリアではレジェンドですし。
あと、彼らとハクエイさんは音楽性も似ていますね。アメリカのジャズをリスペクトしつつも、それとは違う個性、音楽性を編み出そうとする、というのがオーストラリア的なのかな」

――アメリカのミュージシャンとオーストラリアのミュージシャンとの違いは?
「僕はアメリカに6年間住んでいたのですが、オーストラリアのミュージシャンはオリジナリティーに対する意識が強いかなと感じます。
彼らに、なんでアメリカじゃなくて日本に来たの?と訊いたことがあったんです。そうしたら、日本のジャズに興味があって来たんだと言われて、納得したんですよ。たとえばフリー・ジャズ的なものについて、日本には菊地雅章さんとか富樫雅彦さんとか、オリジナルな表現をするすばらしいミュージシャンがいて、そういうところに興味があったというんですね。アメリカのミュージシャンにとって、〈ジャズの伝統〉というのは強いですよね。
いろんな角度でジャズを見ることができると思うけど、僕らがジャズを見ている角度と、オーストラリア人がジャズを見ている角度はもしかしたら近いのかもしれませんね」
――ドラムスの吉良さんの演奏もすばらしいですね。
「吉良くんは飛ぶ鳥を落とす勢いで、大西順子さんのバンドにも入って、すばらしいですよね。彼はもともとパーカッショニストなんですよ。
ストーリーの展開のしかたがすごい好きで、もちろん彼のグルーヴも大好きです。吉良くんとはブルーノート創立75周年のイベント※で出会って、いいドラマーやな、と思ってお願いしたんだと思います」
ジャズ的な発想から離れ、あえて歌物を1曲目に
――1曲目の“The Bench”に入っているヴォーカルのメリンダ・ディアス・ジャヤシンハ(Merinda Dias-Jayasinha)はどういう方ですか?
「メリンダもオーストラリア人です。彼女はジェームスの友だちで、最初は歌をうたう人だと知らないで一緒に飲んでたんですね。そのときに僕たちのライブをとても気に入ってくれて、機会があったら一緒にやりましょうと。
それで今回1曲ヴォーカルの曲を入れたくなって、彼女のことを思い出して、一度録音した“The Bench”という曲にヴォーカルのメロディーを付けて、バックトラックを録音したものをオーストラリアに送ったわけです、もう新型コロナの時期になっていたので。そこに彼女が歌を入れてくれました」
――曲はすべて西口さんのオリジナルですね。1曲ずつコメントをいただけますか。
「1曲目はその“The Bench”で、歌物から始まるというのも珍しいですよね。実は曲順が何度も変わって、プロデューサーの阿部(淳)さんにはご迷惑をかけました。
ジャケットの写真を撮ってくれた小林崇臣くんというすばらしい映像作家に――彼とは黒田さんの紹介で出会って、ミュージシャンの知り合いしかいなかった僕に、いろんなジャンルのクリエイターを紹介してくれた人なんですが――彼と他にも何人かいる場で、この音源を聴かせたんですよ。それで、そのときは1曲目がインストの曲順だったんですが、みんな〈はてな?〉みたいな顔をしたんです(笑)。その後でメガプテラス※で僕がアレンジしたカミラ・メザの音源をかけたらみんな〈いいね、これ!〉となって、そこで考えたわけです。僕は誰に自分のCDを聴かせたいんだろう?と。
それまではあまりそういうことを考えたことがなくって、自分の作品だから自分がいいと思う曲順、としか思わなかったんだけど、そうか、この人たちに聴いてもらいたいんだ、と思って、歌入りの“The Bench”から始めることにしました。
フリー・ジャズ的なアプローチもあるアルバムですけど、これを1曲目にすることによって、アルバム全体がポップな雰囲気になりますし、1曲目の印象が全体の印象を決定するんですね。メンバーには〈えー!〉と言われました(笑)。サックスのソロから始まった方がいいんじゃないか、とか。そういうジャズ的な発想から離れたかった、ということはありますね」
――ハクエイさんのピアノ・ソロの後ろで鳴っているギターみたいな音は何ですか?
「〈ネオヴィコード〉という楽器です。神奈川工科大学の西口(磯春)教授――親戚ではないです――がハクエイさんと開発した、クラヴィコードにピックアップが付いたような楽器ですね。
試しに入れてみて、僕は最初違和感があったんですけど、だんだんこれがないと物足りなく思えてきて」
ミンガス、オーネット・コールマン、インド音楽……『FOTOS』の多彩な音楽
――2曲目の“Pele of The Sacred Land”は、うって変わってチャールズ・ミンガスっぽい……。
「そうですね、ミンガスとかオーネット・コールマン的なオーガニックなサウンドです。僕は今回〈テクスチャー〉ということを考えたんですが、最初に出てくるウッド・ベースの音が大事なんです。
この間あるDJに聴いてもらったら、ポップな1曲目が終わってウッド・ベースが鳴るところで〈めちゃくちゃかっこいい!〉と言ってました。けっこう抽象的な曲なんですけど、音がかっこいいから反応してくれたんですね。彼らは僕らミュージシャンと聴くポイントが違うので、そういう意味ではこの並びは効果的だったのかな」
――次の“FOTOS”は、コンテンポラリー・ジャズの典型、といったサウンドですね。
「かなり前に作った曲で、なかなか形にならなかったんですが、このバンドで仕上げたいなと思ってアレンジをしました。コンテンポラリー・ジャズっぽい感じになりましたね。
テーマはソプラノ・サックスで、初めはトロンボーンと2管だったんですが、コロナ期に入ってからアルトを足しました。ビッグバンドっぽい音にしたかったんです。ソロはアルトで吹いています」
――“Smoke of Wolf”は〈狼煙(のろし)〉という意味ですか? 管楽器が前半同じメロディーを吹いていて、ベースが自由に動くというのがおもしろいですね。
「曲の意味はまったくそのとおりです。ベースは簡単なモチーフだけがあって、マーティに自由に弾いてもらいました。管楽器がずっと同じメロディーを吹いて、他の人たちが自由に動くというやり方です」
――途中から管楽器のフリー的なソロになるんですね。ベースのラインがちょっと沖縄音階みたいですが?
「あー、これはインドに行ったときに作ったので、ちょっとインド音楽的なイメージがあるのかもしれません」

音楽のテクスチャーへのこだわり
――“Campfire”はドラムのビートが強調されています。
「そうですね。一応曲ごとにコンセプトがあって、“Smoke of Wolf”は〈テクスチャー〉、この“Campfire”は〈ビート〉なんです。
ライブで盛り上がる曲でして、よく1曲目とか最後にやっています」
――“Silent Ocean”はスロウで、ベースが活躍しています。
「これはベースをフィーチュアしています。ライブではピアノもソロをやってますけど、レコーディングではベースのエフェクトとかが綺麗に録音できるので、マーティをフィーチュアしてみました。
これは薄いテクスチャーというか、水彩画みたいなイメージですね。リズムも、“Campfire”みたいなはっきりしたビートはなくて。雅楽というか、ゆっくりと風が吹いている、みたいな感じを出したいと思ってやりました」
――“Musicsaver”は1分ほどの短いフリー・ジャズですね。
「そうですね。これはインターミッション的に、フリーをやったわけです」
――“Mangrove”は3連の乗りで始まって、途中で速い4ビートになりますね。
「これは自分が今までたどってきた音楽の道をたどり直している、ということかもしれませんね。カウント・ベイシー、ウディ・ハーマン、サドメル・ビッグバンド。その後はデクスター・ゴードン、ソニー・スティット、スタン・ゲッツ、ズート・シムズとかを通ってきて、そこでアメリカに渡って、ジョー・ヘンダーソンとかをすっ飛ばして、いきなりマーク・ターナーとか(笑)。そこでオーネット・コールマンなどのフリー・ジャズに出会って、それからストラヴィンスキーなどのクラシックに出会いました。いろんな音楽が好きで、ジョシュア・レッドマンも好きです。
自分で意識したわけではないんですが、たまたまそういう風になってしまったのかな」
――最後の“Primitive Birds”のリズムは?
「これはアフロビートですね。去年トニー・アレンというアフロビートのドラマーとブルーノート東京で共演して※、すごく楽しくて。黒田さんもアフロビートが大好きですよね。特にアフロビートの曲を書こうと思ったんじゃないんですが、楽しい感じの曲を作ろうと」
――リズムはハッピーですが、コードとメロディーの関係が不思議ですね。
「ポリ・トーナリティー(多調性)ですよね。これも特にそうしようと考えたわけではなく、自分としては自然なんです。ストラヴィンスキーとかが好きなので、そのことも関係あるかな。メンバーは初め〈えーっ!〉と言ったけど、今ではこれが自然に思えてるようです。
アフリカ音楽も好きなんですが、アフリカ音楽にもトップ・ノート(和音や和声の最高音)とベースラインのトーナリティーがまったく違うものがありますよね」
――1曲ごとにヴァラエティーがあるアルバムになっていますが、それを特に意識したのではないのでしょうか?
「そうですね。自分が書きたい曲が集まったらこうなった、ということだと思います」
ドラマーみたいにサックスを吹きたい
――ところで、西口さんがコンポーザーとして最も影響を受けたミュージシャンを一人挙げるとすれば、誰になるんでしょう。
「カウント・ベイシー・オーケストラだと思います。中学から大学までビッグバンドでベイシーをやってきて、僕はコンサート・マスターだったのでスコアもずっと見ていましたから。あとは自分が共演してきた人たちですね。
黒田さんからもすごく影響を受けていて、ピアニストの古谷淳さんとか、アメリカで一緒にやってきたミュージシャンたちからも大きな影響を受けていると思います」
――サックス・プレイヤーとしての目標は?
「それは単純です。ドラマーみたいにサックスを吹きたい。リズムを吹くというか、ぱあーっと音階を吹くんじゃなくて、〈だだだだだん〉というか、テクスチャーで吹くようになりたいと。僕の好きなサクソフォニストはみんなそんな感じですね。ソニー・ロリンズとかジョー・ヘンダーソンとか、ジョー・ロヴァーノ、ジョージ・ガゾーン、ウェイン・ショーターも。みんなテクスチャーで吹いている感じがします。
僕はジョー・ロヴァーノにサックスを習ってたんですが、彼はドラムもすごく上手くて、〈すべてのテナー・プレーヤーはドラマーになりたくて吹いている〉って言いはるんです。ああ、彼もそう思うんやなあ、って」
音楽全体がこのテーブルだとすると、ジャズはほんの隅っこぐらいの大きさ
――西口さんの目から見た日本のジャズ界はどうですか?
「僕がアメリカから帰ってきて10年経つんですが、この10年で大きく変わったと思いますね。これからも、いい意味でどんどん変わっていくのではないかと思ってます。
日本のジャズのいいところは、アカデミックなジャズ教育にあまり縛られていない、ということでは、と思うんです。僕もやっとアメリカでのジャズの教育が抜けてきたかな、と思ったりもします。吉良くんや駿くんなんかも、大学でクラシック教育は受けたけど、ジャズについては現場で覚えたということがいいんですよね。
まあもともと、日本のジャズは自由なところがあって、そこがヨーロッパなんかで高く評価されている理由かもしれないです。ヨーロッパのレコード屋に富樫さんなど、日本人ジャズ・ミュージシャンのコーナーがありますから」
――『FOTOS』は、紛れもなくジャズなんですけど、ジャズの枠にとらわれないスケールの大きさがありますね。
「最近思うのは、(目の前のテーブルを指しながら)音楽全体がこのテーブルの大きさだとすると、ジャズはほんの隅っこぐらいの大きさじゃないか、と。ことさらに〈ジャズ〉を目指して小さなものになるなら、それにとらわれないでやればテーブル全体より大きい世界が作れるかもしれない。
とは言ってもずっとジャズを聴いて育ってきたんだから、どうやってもそれは〈ジャズ〉になるんだろう、と思うんです」


