日本ジャズの現在を溢れんばかりの情熱と共にドキュメントするレーベル〈Days of Delight〉(ファウンダー&プロデューサー:平野暁臣)から、一段と濃密な作品がリリースされる。それが馬場智章の『Gathering』だ。顔ぶれは馬場智章と西口明宏の2サックスに、ベースの伊藤勇司、ドラムスの小田桐和寛。ピアノやギターのようなコード(和音)を出せる楽器を排して、徹底的に4者が音で語り合う組曲となっている。岡本太郎現代芸術賞・岡本敏子賞に輝く鬼才・弓指寛治のジャケットイラストも含め、〈これはぜひフィジカルで持ちたい〉と力をこめたくなる一作だ。
今年30歳になる馬場智章だが、そのキャリアは〈若きベテラン〉と呼ぶにふさわしい。2000年(8歳!)から2009年にかけて札幌ジュニアジャズスクールに在籍し、2011年米国ボストン・バークリー音楽大学に入学。卒業後はNYに移り、2016年に入ると黒田卓也、大林武司、中村恭士、小川慶太と5人組ユニット〈J-Squad〉を結成した。2020年の初リーダーアルバム『STORYTELLER』発表を経て、同年秋から拠点を東京に。来たる5月に行なわれる〈LOVE SUPREME JAZZ FESTIVAL〉では、黒田卓也率いる〈aTak〉、石若駿率いる〈Answer to Remember〉、そしてDREAMS COME TRUEを中心とするスペシャルプログラム(DREAMS COME TRUE featuring 上原ひろみ、Chris Coleman、古川昌義、馬場智章)の計3アクトに参加することも決定した。
「日本から海外に発信する音楽シーンを、もっと作っていきたい」と語る俊英サックス奏者・馬場智章に、『Gathering』誕生秘話、ジャズとの出会い、故郷・札幌での経験、バークリー時代の日々、今後の展望などをうかがった。
札幌ジュニアジャズスクールからジャズスクールバークリーへ
――ジャズとの出会いを教えていただけますか?
「叔父がアマチュアのビッグバンドでトロンボーンを吹いていました。6歳頃に水泳大会に参加した後、そのビッグバンドのコンサートを観に行ったことが初めてのジャズ体験です。僕はもともと音楽より水泳に夢中だったし、コンサートに行った経験も母と観に行ったSMAPぐらいだったんですが、(ビッグバンドのコンサートで聴いた)ジャズがすごく新鮮で、かっこいいと思ったんですよ。みんなスーツを着て、ソロのパートになるとシュッとしたおじさんが前に出てきてバーッって吹いて、そのシルエットがめちゃめちゃかっこよかったんです。
その後、(札幌ジュニア)ジャズスクールジャズスクールが開校するという記事を母が地元の広報誌で見つけて、ぜひここに入りたいということで、叔父に譲ってもらったトロンボーンで小学2年生の時に参加して、翌年にヤマハのアルトサックスを親に奮発して買ってもらって。習い事をしているというより、遊びに行く感覚でやっていました。石若駿や寺久保エレナはスクールの同期ですし、山田丈造や竹村一哲さんもいましたね」
――取材前にマイケル・ブレッカーを聴いて衝撃を受けたとおっしゃっていましたね。それは?
「小学校5年生になる前ですね。ブレッカー・ブラザーズの“Some Skunk Funk”(78年)等に感激して、その影響もあって楽器をテナーに変えました。実はブレッカーを教えてくれたのは駿なんです。彼は当時から音楽にめちゃくちゃ詳しくて、〈ウェイン・ショーターもかっこいいよ〉とか教えてくれたり」
――小学生どうしがブレッカーやショーターについて会話する世界、最高です。馬場さんは学生時代、札幌のプロミュージシャンとは交流なさいましたか?
「中学から高校にかけて師事していた蛇池雅人さんと一緒にライブで演奏したこともありますし、福居良さんにもお世話になりました。当時の福居良トリオのメンバーは、ドラムが竹村一哲、ベースが粟谷巧でした。福居さんと一緒に演奏した印象は……めちゃめちゃ怖かった(笑)。〈君、全然だめだね〉、〈すみません、がんばります〉という感じで。粟谷くんも怖かったし、一哲くんは僕と3歳しか違わないのに、良さんが怖いのか助け船を出してくれないんですよ(笑)。あの現場ではずいぶん鍛えられました」
――米国ボストンのバークリー音楽大学に入学なさったのは2011年のことでしょうか。
「スカラーシップを得て本格的に入学したのは2011年ですが、2006年頃に〈北海道グルーブキャンプ〉というイベントがあったんです。そこにバークリーの教授のタイガー大越さんがいらっしゃって、発表会の優秀賞に僕やエレナが選ばれました。バークリーでは西口明宏さん、BIGYUKI、石川広行くんにも出会って、デイヴ・サントロやハル・クルックのアンサンブルの授業、テリ・リン・キャリントン、ケニー・ワーナー、ジョアン・ブラッキーン、ジョージ・ガゾーン等からレッスンを受けました。
僕は音作りを一番大事にしていますが、その部分でガゾーンから学んだこと、たとえばロングトーンの出し方ひとつにしても、それはすごく今も役立っています。習って1週間で音が激変して良くなりましたね。
僕はジョー・ロヴァーノも好きなので、ガゾーンとロヴァーノが一緒にバークリーで開いたワークショップが鳥肌ものだったことも思い出します。ふたりの音はすごく周波的というか、暖かく周りにブワーっと広がってゆく感じがします」