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レコーディングは未来を作ること、過去の録音には現在の自分が反映されている

――新作『Vertigo KO』がコロナ禍に見舞われているこのタイミングでリリースされたことについて、率直にどのように感じていますか?

「もともとはもっと早く出す予定だったんです。今年の春ごろに『Vertigo KO』が出て、そのあとに『Vertical Jamming』のカセットが出る予定だったんですね。けれどもこうした状況になって物流が止まってしまって、結果的に9月発売になりました。

今回のアルバムを制作するにあたって、ここ数年の自分の音源をあらためて聴き返すことができたので、その期間を重層的に見ることができたのはとても有意義な経験でしたし、そうした作品を偶然にも2020年という世界中が大きく揺れ動いている時代に出せたことも、有意義なことだと感じています」

『Vertigo KO』の音楽をフィーチャーしたリサ・アオキによるフィルム

――ご自身の過去の音源と向き合うことで、何かあらためて気づいたことなどはございましたか?

「レコーディングというのは自分の未来を作ることで、過去の録音物には現在の自分が反映されていると思うんですね。たとえばライブというのは一瞬で消えてしまうんですけれども、アルバムを作るというのは新たな時間と未来を作り上げていく作業だと思うんです。

ただ、そこには図らずも作り上げてしまうという部分もすごく大きくて。やっぱりすべてをコントロールできないというか、意識的に作ろうと思って作業を始めてもどうしても無意識の部分が出ているといいますか、そういうことにあらためて気がつきましたね」

 

パンク/ポスト・パンクといった言葉やイメージから逃れたい

――アルバムはどのような経緯で制作されたのでしょうか?

「2018年11月にロンドンのIKLECTIKという、実験音楽系のレーベルも運営しているスペースでアナ・ダ・シルヴァとライブをやったんですね。そのときに今回アルバムを出したディサイプルズの人が観に来てくれて。私の音楽をずっと聴いてくださっていたようで、〈いつか一緒にお仕事しましょう〉と書いたメモを渡されたんです。それで去年5月にまたロンドンに行ったときに彼と再会して、アルバム・リリースの話が具体的に進んでいきました」

――アルバム制作はどういったコンセプトで進められましたか?

「当初私は新しく録音したアルバムを出そうと考えていたんですが、レーベル側から〈未発表の音源をコンパイルして1枚のアルバムを作りましょう〉というコンセプトを提案されて。それはそれで面白いなと思っていくつか音源を送ったら、レーベル側が選曲してくださって、とても意外な楽曲の並びになっていてそれも面白いなと思ったんです。それでその選曲に合うように新たに2曲録音して、1枚のアルバムとして完成させました」

――アナ・ダ・シルヴァさんとは2018年に共作『Island』をリリースされていますよね。今回の『Vertigo KO』にはアナさんのバンド、レインコーツの楽曲“The Void”のカヴァーも収録されていますが、コラボレーションからの連続性はあるのでしょうか?

「『Vertigo KO』と『Island』はまったく別の作品として捉えています。レインコーツのカヴァーを収録したのも偶然なんです。

たまたまアメリカのラジオ局WFMUから依頼があって、79年にリリースされた作品のカヴァー曲を集めてコンピレーション・カセットを作るという企画に誘われたんですね(2019年作『Your Song, My Foot! Vol. 3: The 1979 Edition』)。『アーント・サリー』が79年作だから私に声がかかったと思うんですけど、その頃ちょうどアナさんと一緒に作業をしていて、そういえば『The Raincoats』も79年作だったなと思い出して。

なので本当に偶然だったので、アナとのコラボレーションと自分のソロは内容的には完全に分けて考えています」

――“The Void”のカヴァーはあくまでも歌ものでありつつ、サウンド面ではポリ・グルーヴで非常に斬新なアプローチであるように感じました。

「あの曲をカヴァーすることで生まれてしまいかねない、いわゆるパンクですとかポスト・パンクですとか、そういった言葉やイメージからなんとか逃れたいなと思ったんです。むしろパンク~ポスト・パンク~ニューウェイヴを自分なりにリミックスしようと考えて、ああいうアレンジの曲にしました。

それとやっぱりカヴァー曲をやることで自分以外の他者が入ってくるので、非常に風通しが良くなる感じもしましたね。ソロ・アルバムはどうしても自家中毒になって行き詰まってしまいがちなんです。私の個人的な資質も大きいとは思いますが、自分でなんとかしようと思ってもすべてをコントロールすることはできませんからね」

『Vertigo KO』収録曲“The Void”

 

2つのアルバムに刻まれた2010年代中盤以降の時間

――『Vertigo KO』はPhewさんにとってはコンピレーション・アルバムという位置付けになるのでしょうか? それともあくまでもソロ・アルバムとして1枚の作品という認識でよいのでしょうか?

「やっぱり1枚の新しいアルバムですね。これは私一人ではできなかった、レーベルとの共同作業で作り上げることができた1枚のソロ・アルバムなんです」

――穏やかなヴォイスが聴き手をフィナーレへと誘いつつ、唐突に音が途切れてしまう最後の楽曲“Hearts And Flowers”からは、どこか未完結な印象も感じました。

「あの短い曲を最後に入れるというのは、レーベルから提案していただいたアイデアでした。1枚のアルバムで完結してしまわないような開放感をもたらすので非常に面白いなと思いましたし、次のアルバムへとつながるような感じにもなったなと思います」

――今回『Vertigo KO』とカップリングで、5月にカセットとしてリリースされていた『Vertical Jamming』がディスク2に収録されています。2枚組にするというアイデアはレーベル側から提案されたのでしょうか?

「そうです、それもディサイプルズのアイデアで、とても新鮮でした。『Vertical Jamming』に収録されている“Drone”はもともと2014年に出した一番古いCD-R作品(『Phew01』)に収録されている曲で、ブーって鳴ってるだけの曲なんですけど、それをレーベル側が選曲してきたのですごく面白いなと思いましたよ。これは自分だったら思いつかなかったですね」

『Vertical Jamming』収録曲“Drone”

――『Vertical Jamming』は長尺の即興的な演奏が収録されていて、『Vertigo KO』と対比的であるようにも感じました。

「『Vertical Jamming』に収録されている楽曲は、2015年前後の、まだシンセサイザーやいろいろな機材を使って音楽を作るということを始めたばかりで、何もかもが新鮮で楽しくて仕方がなかった時期の音源なんです。

一方で『Vertigo KO』は比較的最近の音源なので、2枚合わせて2010年代中盤以降の時間が刻まれていると言うこともできますね」