日本のインド街と称される街、葛西の名店レカ

新型コロナの猛威によって、以前のように外で食事をすることがほとんどできなかった、2020年の上半期。政府による曖昧な自粛要請指示などもあり、正解や答えが見えない中で、飲食店を営む人々は工夫を凝らしながら様々な営業形態を模索していた。

ふと心配になって、かねてより親交のあったカレー店、レカ(日本のインド街と称される街、西葛西/葛西エリアを代表する名店だ)の〈よぎさん〉に電話をしてみた。すると、やはり「補償金をもらって店を閉めていた」という。しかし最近になって営業を再開したとのこと。会いに行って話を聞くことに決めた。

今回紹介するカフェ&印度家庭料理店レカ(葛西本店)は、東京メトロ東西線の葛西駅から徒歩5分ほどの場所にある、油控えめでヘルシーな西インドの家庭料理を提供してくれるお店。店主は日本のIT企業や銀行などで約20年の勤務経験があり、現在は江戸川区の議員を勤めるよぎさん(本名プラニク・ヨゲンドラ)。厨房に立つのはよぎさんのおかあさん(通称レカママ)だ。

ここでは、いわゆる世間一般の人がイメージする〈インドカレー〉につきものなナンのような料理は一切出ない。油を大量に使ったカロリーたっぷりのバターチキン・カレーも無い。インドの人々が家庭で毎日食べている、消化の良いものだけがメニューに並んでいる。

ダヒ・ポへ
ヨーグルトをスパイスで味付けし、焼いた米フレーク(ポへ)と和えた西インドの家庭料理
 
カンダ・ポヘ
米フレーク(ポヘ)と玉ねぎ(カンダ)を使った西インドの朝食・軽食。レシピは簡単だが味付けに奥深さがあり、お見合いの際に花嫁の料理の腕前をチェックする一品として有名
 
ミサル・パウ
屋台から高級レストランまで広く食べられている西インドのソウル・フード。6種類以上の豆を使用したカレーを、食パンと一緒に食べる
 

 

インテリ道を邁進してきたよぎさん

――よぎさん、お久しぶりです。今日は、よぎさんのこと、お店のこと、色々聞きたくて来ました。まずは自己紹介からお願いできますか?

「こんにちは。私のフルネームはプラニク・ヨゲンドラですが、みなさんには〈よぎ〉と呼ばれています。小さい頃から言語が得意で、中学でスペイン語、高校ではドイツ語をマスターしました。大学では別のこと、物理学や数学の分野を学びたいと考えていたんですが、たまたま履修の受付ブースで日本語に興味を持ち、それから在学中に奨学金で日本へ行ったりして、徐々に日本のことが好きになり、日本で勉強を続けたいなと思うようになりました。

大学の成績はトップで、日本語能力検定もトップ、弁論大会などでも全国大会に出ていました。日本語学生連盟を経て、その後教師もやってたんですけど、教師連盟でも二番手くらいのポストになって。そういう意味では、短い年月の中でも、インドにおける日本の分野で貢献できるところは全部やってきました」

――ここまでの話を聞くとよぎさんってかなりのインテリだと思うんですけど、もともと勉強熱心な教育をされるご家庭だったんですか?

「いや、そうでもないです。母は中学校中退。父は中学を卒業してそのまま工場に就職して、44年間勤務。バックグラウンド的に勉強ができたという基盤があったわけではなくて。ただ、やっぱり私の時代のインドというのは、成功するには勉強っていうのが一番重要でした。僕はちょうど94年に大学に入ったんですが、その当時のインドはまだまだ海外に行かなきゃとか、ITを学ばなきゃとか、そういう時代じゃないんですよ。まだすごく哲学的な、いわゆるインドという国でした。なので、〈勉強しなければ成功しない〉というのはちょっとありましたね」

――なるほど。そして、日本へやってくる。

「はい。90年代の後半に学生として、2001年から社会人として日本での生活が始まりました」

 

〈本当の家庭的なインド料理を提供したい〉という想いからレカを開店

――お店のメニュー表にもよぎさんの経歴を書いていますが、日本にきた当初はサラリーマンとして働いてたんですよね。それからどういう経緯でお店をスタートさせることになったんですか?

「ええ、インドで3年半、日本で9年間IT関連の企業で仕事をして、その後、日本の銀行に就職しました。日本で息子と二人暮らしをしていたのですが、母が面倒をみるために定期的にインドから日本に来てたんです。しかし、2012年ですね、インフルエンザが猛烈に流行った時期があり、私とうちの母もかかってしまって、当時10歳だった息子の食事を作れなくて悩んでいたんですよ。仕方なく500円玉とか渡しても、ジャンクなものを買って食べるし。その辺のくだらないインド料理店でナンとか買ってね、そういうのを食べるわけですよ」

――(苦笑)。

「インドに行ったことがあるならご存知かもしれないけど、実はインドではナンは全然ナンセンスなんです。相手にされないです。ナンの本場と言われている北インドでさえも、料理店の1%にしか置いていません」

――高級なものなんですか?

「全然! 非健康的なもので、逆に安っぽいです。ただお腹を満たすためのツールみたいなところがあります。だから葛西・西葛西にこれだけインド人が増えているのに、どうして彼らはナンなんかを売っているんだろう、インドでみんながいつも食べているものはどうしてないんだろうって思いました」

――2012年ごろには葛西・西葛西のインド人コミュニティーってすでにありましたよね?

「はい。震災前に西葛西だけで2000人くらい住んでましたね。それだけ当時からインド人がいたのに、インド雑貨を取り扱う店は2店舗しかない、料理はナンと、油の多いバターチキン・カレーの店しかないって感じだったんです。そこで、じゃあ私たちが家庭的なものを出そうかなって思ったんです。必要としてる人がいるでしょうって。8月にそれがあって、11月に会社設立、12月に店舗契約しました。そして翌年の2月にオープン」

――早い! スタートは西葛西の店舗で。

「ええ、2013年2月にオープンして、3月4月はあまりお客さんが来なかったですね。ただ、口コミなどでじわじわ知られるようになって、5月にテレビ番組の『月曜から夜更かし』に出たんです。マツコ・デラックスさんや番組スタッフの方がネットにあがっていたレビューを読んで、カレー特集のなかで取り上げてくれたんです。そのとき店を手伝う息子を見たマツコさんが〈お前、子ども店長じゃん〉って言ってくれて、うちの息子=子ども店長として名物になったんですね。そこからお店の知名度が上がっていきました」

調理場を仕切る「おかあさん」と、よぎさんの息子チンメイ君
かつて「子ども店長」と呼ばれたチンメイ君は現在18歳。イギリスの高校に留学中だ(現在はコロナで一時帰国中)。好きなミュージシャンはチェインスモーカーズ、ウィークエンド、コールドプレイなど

 

ナンはインド料理ではない!

――今ではすっかり人気店です。

「ただね、レカはビジネスとしてやってきたわけではなくて。コロナになって初めて値上げをしたんですけど、今までずっと利益を取らないっていう方針でやってきました。とにかく、ソーシャル・ビジネスでやってきた。本物のインド料理を、できるだけたくさんの人に食べてもらいたい、それが私たちのゴールだったんです。

オープン当初はお客さんが来ないことを母も気にしていて〈やっぱりナンを出そうか〉と私に言うんです。でも、絶対に出したくなかった。もし、お店でそれを出すなら、それを私たちにも食べさせられるか?って。そういう話になってくる。私たちも毎日ナン食べていいの?って。そこはかなり貫いてきたと思います」

――ナンに対してはかなりの警戒心があるんですね。

「否定はしませんが、非健康的であることを理解しないで食べ続けている人が多いという話です。そこは悔しいですよね。日本人はもうナンの中毒になってしまってると感じます。頭脳に届くナンの信号があまりに強い」

――(笑)。インドの食文化が誤解されていると。

「日本の小学校の教科書を開くと、インドの料理、ナンですってイラスト付きで大きく描かれています。私、文科省に手紙を送ったことがありますよ、ナンはインドの料理ではないです、と。元々は中東の厳しい天候の下、保存食としてできたもの。日持ちする状態にしてラクダに乗せて持って歩くわけです。そして5世紀以降に、インドに来た。そこから入ってきたのが始まりです。でも、現代そんなに食べられているものじゃない」

 

カレーの定義を変えていかなきゃいけないんです

――他にもこだわりはありますか?

「あとは、お店でスパイス講座をやり始めました。日常の中でどんなスパイスが食べられるか、60種類くらいを取り上げて、どういうビタミンや栄養素が入ってるか、体にどんな作用を及ぼすか、何の病気に効くか、そういうことを教えています」

――レカはカレーの種類も豊富ですし、いわゆる日本人が〈カレー〉として想像するものとは多くが異なっています。

「インド料理において、〈カレー〉いうのは非常に微妙な定義だと思うんです。レカのメニューの1ページ目だけは、日本人が思う〈カレー〉そのものです。それ以降は、〈え、これもカレーですか?〉みたいな料理が並んでいます。カレーをどう定義するか……赤茶の色のもの? しゃばしゃばしてるスープ? それともこってりなもの? スパイスを使ったインドで食べられている料理とするならば、それは全部カレーです。これが、僕らが日常的に食べているもの。

逆に、よくある日本のカレー店やインドレストランで出されているもの……それはインドの日常では全く食べられていない。要するに、カレーの定義を変えていかなきゃいけないと思っています。固定概念を壊していかなきゃいけない。

実は、日本に来ているインドのシェフは大半が二流です。プロではない。たとえば、スパイスの焦がし具合、入れるタイミングなどを全然勉強していない。レカをはじめたとき、インド人のシェフを2名雇ったんです。その際、72名もの応募があって全員面接しましたが、そのうち、基本的なスパイスの正しい名前を答えられた者は10人未満。フライパンに入れる正しいタイミングについて答えられたのはたった6人でした」

――その72名のみなさんは、日本のカレー店で勤務経験がある人たちですよね?

「はい。それが、インド料理の日本でのレヴェルでした。いいシェフというのはとても少ないんです。そして、その多くが男性です。インドでは通常、男性は家の中で料理を作りません」

――なるほど……。

「こっちでシェフと名乗っている人たちは基本、インドでは皿洗いをしています。なので、スパイスの名前も言えない、何もわからない。でも、お母さんたちっていうのは、20年も30年も40年も50年もずっと台所に立っています。家族の健康を気遣いながら、非常に細やかな技術を感覚的に身につけているんですよ。いかに健康的で、いかにエネルギッシュなものを子供に提供できるかが、お母さんたちの願い。それは、その辺で働いているシェフには無いですね」

 

レカの第二ステージはメニューから炭水化物を無くすこと

――いまのレカはとても成功していると思いますが、今後の展望はありますか?

「レカはそろそろ第二ステージに持っていきたいと思ってるんですよ」

――と言いますと。

「今までも油少なめ、スパイスの配合をバランスよくやってきましたが、やっぱりね、まだ炭水化物が多い。私はインドの歴史を遡ろうとしているんです。インドって、いつからそんなに炭水化物を摂るようになったのか。みなさんがご存知のように、じゃがいも、小麦、米、こういうものは基本的に元々アジア圏内のものではないんです。全部西洋からスライドしてきています。トウモロコシとかもね。

こういうものは結果的に量産可能で、安価で、食べやすく、私たちの日常になっているんですが、インドのヨガの先生に言わせると、人間の身体は炭水化物を摂ることによってエネルギーが落ちていく。昼でも眠くなったりしますよね。人間は自然に近い状態でいかに意識を高く保てるかが重要で、しかし、炭水化物を取り込むことによって、その意識は脆くなってしまうと。レカは第二ステージとして、そういうエネルギー源になるような料理をメニューに追加したいです。本音を言えば、炭水化物を無くしたいです」

――よぎさんのその強い想いっていうのは一体どこから来るんですか?

「ん~、哲学かな(笑)」

――それってどういう風に育まれていったんですか?

「生まれながらに持っていたもの……だったらいいなぁ(笑)。悟りを開いていたかもね。(頭部を指しながら)ここに泉のオーラが……(爆笑)」

――見えますよ(笑)。と言いつつ、やっぱりよぎさんが43年生きてくるなかで、育まれてきたものだと思うんですけど、その過程は?

「まずはね、インドの生活のなかにすでにこういう意識はあるものだと思ってます。僕は今まで、一度もコーヒーや紅茶を飲んだことがありません。一度、彼女に騙されて飲んでしまったことがありますが、口にした途端吐き出してしまいました。

そういうカフェインのような無駄なものは飲まないっていうのは私のポリシーです。一日水を飲んでます。朝はミルクを飲んで。日本に来てからちょっとお茶を飲むようになったけど(笑)。でも基本的には、不要なものは体に入れないという考えです。よく飲むのはハーブティです。

こういう考え方も、ヨガの先生たちから教わりました。元々は口頭で伝わっていたこのような事象が、最近は西洋の大学や研究所を使って、研究結果が出されるようになったんですよ」

――ほお……。

「だから、私みたいな例えば物理学を学んだ人から見ても、あ、やっとリアリスティックになってきたなという風に感じる訳です。ただただインドは、ヨガはすごいんだってだけの話じゃなくて、科学的な根拠に基づき立証されるようになってきた。

中国も、インドも、エジプトもそうだと思うんですが、私たちが持っていた知恵は、かつて西洋に支配されたときに全て消されてしまった。彼らが目指すべき世界経済のために、隠すべき事実だったから。我々は、そういった無くなった知恵をもう一度取り戻す段階に入っていると感じるんです」

――そういう考えを世の中に発信したい気持ちというのは、日本人の食生活や人生の過ごし方を見て、生まれたんですか?

「そうですね。日本人に限る話ではないと思います。哲学や思いやり、それを地球上の人間はみんなで、全体的に作っていくべきだと思うんです。そして、自分のお店で出すものはいいものでないといけないという意識は、絶対に保っていきたいですね」

――素晴らしいですね。これからのレカがますます楽しみになりました。貴重なお話ありがとうございました!

筆者とよぎさん。取材は店舗2階で行われた。インド文化を知ることができる博物館のようになっていて、営業中に見学可能

 

よぎさんとの会話を経て

このインタビューを行う直前まで、ひょっとしたら今回は後ろ向きな話が出てくるかもしれない、と思っていた。近所にある他のいくつかのカレー店が休業に追い込まれそうになっているのをリアルタイムで目にしていたこともあり、よぎさんやレカもその渦中にいて大変な思いをしていると思ったからだ。しかし、インタビューを読んでもらえればわかるように、彼の口からはコロナのコの字も出ず、むしろこれからチャレンジしたいことや、未来の子供たちが健康的な生活を送るために必要なことを真摯にレクチャーしてくれる内容となった。

元々は単純に〈おいしいカレー〉を求めてレカにたどり着いた自分にとって、今回の、カレーとインド料理の持つポテンシャルの最も深淵の部分にタッチしてしまったかもしれない内容は、目から鱗の連続、新たなカレーの魅力の発見となった。日本人が自然と植え付けられたインド料理の固定概念、それを正しく壊していこうというよぎさんの強い想いに触れ、カレーを愛する者として、自分も誠実に向き合って(食して)いこうと思ったのであった。