門脇綱生が遡る、ミレニアル世代のカルト・アイコン=OPNの歩み

日頃から中毒的にSNSへと深く潜り込んでは、夜な夜な実生活のフラストレーションと理不尽さへの鬱屈をリフレッシュ……リフレッシュ……リフレッシュ……。

ここでは、現代の都市生活のなかでインターネットと現実の境界が曖昧になりがちな私たち〈ミレニアル世代〉のリスナーのカルト・アイコンといえる稀代の音楽家、ワンオートリックス・ポイント・ネヴァー=ダニエル・ロパティンのキャリアを振り返っていこう。

旧ソ連時代のロシアにルーツを持つユダヤ系移民の子どもとして、82年に米国のマサチューセッツ州で生誕した彼は、ロシア系の血も引いているだけあって、ソ連やロシアについての知識が豊富だ。また芸術的な映画作品をオタク的に愛好している彼は、「惑星ソラリス」でも知られるソ連の映画監督アンドレイ・タルコフスキーやスタンリー・キューブリックなどに深く入れ込んでいる。

Windows 98発売時に16歳だった彼もまた〈ミレニアル世代〉であり、「仲間内でも一番のインターネット少年」と誇らしげに語る彼は、2000年代の黄金期のインターネットをリアルタイムで体験している。過去のインタビューで「昔のブログが懐かしいよ……」とボヤき、「私たちは物語やアイデアといった夢を見る力や言語の深みを失ってしまった」と嘆いていたけれども、ロパティンは決してそれだけでは終わらせなかった。

チャック・パーソン名義を用い、テン年代以降のサウンドのひとつを規定することになる画期的手法〈エコージャム〉を発明した『Chuck Person's Eccojams Vol. 1』(2010年)では、過剰なスクリューやループ、ディレイのなかで、ジャネット・ジャクソンやTOTOなどのアーティストの楽曲、つまり大量生産・大量消費された過去の遺物を切り貼りし、作品化。多くのインタビューでも語るように、ロパティンはネット上およびリサイクル・ショップに打ち捨てられた〈ゴミ〉や〈ジャンク〉に惹かれてきた。そして、退廃やシニシズム、キッチュといったロパティン特有の芸術的言語でこれらを調理した本作は、インターネットの深みでたむろするナードたちを熱狂させることとなった新ジャンル〈ヴェイパーウェイヴ〉の誕生へと大いに貢献した。

ところで、ワンオートリックス・ポイント・ネヴァーという通り名の誕生は、2007年に〈Magic Oneohtrix Point Never〉名義で発表した記念碑的デビュー・カセット『Betrayed In The Octagon』にまで遡る。同作は、タンジェリン・ドリームやクラスターら70年代のジャーマン・エレクトロニクスへの憧憬を胸に秘めた新世代の〈シンセシスト〉たちが犇めいた、00年代後半からのシンセサイザー・ミュージック・リヴァイヴァルの脈を代表する傑作のひとつだ。

2007年作『Betrayed In The Octagon』表題曲

こちらは、兄弟作である『Zones Without People』、『Russian Mind』と共に初期ベスト的編集盤『Rifts』(いずれも2009年)に収録。『Rifts』には、他にも入手困難な初期音源(古いものは2003年!)の数々がコンパイルされている。また2012年の再プレスでは、過去名義の〈KGB MAN〉やLPからの貴重な音源も追加されていて、彼の初期作品群を堪能するための理想的なガイドとして自信を持ってレコメンドしたい。

チャック・パーソン名義でヴェイパーウェイヴの原型『Chuck Person's Eccojams Vol. 1』を発表した2010年、現行電子音楽の一大聖地エディションズ・メゴから、実験音楽が大きな変容を遂げていくテン年代の到来を祝福した傑作『Returnal』 を発表し、OPN名義でもロパティンは大きな飛躍を見せた。本作は、現代的な電子音響~リヴァイヴァルされるニューエイジ~ヴェイパーウェイヴといった、テン年代以降のサウンドを規定していくOPNの、進撃の起点ともいえる重要な作品である。こうしてロパティンは、ワープ周辺のクラブ・ミュージック勢が電子音楽の覇権を握っていたなかで、カセット/CD-Rカルチャー出身の作家としてエレクトロニック・ミュージック~電子音響の聴取感覚の更新へと挑んでみせた。

2011年には、自身のレーベルであるソフトウェアを設立し、出世作として名高い『Replica』を発表。『Chuck Person's Eccojams Vol. 1』におけるアプローチをベースに、80~90年代のTVコマーシャル音源をカットアップ/コラージュ。恐ろしくキッチュでデカダンな香りがぷんぷんと漂う『Chuck Person's Eccojams Vol. 1』に対して、こちらはよりメランコリックで耽美的な仕上がりだ。そして、不思議とポップで親しみやすい。

2011年作『Replica』表題曲

そして次作『R Plus Seven』(2013年)では、遂にワープから目を付けられることに。のちのOPNのフル・アルバムはすべてワープの寵愛のもとで発表され、彼は名実共に同レーベルの代表格へと登り詰めていった。