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コラム

ワンオートリックス・ポイント・ネヴァー(Oneohtrix Point Never)はAIすら巧みに利用する――特異なキャリアと経験の果てに辿り着いた新作『Again』

EXOTIC GRAMMAR 89-2

©Andrew Strasser & Shawn Lovejoy / Joe Perri

電子音楽の枠を超え、AIや生楽器表現を鋭利な耳で更新した異世界的自伝

 実験的な電子音楽の鬼才として知られる一方で、ザ・ウィークエンドのプロデュースなども手掛け、ポップミュージックのフィールドでも活躍しているOneohtrix Point Never(以下、OPN)ことダニエル・ロパティン。Warpからの新作『Again』のリリースに合わせて、強烈なインパクトを放つ、新曲“Barely Lit Path”のミュージックビデオが公開された。

 暗闇に覆われた森の中を、自動運転車が猛スピードで進む。フロントシートには、2体の心肺蘇生マネキンが縛り付けられている。車内には、核ボタンを連想させるボタンや、AIを思わせるチェスボード、〈エレホン〉(約150年前にシンギュラリティを予見した古典的ディストピア小説)といった意味深なアイテムが映し出される。ミニマルなアルペジオを基調としたストリングスとシンセに、ノイジーなシンセ音とビートが組み合わされると、激しく点滅するフラッシュライトに合わせ、さらに緊迫感が強まっていく。その中でマネキン2体は、人間のように手を繋ぎ、運命に打ちひしがれたような表情を浮かべている。この映像は、滅びゆく人類の象徴として感じられるだろう。我々は、もはや制御不可能な車に乗った感情のないマネキンなのだろうか? 現在、AIの進化とその勢いが増している中、強い説得力を持つ。

ONEOHTRIX POINT NEVER 『Again』 Warp/BEAT(2023)

 新作『Again』は、OPNにとって擬似自伝的な3部作の最終章にあたる。2015年の 『Garden Of Delete』は、オルタナティヴ・ロックとエレクトロニカの衝突を再現し、2020年の『Magic Oneohtrix Point Never』は、幼少期の80年代シンセ・ポップを回想した作品だった。これらに続くのが『Again』で、ロパティン本人はこれを〈Speculative Biography〉と称している。日本語で〈思弁的な自伝〉で、事実と異なる過去を組み合わせ、新しい物語や視点を生み出す自伝のこと。〈Speculative〉には、近年のトレンドとしての思弁的実在論(Speculative Realism)のように、ネット環境での膨大な情報アクセスが恒常化した現代において、過去のアーカイヴにアクセスし、既存の思考の枠組みを超えていこうとする意志が感じられる。これは、〈Contemplate〉(熟慮)や〈Introspection〉(内省)にはない、思考を投射するような能動的なニュアンスを持つ。

 しかし、なぜ今〈思弁的な自伝〉を発表したのか?

 まずOPNの歴史を辿ってみよう。彼は、音楽好きのロシア系移民の両親の元で生まれ育ったことは広く知られている。レニングラード音楽院でクラシックピアノと音楽学を学んだ母親は、旧ソビエト時代にはラジオ番組のプロデューサーも務めていた。一方、父親はアコーディオンやピアノを独学で学び、西側のロックの影響を受けながら旧ソビエトでバンドマンとして成功を収めていたが、アメリカに移住した後は音楽から離れ、息子のダニエルにローランドのシンセサイザー、JUNO-60をプレゼントした。この背景から、一見すると彼はハイとローの文化が融合した理想的な家庭で育ったように察せられる。しかし、旧ソビエトからの移民家族が合衆国で暮らすのに多くの困難があったことは想像に難くない。特に彼らが移住した東海岸のマサチューセッツ州ボストンの郊外は、筆者が滞在した経験からも、保守的で排他的な文化が根付いている地域である。思春期を迎える中、彼が自らのルーツや家族の歴史、そして〈他者〉としての自分に気づき、それについて考えずにはいられなかったであろう。その環境の中で、彼は同世代の音楽だけでなく、さまざまな音楽を探求し、音そのものに込められた記憶や意味に敏感になったのだろう。

 幼少期について考えると、坂本龍一が彼の演奏能力を普通の電子音楽家のレベルではないと称賛したように、彼は図らずも母親から音楽的な基礎教育を受けていたようだ。では、彼の十代はどんな時期だったのだろうか。Red Bull Academyでのインタヴューによれば、彼はギターやベースをバンドで演奏した経験がほとんどなく、当時流行していたレッド・ホット・チリ・ペッパーズやオルタナティヴ・ロックの影響を受けることなく、マハヴィシュヌ・オーケストラのようなジャズ/フュージョンに興味を持った高校時代を過ごしたようだ。大学に進学すると、カレッジラジオを通じて実験的な電子音楽に深く没頭し、やがてNYの電子音楽やノイズシーンで名を上げるようになった。これはコンピュータ、シンセサイザー、サンプラーなどの機材を駆使した音楽の世界への入り口となった。彼がNYのプラット・インスティテュートで学んだアーカイヴズ学も、過去のアーカイヴへのアプローチや視点を研ぎ澄ました。これらの経験は、彼がアーティストとして大量の音楽的断片を巧みにサンプリングする基盤を形成している。

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