©Andrew Strasser & Shawn Lovejoy / Joe Perri

同じ動作を繰り返すことができるのは人間か、機械か? 現代最高の電子音楽家が曖昧にする、その境界――美しくも不気味なアルバム『Again』が投げかける問い

 現代最高峰の電子音楽家――ワンオートリックス・ポイント・ネヴァー(以下OPN)ことダニエル・ロパティンをそう呼ぶことに異論はないだろう。これまで彼は、OPN名義の作品でエレクトロニック・ミュージックの可能性を大胆に拡張してきた。と同時に、ポップや映画音楽の世界でも数々の偉業を成し遂げている。ここ数年を振り返っても、盟友ウィークエンドの最新作への参加、彼が出演したNBLハーフタイム・ショーの音楽監督、チャーリーXCXやサッカー・マミーのプロデュース、「スター・ウォーズ:ビジョンズ」シーズン2の第8話〈穴〉のサントラ制作など、重要な仕事は無数にある。メインストリームとアンダーグラウンドを横断し、ここまで高品質な仕事を連発するプロデューサーはほとんど他に見当たらない。

ONEOHTRIX POINT NEVER 『Again』 Warp/BEAT(2023)

 OPN名義では3年ぶりとなる新作『Again』は、本人いわく「思弁的な自伝」。サウンドガーデンなどを聴いていた10代半ばの自分を振り返った『Garden Of Delete』(2015年)も自伝的だったが、今作では20歳前後の記憶を手繰り寄せている。時代は2000年頃、当時大学生だったロパティンは教授からUSインディーやアンビエントの手ほどきを受け、ポスト・ロックやグリッチや映画音楽に傾倒していたという。そのため今作には、当時彼が聴いていたジム・オルークやシュ・シュ、ソニック・ユースのリー・ラナルドなどが参加。だがもちろん、『Again』は懐古的でもなければ、ポスト・ロックやオルタナの模倣でもない。かつて聴いていた音楽の記憶を断片的に織り交ぜながら、どこか歪で美しい、まるで夢と現実の狭間を彷徨っているような、OPN独自の音響芸術をさらにその先へと推し進めている。

 今作における新機軸のひとつは、ロバート・エイムズ指揮によるノマド・アンサンブルの参加。緊張と緩和を駆使する生オーケストラのダイナミックな躍動の素晴らしさは、キャリア屈指の名曲となった“A Barely Lit Path”に顕著だ。ただこの曲では、わざわざ打ち込みのストリングスも併用されている。そして今作のもうひとつの新機軸は生成AIの導入。例えば“The Body Trail”で聴けるランダムな単語の発話は〈Adobe Enhanced Speech〉によるもの。本来〈Enhanced Speech〉は低音質の音声データをAIでプロ並みの高音質に変換するポッドキャスト用ツールだが、OPNはあえてそれにインスト音源を読み込ませた。すると、AIがインストから人間の声を間違えて読み取り、実在しないランダムな単語の発話を出力したという。シュ・シュやOPNの歌とAIの発話が並置された“Krumville”は美しくも不気味である。

 ロパティンいわく、今作に通底するテーマは〈Again(もう一度繰り返す)〉。生身の人間は原則的に同じことを二度と完璧には繰り返せないが、逆に機械は何度でも繰り返せる。彼は反復不可能=過去には決して戻れない人間の在り方に〈取り憑かれている〉。だから上述の例のように、今作には人間と機械の対比が多く見られる。しかし、そこには奇妙な反転もある。ロパティンの考えでは、「ほぼ軍隊的に同じスコアの同じ演奏を高レヴェルで行える」オーケストラは、人間でありながら機械的な存在。一方で、まだミスが多い生成AIは機械でありながら人間的な存在だ。つまり本作は、人間と機械の対比で生身の人間の一回性を照射しているだけではない。人間と機械の境界を曖昧にして、ときに裏返している。だから『Again』の息を飲むような美しさは、決して聴き手を心地良さに安住させない。奇妙な引っ掛かりをさりげなく随所に潜ませ、私たちにその意味を問いかけてくる。

ワンオートリックス・ポイント・ネヴァーの近作。
左から、2018年作『Age Of』、ダニエル・ロパティン名義での2019年のサントラ『Uncut Gems』、2020年作『Magic Oneohtrix Point Never』(すべてWarp)

ダニエル・ロパティンが参加した近年の作品。
左から、ウィークエンドの2022年作『Dawn FM』(XO/Republic)、サッカー・マミーの2022年作『Sometimes, Forever』(Loma Vista)、チャーリーXCXの2022年作『Crash」(Asylum)