想像上のラジオ局から流れるコラージュ・サウンド、あるいはコロナ禍で生まれたベッドルーム・ミュージック

 前作『Age of』以来約2年ぶりとなるOneohtrix Point Never名義の新作が完成した。テープ・コラージュを駆使した、これまでの活動の集大成となるようなポップかつエクスペリメンタルな作品だが、OPNことダニエル・ロパティンによればコロナ禍のベッドルームで生まれた原点回帰的なアルバムでもあるという。セルフ・タイトルを冠した新作の制作経緯について話を聞いた。

ONEOHTRIX POINT NEVER 『Magic Oneohtrix Point Never』 Warp/BEAT(2020)

――コロナ禍という未曾有の事態に社会が見舞われているなか、新しいアルバムをリリースするということについて、率直にどのように感じていますか?

 「まあ実験的な状態だよね。当たり前に色々な恩恵を受けていて、今まであまり考えないで済んでいたと思う。コロナ前の自分はナイーヴだった。でもそういう無邪気さは消えたよね。世界で何が起こってるかを感じる責任がある。そしてそれって恐怖だよね。毎日恐怖を感じていたけれど、その恐怖の感情で音楽を作るまいとは思ってた。だから最終的には、自分の日々の感情とは違うものが反映されたアルバムになってると思う。このアルバムに恐怖の感情が入ってないといいなと思うよ。世界が今うんざりしてるしね。自分の恐怖に対する反応にはなってるとは思うけどね。音楽は社会から完全に独立などできないよ。それはクレイジーだ。僕らは社会や文明、歴史の一部から逃れることなどできないと思うよ。とはいえ、僕らが社会で何が起こってるか必ずしも理解してるってわけではないと思う。むしろほぼ社会との繋がりに気づいてない場合が多いけどね」

――今回のアルバムは、いつ頃からどのように制作されましたか?

 「今回のデモの大部分はコロナで隔離期間中に文字通りベッドルームで作ったんだ。自分でレコーディングして、エンジニアも自分でやって、作業も家でするっていう、若い頃のやり方を思い出したよ。その前に思いも寄らない経験をしたんだけど、昔住んでたブルックリンの家の隣にリサイクルショップがあって。ある日僕が店の前を通りかかった時に、車から大量のカセットテープを降ろして店に持ち込もうとしてる人がいて、ニューエイジの自己啓発テープが100本とかめちゃくちゃいっぱいあって、それを速攻で買ったんだ。それがきっかけで、このプロジェクトの原点について考え出した。というのもOPN初期の頃はニューエイジ的トロープを用いたりしてたし、それで、だったらこれはセルフ・タイトル・アルバムになるかもしれないと思ったし、そういう意味では本当に自伝的なレコードになるかもしれないと思って、ただし最初からあった基本的な原則はそのままあるという。隔離期間中の、孤立とか疎外感とかが重なって、僕も他のみんなも内側に向いてたから、そういうのはかなり今作に入ってて。陰陽とか精神分析とかも、直接的に取り上げるつもりは全くないけど、そういうのは感じられると思う。というわけでそれらのカセットテープを使ってコラージュ的なものを作り始めて、切ったり、テープを元にジャムったり、結構いい感じになった。今回は特に一つのラジオ局を聴くような感じにフォーマットを決めて、昼間の感じ、午後の感じ、夜中の感じと来て、夜が深まるにつれて淫らで怪しげで開放的になっていく、という風にね」

――今回のアルバムを制作するにあたって、インスピレーションを得た音楽や事物などがあれば教えてください。

 「ボストンのソフト・ロックのラジオ番組のMagic106.7というのがあるんだけど、そこでMagic106.7(マジック・ワンオーシックス・ポイント・セブン)と言ったのをマジック・ワンオートリックス・ポイント・ネヴァーと聞き間違えたんだ。25歳くらいの頃かな? なんかそれが気に入ってさ。個人的に意味がある気もして。アルバム・タイトルはそこから来てるんだけど、Magic106.7は若い時によく聞いてたラジオ局で、いつもなんてことなくかかってるラジオ番組だった。退屈な時にBGMとして聴いてたんだ。そんなラジオ局がウイルスにかかって変身していくという想像上のストーリーを思いついたことからこのアルバムの制作は始まった。もともとの要素を保ちつつ、他のことを取り込んで進化していくというようなことを考え始めたんだ。例えば、一つのラジオ曲を一つの家と見立てて、他のラジオ曲であるご近所さんの家々をどんどん取り込んでいくというようなね。制作の初期はそんな想像から始まった。アイデンティティーを持たず変化し続けるラジオ局ってのが最初のアイデアなんだ」

 


ワンオートリックス・ポイント・ネヴァー (Oneohtrix Pont Never)
米ニューヨーク・ブルックリンを拠点とするミュージシャン、ダニエル・ロパティンのソロ・プロジェクト。ノイズ、アンビエント、ドローンといった要素を中心とする実験的な音楽が特色。カセットテープのフォーマットでの作品も含め、さまざまなレーベルから作品を発表。2010年の『Returnal』、2011年の『Replica』、2013年の『R Plus Seven』はいずれもピッチフォークにて年間ベスト・アルバム・ランキング上位と高い評価を受けている。過去2回の来日公演は全てソールドアウトとなっている。