インタビュー

河村尚子が語る『ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ集3』

情に溺れぬ静的なトーンで“告別”や“ハンマークラヴィーア”を描出した新境地

Photo:Marco Borggreve

河村尚子ベートーヴェン第2作、“告別”と“ハンマークラヴィーア”の間

 河村尚子が“第26番〈告別〉”“第27番”“第29番〈ハンマークラヴィーア〉”の3曲からなるベートーヴェン『ピアノ・ソナタ集』第2作をリリースした。録音は今年(2020年)7月半ばのブレーメン。2008年のデビュー盤以来の制作チームだが、新型コロナウイルス感染症が収束せず「世界平等に危機と向き合い、人間としても演奏家としても〈いつもの調子〉では毎日を生きていけない状況」の下、「今までとは違う再会の喜びをひしひしと感じたセッションでした」

河村尚子 『ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ集3 ハンマークラヴィーア&告別』 RCA Red Seal(2020)

 アルバム全体を直感の〈動〉よりは熟考の〈静〉が支配、情に溺れず構築の軌跡をたどり、前作との比較でも〈新境地〉の趣がある。とりわけ“ハンマークラヴィーア”第3楽章の〈乾いた〉語りくちに、しびれる。 「16分半と、ものすごく長い楽章です。確かに〈コン・グランデ・エスプレッシオーネ〉〈エスプレシーヴォ〉とか豊かな情感を指示していますが、あまりネチネチ弾くとショパンみたいになってしまい、道が見えなくもなります。私は第3楽章をベートーヴェンが独りだけの世界で、自身の哲学を語っているようなイメージで弾きました」

 “告別”でも1音1音を際立たせ、ピリオド楽器にも通じるある種の軽やかさを獲得している。ドイツ語のLebwohl(レープヴォール=告別)が、永遠の別れを意味する言葉ではない実態を思い出させる解釈だ。

 「ベートーヴェンがパトロンのルドルフ大公に宛てた手紙は、地位のある人に対してであることを十分に意識、ものすごく丁寧な文面です。“告別”ソナタでは、この〈丁寧ではあるが、重くはない〉感触を重視しました」

 “ハンマークラヴィーア”“告別”とカップリングする〈あと1曲〉には、多くのピアニストが第29番と作曲の前提にした楽器が同じで、幻想曲風の味わいに富む第28番を選ぶが、河村は第27番とした。

 「ワーグナーは第28番について『終わりない旋律の素晴らしさの原点』と(自身の編み出した無限旋律とのからみで)言っています。もちろん好きな曲ですが、私の譜読みは〈まだ浅い〉と判断し、“告別”を書いた後に今一度、古典的世界へと回帰した第27番との組み合わせにしました。ホ短調の第1楽章には、後期の弦楽四重奏曲へと展開していく楽想のエッセンスがあります。10代では全く理解できなかったベートーヴェンの驚き、喜び、神秘などがわかるようになった今、心から弾きたいと思った作品です。日本、ドイツ、ロシア……。私の中には色々なアイデンティティーがあります」

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