ベートーヴェンは複雑な人間感情を表現している
ドイツを拠点に各地でソロ、室内楽、オーケストラとの共演、教育など幅広い活動を展開している河村尚子が、2018年5月、〈ベートーヴェン・ピアノ・ソナタ・プロジェクト〉を開始した。2019年11月まで年2回、東京をはじめ数都市でベートーヴェンのピアノ・ソナタ14曲を取り上げるツィクルスで、録音もスタート。まず第1作はソナタ第7番、第4番、第8番《悲愴》、第14番《月光》という組み合わせである。
「ベートーヴェンに本格的に取り組もうと思ったのは、室内楽の演奏と教育活動が関係しています。チェロのクレメンス・ハーゲン、マキシミリアン・ホルヌングとの共演でチェロ・ソナタを演奏することにより、自分がいまベートーヴェンのピアノ・ソナタと対峙したらどのような演奏ができるか、私にできる新しいアイデアを提示したい、自分にしかできないベートーヴェンを演奏したいと思ったのです」
以前はベートーヴェンとは少し距離を置いていた。
「結婚して母親となり、強くなったというか図太くなったというか(笑)。音楽的な表現も濃くなった感じがするのです。いまだからこそ、ベートーヴェンと向き合える、そう感じてプロジェクトを始めました。でも、ソナタ32曲を網羅するのではなく、本当に共感できる、弾きたいと思える曲を選んでいます。まず録音で取り上げたのは自分がもっとも的確に表現でき、自信が持てる第7番と第4番。この2曲は若きベートーヴェンのはつらつとした躍動感と強い自信がみなぎっていて、大好きな曲なんです。とりわけ第7番の第1楽章は“僕がベートーヴェンなんだ!”と高らかに叫んでいるような感じがします。第4番も若々しさが満ちあふれている。もちろん、ベートーヴェンのソナタには孤独、苦悩、絶望などの感情が含まれていますが、希望と愛も見られます。これほど複雑な人間感情を表現できた作曲家は稀ではないでしょうか」
これに有名な《悲愴》と《月光》を組み合わせた。
「あまり演奏されない曲と有名な曲をバランスよく組み合わせたいと考えました。今回は楽器も録音会場にもこだわり、調律のフィンケンシュタインの勧めによりヨーロッパで人気を博しているベーゼンドルファーVC280を使用しました。響きはふくよかでボリュームがあり、自分の音色を探すことができます。会場はブレーメンの元放送局のゼンデザールで、音響が自然なため、精神的にゆったりと収録できました」
今年はクララ・ハスキル、ボンのベートーヴェン両コンクールの審査員を務め、さらにパリ・ポントワーズ・コンクールでは審査委員長の重責を担う。会うごとに大器となっていく彼女にエールを送りたい。
LIVE INFORMATION
河村尚子 ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ・プロジェクト
【演目】ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第30番・第31番・第32番
○10/26(土)フィリアホール
○11/1(金) 電気文化会館
○11/3(日)&4(月・祝) 兵庫県立芸術文化センター神戸女学院小ホール
○11/10(日)白鷹町文化交流センター
○11/11(月)岩手県民会館
○11/13(水)紀尾井ホール
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