自主レーベルよりリリースしていた初期作品の楽曲を新たにレコーディングしたデビュー10周年記念作。いくつかの楽曲でホーン・セクションを導入しながら、基本的に現行のバンド編成で演奏した“ストーリー”“ガール”といったタイムレスなナンバーの数々は、才気走るソングライティングの旨味を丁寧に掬い上げることに成功しており、バンド・サウンドでポップスを鳴らすことに執心するスカートの変わらぬ姿勢を露にしてもいる。
澤部さんの最初の印象は、昆虫キッズでタンバリンを叩いている人、というものだった。その後、どこからか〈あの昆虫キッズでタンバリンを叩いている人がソロで音楽をやっているらしい〉という噂を聞いた。へえ、と思いながらどんな音楽をやっているのかが気になって、Myspaceに上がっている曲を聴いたりブログを読んだりしたことを覚えている。澤部さんはのちにお茶の間で〈スピッツで口笛を吹いている人〉になったので、笑っちゃうようなその符号はなんだかおもしろい。
〈スカート〉という、とにかくインターネットで検索しづらい名前で発表されたCD『エス・オー・エス』(2010年)は、ココナッツディスク吉祥寺店を中心に、本当にじわじわ、じわじわと話題になった。宅録だけどとにかく曲がいいらしいとか、歌がいいらしいとか、スカートの音楽の評判はちょっとずつ口コミで広がっていった。
『エス・オー・エス』はその後、2刷、3刷、LP化……と、アートワークを更新しながら、まるで書店に必ず置かれている定番の文庫本のようなロング・セラーになっていく。2020年のいまも同じ形で販売されつづけているようだし、ソングライティングにしても独特のリリシズムにしても、この頃すでにスカートのスタイルが出来上がっているのはすごいことだと思う。何者にもおもねらず、スカートのDIYなありかたはいまもまったく変わっていない。
サポート・メンバーとのバンド編成で初めて録音された『ストーリー』(2011年)は、まちがいなくブレイクスルーだったと思う(もちろん、〈ブレイク〉の規模はささやかなものだったけれど)。荒々しくてパンクのようにもパブ・ロックのようにも聴こえるどこか歪なアンサンブル――その歪さは、特にドラマーの佐久間裕太のユニークなプレイがもたらしていた――にはとにかく勢いがあったし、澤部さんのちょっとくぐもった歌声にも独特のチャームがあった。でも、やっぱり、澤部さんが書く曲がなにものにも代えがたい輝きを放っていたことが重要だった。
時代性から解放されたタイムレスでエヴァーグリーンなメロディーには、澤部さんが好むグッド・ミュージックとニューウェイヴ的なひねくれた感覚とが同居していて、そこには当時消費されていた音楽へのささやかな反抗心と、ささくれだった孤独感、疎外感がじんわりと滲んでいた。それに、私的なものではまったくないけれど、どこかに作者の姿が透けて見える、箱庭の世界のようなロマンティックでセンチメンタルな歌詞。漫画家の見富拓哉によるカヴァー・アートも見事で、パッケージとしてのたたずまいがとにかくよかった。
『ストーリー』は、2014年に閉店してしまった南池袋ミュージック・オルグで録られていたことも忘れがたい(エンジニアは馬場ちゃんこと馬場友美)。インディー・シーンの重要なハブのような場所で録音されたことも含めて、当時の東京の空気感を伝えているように、いま振り返ってみて思う。
その後のスカートは、『ひみつ』(2013年)、『サイダーの庭』(2014年)とアルバムをリリースするたびに少しずつ活動の規模を大きくしていった。サポート・メンバーの形もだんだん変わっていき(パーカッショニストのシマダボーイが加わり、ベーシストの清水瑶志郎が池上加奈恵、岩崎なおみへと交代した)、カクバリズムへの所属、そしてポニーキャニオンからのメジャー・デビューと、現在に繋がる活躍は知ってのとおり。
そのスカート=澤部渡が、デビューから10年を数える2020年に『アナザー・ストーリー』をリリースした。このアルバムは自主で発表していた楽曲を現在のバンドで再録した〈もうひとつの物語〉で、これを聴いて、ここまでつらつらと書いてきたことをどうしても思い出さずにはいられなかった。
どの曲もアレンジはほとんど変わっていない。あくまでもアップデートと洗練を経たもの、という印象を受けた。数々のライブでの演奏を経て練磨された結果なのか、彼らの演奏からは歪さや荒々しさではなく、いまのスカートならではの安定感と抱擁感、タイトさを感じる。すっきりとした録音で捉えられたパーカッションや伸びやかなホーンの重なり、ローズ・ピアノの透きとおった響きには、マチュアでゴージャスなムードさえある。
それでも“セブンスター”や“返信”で飛び出す32分のギター・カッティングには衝動性を感じてぐっとくるし、“わるふざけ”や“ガール”の焦燥感はいまも変わらずそこにある。“スウィッチ”のイントロではバンドがスタートの合図を言い合う声が聴こえるので、主に一発録りで録音したんじゃないだろうか。楽曲は過去のもので、そこに封じ込められたエモーションはそのままなのだけれど、同時にいまのスカートを捉えてもいる。
なので、『アナザー・ストーリー』は、スカートの音楽と10年を並走してきた聴き手への贈り物のような作品にも思えるし、最近の活躍から知ったファンに過去の楽曲を今一度紹介するためのベスト・アルバムとしても聴くことができる。スカートの音楽がすぐそばにあった生活、過ごした10年の時間にそっと寄り添ってくれるとともに、また楽曲そのものの強度の高さをぞんぶんに伝えている。
スカートの変わらなさと変化の轍とが一緒くたになって刻まれた16の再演は、やっぱり時代性とはほとんど無関係に、最初から最後まで、ただひたすらに、どこまでもスカートらしい。スカートの音楽ってけっこう頑固なんだなと思うとともに、その曲げない信念こそが誰にも似ない個性になっていることに改めて気づく。スカートは10年をかけてそのことを音楽で示してきたし、この先の10年も自身の物語をまっすぐ、寄り道もせずに、スカートらしい文体で綴りつづけるのだろう。優しくて、頑なで、とても頼もしいレコードだと思う。