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インタビュー

アイナ・ジ・エンド『THE END』BiSHとは違う才気を漲らせたソロ活動の始まりを語る

ここに天性のアーティストがいる——すべての詞曲を自身を手掛けてBiSHとはまた違う才気を漲らせた初のソロ・アルバム。終わりという名の始まりはこれほどまでに刺激的だ!

 かつて露悪的に〈新生クソアイドル〉を謳っていたBiSHが、やがて〈楽器を持たないパンクバンド〉という秀逸なキャッチと共に異例の大躍進を遂げるまで、いかにしてズバ抜けた注目を集めるに至ったのかを考えれば、さまざまな要因があるなかでも彼女の存在を抜きに語ることはできないだろう。いわゆるグループ・アイドル志向の女性シンガーにはあまり例を見ない天性のハスキー・ヴォイスを備えたアイナ・ジ・エンド。登場時から早耳の間で話題となった〈凄いシンガーがいる〉というシンプルな事実が、すぐさま強い遠心力を伴ってBiSHの音楽をより広いフィールドへと届ける原動力のひとつとなったのは言うまでもない。独特の歌声を求められて客演したMONDO GROSSOやジェニーハイ、SUGIZOらの楽曲を通じて彼女の名前に触れたという人も多いだろう。

 長年のダンス経験に培われたスキルを活かしてBiSHでほぼ全曲の振付けを担当している彼女だが、もともとシンガーを志して大阪から上京してきたアイナは、所属事務所のWACKに見い出されるまで、バックダンサーやダンス・グループで活動したり、自作曲をクラブやライヴハウスで披露したりしながら、地道に己の音楽を追求してきた人でもある。2018年に企画シングルとして発表したソロ曲“きえないで”は彼女がもともとBiSH以前に歌っていた自作のナンバーだし、2019年にはBiSHのシングル曲“リズム”で作曲を担当してもいた。そして関口シンゴ(Ovall)プロデュースの“死にたい夜にかぎって”、さらにはOSRIN(PERIMETRON)の手掛けるMVも強烈な“虹”を経て、ついに彼女が初のソロ・アルバムを世に問う。天衣無縫で繊細でストレンジな個性と才能の持ち主による、控えめに言っても待望の一作。その始まりを告げるのが『THE END』というのも実にアイナ・ジ・エンドらしい。

アイナ・ジ・エンド 『THE END』 avex trax(2021)

 

好奇心がありました

――まずは『THE END』に至るお話の発端から教えてください。

「一昨年の秋冬ぐらいに渡辺(淳之介:WACK代表)さんと面談をした日があって。その時に、どんな形にしろ今後の人生を歌でずっとやっていきたいならシンガー・ソングライターとしてやったほうがいいっていう話が出たんですね。それで3日に1曲作って送るように言われて。でも、それがめちゃ難しくて。調子が良ければ2日連続とかで出せたりしたんですけど、なかなか自分的にその実力がなくて。そんななかでも曲を送るたびに渡辺さんとavexの篠崎さん(ディレクター)は返事をくれたんですよね、〈これはめっちゃ良いね〉とか、逆にダメ出しをくれたりとか。そういう日々が半年ぐらい続いて、コロナになった時期ぐらいに〈ソロ・アルバム出そう〉って言っていただきました。曲も何となく溜まってはいたんですけど、アルバムほどの曲数は全然ない段階からスタートして。候補があったなかから、渡辺さんや篠崎さんと〈これはちょっと違うんじゃない?〉とか〈この曲は入れたいね〉みたいに厳選した結果、その時点で7~8曲ぐらいしか残らなかったんですけど」。

――そういうスタートだったんですね。

「はい。でも、BiSHの“リズム”とか、このアルバムの“金木犀”とか“スイカ”とかは、言うても6~7年前に書いた曲で。やっぱりBiSHに入る前から曲を作ってライヴしてたので、曲はずっと作ってて。だから、6年間まったくやってなくて急に曲作りを始めたわけじゃないんですけど。ちゃんと動き出したのがその期間でした」

――すべて自作曲でやるという考えは、アイナさんにとっても同じでしたか。

「はい。ありがたいことに作品に呼んでくださる方もいて、その都度勉強しながらやってたんですけど。例えばSUGIZOさんと一緒に曲をやるってなったら、SUGIZOさんの求めるアイナ・ジ・エンド像を良い意味で期待を裏切っていくことが自分にとっての課題で。それって誰かが作った音楽に寄り添う形だし、いくら相手方がアイナを呼んでくれたとはいえ、一緒に作るものなので、私一人が〈こういうふうにやりたい!〉って歌い切ってもダメなので。そういうお仕事もホントに楽しいんですけど、〈曲も詞も自分で全部やってみたらどうなるんだろう〉っていうワクワクがありましたかね、うん。自分で全部やることへの好奇心がありました」

――昨年2月配信の“死にたい夜にかぎって”は関口シンゴさんが手掛けていましたが、他は全曲が亀田誠治さんプロデュース/アレンジですね。もともと亀田さんとは“きえないで”でご縁がありましたが、その時点から続いていたお話なんですか?

「亀田さんは〈風とロック〉の芋煮会で毎年お会いするだけで。それ以外にご連絡を取ったりはしてなくて、本当に“きえないで”っきりだったんですけど、忙しいのに今回のお願いを快く引き受けてくださいました」

――いろいろ選択肢があったなか、亀田さんにほぼ全曲お願いした理由は?

「もともと誰が編曲するとかは決まっていなくて。いろんな意見があったんですけど、渡辺さんから〈今回は亀田さんプロデュースがいいんじゃないか〉っていう強めの案があって」

――強めの案(笑)。

「はい(笑)。でも、私も亀田さんがプロデュースされた曲を歌うと……歌いやすいって言うとちょっと軽いんですけど、楽しいっていうのがあって、歌ってて音の発見があって。あと、“きえないで”の時の亀田さんの優しさがもう偉大すぎて、自分にとっては走馬灯に浮かんでくるんじゃないかっていう思い出だったんで、〈ホントお願いします〉という形でした。それが去年の6~7月ぐらいです」

――じゃあ、“死にたい夜にかぎって”が出た時点ではまだ決まってなかったんですね。ある程度の収録曲が決まった段階でお願いしたっていう。

「そうなんですよ」

――数年ぶりに手合わせした亀田さんの印象は、以前と比べていかがでしたか。

「正直、私自身の心持ちは“きえないで”の時と何も変わってなくて。例えばピアノがめっちゃ弾けるようになったとかでもないので、教えていただくことが多すぎるのは前と変わらずでした。亀田さんって細かいディレクションを言わないんですよ。それってたぶん私のこと信頼してくれてて、〈あなたの好きなようにやりなさい〉っていう意味だと思うんですけど。BiSHでは松隈(ケンタ)さんが歌詞のハメ方ひとつから凄く言ってくれて、そういうレコーディングを6年やってきたので、ここまでアルバム丸ごと全部アイナ・ジ・エンド色みたいなのが自分にとっては挑戦でしかなかったです。亀田さんが私のこと信じてくれてるから私も自分のことを信じて、何も言われなくてもいろんな表現をできるようになりたいって思ってやりました。だから、教えがどうっていうか、亀田さんの信頼感が分厚くなってるのを今回は感じました」

――ずっと見守られてるみたいな?

「そういうところはホントあると思います」

――アーティストのやりたいこと主体で考えて作られる方なんですね。

「そうですね。優しいですし、ユーモアがあって、緊張ほぐしてくれるような話をしてくださったりするんですけど。たまに目を逸らさず、鋭い感じで、伝えたいことをバッて伝えてくれる時があって。その時の覇気みたいなのがもう、あんま他に見ないっていうか。それが毎回心に沁みちゃって、〈あ~、がんばらないと〉と思いすぎて寝れなくなったりはするんですけど(笑)。そういう優しいところと、本当に伝えたい時の熱量っていうのが、亀田さんの私が大好きなところですね」

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