チカ(Chika)

ナイジェリア移民の子供で、23歳のラッパー、チカ。彼女は幼い時から音楽や詩に興味があり、バークリー音楽大学に合格したものの、授業料を捻出できずに普通の4年制大学に入学。しかしラップに没頭するために1年で退学した。

彼女はバイセクシュアルであることを公言し、自らの体が大きいことを認めていて、歌詞にもそのふたつがテーマとしてよく現れる。彼女が最初に注目されたのは、カニエ・ウェストがドナルド・トランプの支持を表明したことで黒人社会を裏切ったとして、カニエの“Jesus Walks”に合わせてフリースタイル・ラップをする動画をネットで公開したことからだ。

彼女のデビューEP『Industry Games』は、CDではリリースされておらず、それはアメリカの音楽業界がどれくらいオンライン化したかを表しているものでもある。大きくて、頑固で、ピアスだらけで、LGBTの権利に非常に敏感で、政治的で、率直と、非常に興味深い性格をした彼女ではあるが、今まで大きなヒットはなく、今回の新人賞受賞のチャンスは少ないだろう。

 

イングリッド・アンドレス(Ingrid Andress)

ラップの世界から一度離れて、コロラドのカントリー・シンガー、イングリッド・アンドレスに注目してみよう。彼女のデビュー・アルバム『Lady Like』は非常に評価が高く、デビュー・シングルの“More Hearts Than Mine”はグラミーのカントリー部門(Best Country Song)の候補にもなっている。

だが、イングリッドはカントリー歌手一本槍というわけではない。歌手としてのデビュー以前にポップスの作曲家として成功し、アリシア・キーズなどにも楽曲を提供している。また、2017年にはイギリスの歌手、チャーリーXCXの楽曲“Boys”(曲中に「スーパーマリオ」のサウンドをサンプリングしている)も手掛け、この曲は2017年の多くのベスト・ソング・リストに含まれた。イングリッドのデラックス・アルバムにはこの曲をイングリッドが歌ったヴァージョンも含まれている。

 

ノア・サイラス(Noah Cyrus)

姉のマイリー・サイラスと同じく、ノアのTVデビューは若く、2歳である。彼女はディズニー映画に端役で出演しながら育ち、9歳にして映画「崖の上のポニョ」の英語吹替版に主人公役の声優として出演した。16歳で歌手としてメジャー・レーベルと契約。事務所の力もあって世界中の著名なアーティストとのコラボレーションを行い、名前を売っていく。と、彼女の成功までの道のりはスムーズだと思われがちだが、ノアはうつや不安症に悩まされており、彼女の書く歌詞にはメンタル・ヘルスに関することが多く含まれる。

これまでに2枚のEPを発売しているが、チャートでの大きな成功はない。業界でのコネクションや姉の業績からノアに注目する人は多いが、今回の受賞は難しいだろう。

 

ドージャ・キャット(Doja Cat)

最後ではあるが、受賞の可能性が高いと思われるのが、LA生まれ、LA育ちのドージャ・キャットだ。彼女はユダヤ系アメリカ人の画家を母に持つ一方、アフリカ系アメリカ人の父とは殆ど接点なく育った。幼い頃からダンスを始め、バレエ、ブレイクダンスなどを始めとする多くのジャンルのダンスを経験している。

彼女は、近年の多くのアーティストと同じくオンラインで〈発見〉された。10代の時、アプリ〈GarageBand〉でトラックを作り始め、SoundCloudへの投稿を開始。その中の“So High”の力強さにより、17歳でメジャー契約を結ぶ。

彼女の成功に大きく貢献したのが、YouTubeやTikTokなどのSNSだ。彼女のセカンド・アルバム『Hot Pink』はビルボード・チャートで9位になり、シングル“Say So”が爆発的な人気を博した。この曲を聴いたことがないと思っている読者もいるだろうが、特にTikTokで再生回数がものすごく、ネット中で取り上げられていたので、聴いてみれば実は知っているという可能性は高い。

この曲はチャート5位になり、MVの再生回数は2億8000万回を数え、ニッキー・ミナージュをフィーチャーしたリミックス・ヴァージョンで人気にさらに拍車をかけた。

他にも人気曲“Boss Bitch”が映画「ハーレイ・クインの華麗なる覚醒 BIRDS OF PREY」に使われたり、ウィークエンドのヒット曲“In Your Eyes”やアリアナ・グランデのメガ・ヒット“34+35”のリミックスにもゲスト参加している。私の見立てでは、彼女こそが新人賞に相応しいだろう。

彼女は作曲やプロデュースも行い、好感の持てるセクシーな歌声を持ち、踊れて、スタイルがあり、多才で、著名なアーティストとのコラボを含め、すでにいくつものヒット曲を発表している。

私個人としては、メーガン・ザ・スタリオンを2位、フィービー・ブリジャーズを3位と見ている(当然だが、実際には一人しか選ばれないのだが)。

 

グラミーの新人賞には、いくつかの疑問がつきまとう。一つは、この〈新人賞〉とは〈アーティストの公的なアイデンティティーを確立した、最初のレコーディングに与えられる〉とされているが、この定義は非常に曖昧で、上記に並んだ候補者たちを見ても分かるように、はっきりとした意味もないということ。

もう一つは、この賞が過去にスターランド・ヴォーカル・バンドやミリ・ヴァニリといった、受賞後すぐに姿を消したアーティストたちに何度も贈られていることだ。かと思えば、96年のアラニス・モリセットは新人賞こそ受賞を逃したものの、3300万枚を売り上げた『Jagged Little Pill』で最優秀アルバム賞を受賞した。もちろん公平に見れば、新人賞の受賞者にはアデルやエイミー・ワインハウス、キャリー・アンダーウッド、ジョン・レジェンド、ノラ・ジョーンズなど、その後メジャーなスターとなったアーティストも名を連ねているのだが。

さて、最後に、私の見るところ、近年革新的なサウンドやスタイル、歌詞などで目を引く新人の多くが女性なのだ。少年よ、大志を抱け!