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コラム

ノラ・ジョーンズ(Norah Jones)『'Til We Meet Again』この日常に臨場感と親密さを届けるライブ・ベスト盤

©Vivian Wang

ライヴが遠くなった日常に届ける臨場感と親密さ——世界各地のステージで披露したお気に入りの名演集に酔わされながら、また逢う日まで

 2020年、ノラ・ジョーンズが放った通算7枚目のオリジナル・アルバム『Pick Me Up Off The Floor』。アルバム制作を念頭に置かないで作ったいくつかの曲を聴き直していたら不思議な繋がりを発見し、作品作りの熱が自然と湧き上がっていった――そんなプロセスを経て完成した同作には閃きや知恵の鋭く働いた楽曲がひしめき合い、いまこうして起き上がった私は以前にも増して強力かも、というような確かな自信を覗かせていたものだった。そんな彼女の姿勢に胸を打たれつつも、アコースティックでジャジーなカラーを基調としたサウンド作り、深い余韻をもたらす歌声の高い訴求力に深く感銘を受ける自分がいて。それは、景色が一変してしまった世界を眺めながら抱えていた不安と戸惑いを和らげてもらうべく、彼女の音楽に救いを求めていたからだ。

 2002年のデビュー作『Come Away With Me』によって一躍時の人となったノラ。あのとき彼女に救ってもらった御恩を心に刻み、忘れないようにしている人はあちこちにいる。〈9.11〉という悲劇に見舞われ、ずっと沈痛な面持ちを浮かべていた世界は癒しと落ち着きをもたらす不思議なパワーを持つ歌に惹かれ、大いに支持した。そしてふたたび予期せぬ困難な事態が発生していたそのとき、みずからの使命を果たさんとするが如く新作が現れ、それがまた真骨頂ともいえるピアノ・トリオの演奏を核として真摯に歌を紡ぐ彼女がそこにいたのだから、頼りたい気持ちが抑えられなくなるのも仕方ないというもの。やっぱりノラの音楽には、開いた傷口を縫い留め、痛みを取り払う特別な力が宿っているのだな、と改めて痛感した素晴らしき新作。このどうにも奇妙な状況から何とか抜け出さねば、と静かに、そして力強く訴えかける姿勢もまた印象的だった。

NORAH JONES 『...'Til We Meet Again』 Blue Note/ユニバーサル(2021)

 そして2021年、間を空けずに届けられた『...'Til We Meet Again』なる一枚。これは彼女のキャリア初となるライヴ・アルバムである。このタイミングでのリリースに、新作を引っ提げてのワールド・ツアーがキャンセルとなった無念さを感じ取らずにいられないが、それ以上に伝わってくるのは、私たちの思いをしっかりと繋ぎとめたい、という誠実な意思だったりする。

 選曲のコンセプトは至ってシンプル。2017~19年に行ったライヴから彼女自身がとりわけお気に入りのテイクがチョイスされ、オールタイム・ベスト的なラインナップになっているのが特徴だ。足掛け3年に渡る時の流れは存在しているものの、いまやノラ仕事に欠かせないドラマーとなったブライアン・ブレイドの紡ぐ個性的なグルーヴが常に中心になっていることでどの演奏にも共通した感触があり、アルバム全体の統一感はしっかりしている。とにかく、センシティヴでメロウなムードと力強く迫ってくるエモーショナルな空気が絶妙な塩梅で混じり合う点や、どこででも気兼ねない親密な空間を生み出す特殊な技能が際立つところも含めて、実に彼女らしいライヴ盤だと言えよう(日本盤ボートラとなる17年の大阪城ホール公演からの“Sunrise”がめっぽうアットホームで最高だ)。珍しいラインナップとしては、メイヴィス・ステイプルズとの共演が話題となったゴスペル・バラード“I'll Be Gone”(19年の配信曲で、後にEP『Playdate』に収録)もあれば、クリス・コーネルに捧げるサウンドガーデンのカヴァー“Black Hole Sun”も初音盤化となるとっておきの名演だ。とりわけ深遠なムードに包まれた弾き語りで送る後者は惚れ惚れするほど素晴らしく、彼女の歌声の持つ鎮静効果の高さを実感することができるだろう。

 四方八方に敷かれた規制線を跨ぎながら、自由なスピリットを纏った音楽だけを追求してきたノラのひとつのドキュメントとしても成立しているこのアルバム。われわれはけっして前進するエネルギーを失っていない、というメッセージを孕んだこれらのパフォーマンスに触れたなら、こちらだって早く会いたくてたまらないという気持ちが高まるはず。2022年には先述した『Come Away With Me』の発表から20周年を迎えるが、何か特別な企画が用意されていたりするのだろうか。あれこれ想像するのが楽しくて仕方ない。

左から、ノラ・ジョーンズの2020年作『Pick Me Up Off The Floor』、同年のEP『Playdate』、プスンブーツの2020年作『Sister』、ブライアン・ブレイド&ザ・フェローシップ・バンドの2017年作『Body And Shadow』(すべてBlue Note)

 

ノラ・ジョーンズが参加した近年の作品を一部紹介。
左から、2019年のトリビュート盤『Joni 75: A Joni Mitchell Birthday Celebration』(Decca)、マーキュリー・レヴの2019年作『Bobbie Gentry's The Delta Sweete Revisited』(Partisan)、キャンディス・スプリングスの2020年作『The Women Who Raised Me』(SRP/Blue Note)、マヤ・ホークの2020年作『Blush』(Secret Sun/Mom+Pop)

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