©Noah Abrams

ノラ・ジョーンズ × デンジャー・マウスの野心作が10周年!

 20周年記念盤となったファースト・アルバム『Come Away With Me』、2021年のクリスマス盤『I Dream Of Christmas』という2作に続いて、ノラ・ジョーンズから新たな〈デラックス・エディション〉が届けられたのだが、お次に準備されていたのは意外にも2012年リリースの通算5作目『...Little Broken Hearts』であった。オリジナル盤が登場した当時は、デビューから10年を経たノラがさまざまな音楽スタイルに対応できる柔らかな感性の持ち主である事実は広く衆知され、〈ジャズ〉や〈アメリカーナ〉という枠で区切って語ろうとする風潮もなくなりつつあった頃。それでも本作で彼女が示した静かながらも熱い野心に対して驚きの反応を隠せなかった向きがけっこうな数いたように思う。で、彼らがどこに反応したかというと、コラボレーターのデンジャー・マウス(2011年に発表したダニエル・ルッピとの連名作『Rome』でノラを大々的にフィーチャーしていた)と共に行った意外性に溢れる冒険的サウンド・アプローチだ。

NORAH JONES 『...Little Broken Hearts(Deluxe Edition)』 Blue Note/ユニバーサル(2023)

 このアルバムを作るにあたって両者はLAにあるデンジャー・マウスのスタジオに入り、まったくゼロの状態からソングライティングをスタートさせている。ポツポツと湧き出るアイデアを元にアレンジを固めていき、どちらかが楽器を演奏しながら完成へと導いていく。そういった制作工程はノラにとって初めての試みだったそうで、いままでと勝手が違えば風景の見え方も変わってくるし、従来の常道から大きくはみ出ることは言うに及ばず。スペイシーな音処理が施されたフォーキー・チューン“Good Morning”やダークなムードが立ち込めるサイケな表題曲など、彼女の知らなかった一面に触れられるトラック揃いで、歌詞の内容も相まってどれもパーソナルな色合いが濃厚。ほかにも、キュートなポップネスを湛えた“Happy Pills”が顔を出したり、ゆったりと怪奇なムードを醸す“Miriam”が登場したり、奔放な無軌道さがアルバムを貫いていて、いい意味で掴みどころがなかったりもする。

 ところどころささくれ気味で、触り心地が妙にざらついた本作に多大な影響を与えているもの、それは当時のノラの失恋経験であった。前作『The Fall』(2009年)でも失恋の痛手は楽曲のムード形成に著しく関与していたが、ここでの彼女の落ち込みっぷりはそれの比ではない。痛さの伝達度がめっぽう高いし、曲によっては思わず背筋に寒いものが走るほどだったりする。が、じっくり対峙してみれば、ボブ・ディランの『Blood On The Tracks』やベックの『Sea Change』と同じく、パートナーとの別離という私的体験を普遍的な物語へと昇華させたクリエイティヴな作品であることがわかるはず。心理的な防衛機制を作動させつつも、前を向くための新しい何かを掴み取ることに成功したここでのノラ。ここで得た確かな手応えが、次作『Day Breaks』でのルーツ回帰を促したと見るのもあながち間違っていないのではないか。

 そんなキャリアの曲がり角に位置するアルバムの重要性を2枚組で再検証できる今回のデラックス・エディション。知られざる真実を白日の下に晒すようなアウトテイクの類は見当たらないものの、当時のボートラやデヴィッド・シーテックらのリミックスも収録され、ここで生まれた楽曲群が備え持つ揺るぎないパワーを体感するのにもってこいな内容となっている。注目すべきは、2012年の〈オースティン・シティ・リミッツ〉におけるライヴ音源で占められたDisc-2で、“Traveling On”を除くアルバム全曲のパフォーマンスが並ぶ。奇抜とも言えるサウンド・プロダクションに目が向きがちだけど、いずれの曲も時の試練に耐えうる強い生命力を持っていることが味わい深い演奏から如実に伝わってくるのである。鑑賞の際は、今年の〈Record Store Day〉でひと足先にリリースされた『...Little Broken Hearts Live ...At Allaire Studios』(昨年初頭にデンジャー・マウスとNY北部のアレア・スタジオで行ったアルバム再現ライヴを収録)も併せてご賞味いただきたい。

この前後のノラ・ジョーンズ作品。
左から、2009年作『The Fall』(Blue Note)、リトル・ウィリーズの2012年作『For The Good Times』(Milking Bull)、ビリー・ジョー&ノラの2013年作『Foreverly』(Reprise)、2022年収録のライヴ盤『...Little Broken Hearts Live ...At Allaire Studios』(Blue Note)

デンジャー・マウスの関連盤。
左から、デンジャー・マウス&ダニエル・ルッピの2011年作『Rome』(Parlophone)、ブラック・キーズの2011年作『El Camino』(Nonesuch)、ブロークン・ベルズの2014年作『After The Disco』(Columbia)、デンジャー・マウス&ブラック・ソートの2022年作『Cheat Codes』(BMG)