新しいパートナーシップの新しい創造性から生まれた新しい感触のサウンドは、彼女にまた新しいヴィジョンをもたらした……この大きな変化の先には何がある?

真新しいヴィジョン

 はてさて困った。ノラ・ジョーンズ9枚目のオリジナル・アルバム『Visions』を聴いて思いっきり打ちのめされているところなのだが、その素晴らしさをうまく表現する言葉が見つからず、天井をぼんやり眺めながら途方に暮れている。少し頭のなかを整理する意味でも、前オリジナル作『Pick Me Up Off The Floor』(2020年)以降の流れを大まかに振り返っておくと、2021年には初のライヴ盤『...’Til We Meet Again』と初のホリデイ・アルバム『I Dream Of Christmas』のリリースがあり、2022年には来日公演が実現。5年半ぶりのジャパン・ツアーとあって、日本武道館3デイズをはじめ、どの会場でも久々の再会を喜ぶ光景が見られたものだった。この年の大きなトピックといえば、初作『Come Away With Me』(2002年)の20周年記念盤リリースに加え、さまざまなゲストを招いてコラボを行うポッドキャスト・シリーズ〈Norah Jones Is Playing Along〉がスタートしたことが挙げられる。出演者との実り多き関係は放送を通じてこちらに伝えられ、ロバート・グラスパー、デイヴ・グロール、ロジックとの共演シーンが広く話題を集めたことも記憶に新しい。そして2023年は、デンジャー・マウスがプロデュースした5作目『Little Broken Hearts』のデラックス・エディションが発表され、先のクリスマス・シーズンには、新時代のジャズ系シンガー・ソングライター、レイヴェイとのコラボ・シングル“Christmas With You”も登場するなど、このところは高頻度で彼女の名前と歌声を目&耳にすることができていた。

 さてと、そろそろ『Visions』について話していかねば。まず本作のプロデュースは、『I Dream Of Christmas』に続くタッグとなるリオン・マイケルズが受け持ち、曲作りやトラック制作はノラとリオンの二人三脚で進められている。個性派ミュージシャンが大勢参加していた前作とは対照的な作りとなっているわけだが、そんな新作が見せてくれるものを端的に表現すれば、〈真新しいヴィジョン〉となるだろう。

 

自然発生的な方向性

NORAH JONES 『Visions』 Blue Note/ユニバーサル(2024)

 アルバム・ジャケットに目を向けるとそこには濃いアイラインをひいた、どこか60年代のガール・ポップ・シンガーを思わせるようなノラがいる。いわばレトロチックな印象を与えるヴィジュアルとなっているのだが、聴こえてくる楽曲も、美しいハイトーン・ヴォイスが多幸感をもたらす“All This Time”、リヴァーヴをたっぷりかけたファルセットがなんともドリーミーな“Staring At The Wall”、無邪気なスキャットが妙に胸をくすぐる“Paradise”など、わりと似たような感触を持っていることに気付く。でもって、それらの歌声にはなんというか、天真爛漫とすら言えるような響きがあって、やけに陽的なのである。随所に顔を出すリラクシンな表情も印象的で、リズムボックスと口笛の響きが牧歌的な“On My Way”など大半の曲調がオールディーズ・ポップス風なのも特徴的。セピア色したリズム&ブルースの“Queen Of The Sea”をはじめ、音色のチョイスがとにかく絶妙で、このあたりはガレージ感のある音作りに長けたリオン・マイケルズのセンスが大いに活きていると言えそうだ。

 うららかな陽射しの注ぐ田舎の光景が浮かんでくるアーシーでオーガニックなムード。それはシングルとして先行リリースされたゴスペル・フィーリング漂う“Can’t You Believe”(日本盤のみボーナス・トラック収録)から続くものだが、アルバムを貫くサウンドの方向性は、ノラいわく、ごく自然発生的に出てきたものだったそうで、多様な音楽的特徴がシームレスに織り込まれた作品に仕上がった理由も「ただ単にリオンとの居心地がよかっただけ」というような答え方をしている。

 「アルバムを『Visions』と名付けた理由は、多くのアイデアが真夜中か、あるいは寝る直前に思いついたから。半分寝ているような、ちょっとだけ目が覚めているような感覚のときに頭の中に流れていたメロディーといくつかの歌詞を音声メモに残していった」。

 そのような楽曲の発生エピソードに関しては、天使たちの囁きのようなハッピーなコーラスに包まれるエンディング曲“That’s Life”を聴いたりすると、なるほどな~と思う。ゆったりたゆたうようなヴォーカルも、夢うつつなヴィジョンをなぞっているかのように感じられてならないが、それらの歌唱がこれまでとは異なる種類のソウルフルさを宿している点こそが『Visions』の独特にして格別なる魅力を育んでいることは間違いない。

 ひとつひとつの音の行方を、ゆっくり時間をかけて追いかけながら、曲がどのように育っていくのかをじっくり眺めているような心持ちで今回のレコーディングに臨んでいたのではないか。そんなノラの現在の落ち着いた精神状態が作品にしっかりと反映された結果、繊細でソフトなタッチの歌声がどれもハチミツのような光沢感を放つに至ったというあまりにみごとな決着ぶり。ただ、こういった素晴らしい魅力をしっかり説明しようとすると、するりと身をかわされるような、どこか気まぐれな性格をしているというか、不思議な佇まいを持っているのが何とも厄介で。そんなわけで、アルバムの根本部分へと続く道筋の端緒を掴み取ろうとして、いまも繰り返し向き合っている最中なのである。 *桑原シロー

ノラ・ジョーンズの近作。
左から、2020年作『Pick Me Up Off The Floor』、ライヴ盤『...’Til We Meet Again』、2021年のクリスマス・アルバム『I Dream Of Christmas』、レイヴェイとの2023年のシングル“Christmas With You”(すべてBlue Note)

左から、2002年作の20周年記念盤『Come Away With Me (20th Anniversary Edition)』、2012年作の新装豪華盤『...Little Broken Hearts (Deluxe Edition)』(共にBlue Note)、ノラ・ジョーンズが客演したロジックの2023年作『College Park』(Bobby Boy/BMG)

 

シーンきってのヴィンテージな敏腕が揃うダイヤモンド・マインとは?

 かつてマーク・ロンソンやエイミー・ワインハウスの起用で注目されたダップトーンと、(ソウル・ファイア~トゥルース&ソウルの閉鎖を経た)ビッグ・クラウンの2つのレーベルは、いずれも90年代にヴィンテージな音を鳴らしていたデスコの系譜が分派したものである。そんな源流だけに演奏家たちは相互に行き来していて、そのうち双方を跨ぐリオン・マイケルズ、トーマス・ブレネック、ホーマー・スタインワイス、ニック・モヴションの4名が共同で運営するスタジオこそNYのダイアモンド・マインである。ノラの新作にも駆けつけたデイヴ・ガイも含め、彼らはいずれもメナハン・ストリート・バンドなど複数の名義を駆使しながら緩やかに結びついているダップ・キングス出身の面々。ブードス・バンドを率いるトーマスは西海岸にダイヤモンド・ウェストを設立したり、リオンはダイヤモンド・マイン・ノースのスタジオを設立したり、ここからさらに枝分かれして多彩な作品に関与しており、今後にも注目なのだ。 *狛犬

左から、メナハン・ストリート・バンドの2021年作『The Exciting Sounds Of Menahan Street Band』(Dunham/Daptone)、ホーリー・ハイヴの2021年作『Holy Hive』(Big Crown)、リー・フィールズの2022年作『Sentimental Fool』(Daptone)、10thストリートの2022年作『10th Street』(Mighty Eye)、レディ・レイの2022年作『Piece Of Me』(Big Crown)、メアリーJ・ブライジの2022年作『Good Morning Gorgeous』(300)、リゾの2022年作『Special』(Nice Life/Atlantic)、アークスの2023年作『Electrophonic Chronic』(Easy Eye Sound)、エル・ミシェルズ・アフェア&ブラック・ソートの2023年作『Glorious Game』、レ・アンプリメの2023年作『Rêverie』(Big Crown)、カリ・ウチスの2023年作『Red Moon In Venus』(Interscope)、ブードス・バンドの2023年作『Frontier’s Edge』(Diamond West)、モリー・ルイスのニュー・アルバム『On The Lips』(Jagjaguwar)