下野竜也&広響によるブルックナー最新録音と、藤倉大ピアノ協奏曲第4番録音を聴く

 細やかな心情をそのまま写し取って揺れ動くピアノ。その機微を感じ取ったかのごとくオーケストラが響きを刻々と変えていく。

下野竜也, 広島交響楽団 『藤倉大:Akiko’s Piano 広島交響楽団2020「平和の夕べ」コンサートより』 ソニー(2021)

 藤倉大のピアノ協奏曲第4番“Akiko’s Piano”。広島の被爆75年の節目に開催された〈平和の夕べ〉のために書かれた曲だ。

 原爆投下により19歳で亡くなった河本明子さんが弾いていたアップライトのピアノ。作曲にあたって、藤倉は戦争と平和といった大文字のテーマを避け、ひたすら河本明子という人物の視点に寄り添ったという。

 被曝し、近年修復されたそのピアノは、曲後半の長大なカデンツァで登場する。広島出身の萩原麻未が紡ぐ細やかなニュアンス。最後は、最高音部だけがカタカタと音を立てる。骨壺のなかから伝わる乾いた音のようにも、天上へと魂が昇っていくようにも聴こえる。

 音楽総監督に就いている下野竜也は、広島交響楽団の持ち前である柔らかなサウンドを充分に生かす。同日に演奏されたベートーヴェンやマーラー、バッハでも、じつに丁寧な運びから暖色系の彩色をふんわりと香らせる。

 その下野と広響が現在精力的に取り組んでいるのが、ブルックナー演奏だ。前回好評だった交響曲第5番の録音に引き続き、今回の新譜は第4番。

下野竜也, 広島交響楽団 『ブルックナー:交響曲第4番「ロマンティック」 (1878/80年稿に基づくハース版)〈タワーレコード限定〉』 BRAIN×TOWER RECORDS(2021)

 ややゆったりと構え、揺らぎの少ないテンポで、しっかりと設計されたブルックナーだ。念入りな組み立てで、壮大なクライマックスへと注意深く道筋を作っていく。主題のバランス作りにも工夫がみられる。それらが説明的、作為的にまったく聴こえないのは、やはり広響の穏やかなサウンドのおかげだろう。ガツガツもゴツゴツもせぬ、オトナのブルックナー。その音楽からは、指揮者とオーケストラとの信頼関係の深さもうかがえよう。

 朝比奈隆が率いていた大阪フィルの指揮研究員としてキャリアをスタートさせた下野。広島の地から、ブルックナー演奏の王道を悠然と踏み出したと思わせる演奏だった。