もやのなかに佇むような状況のなか、4人が目を向けたものは――? 自分たちの根底に立ち返り、90~2000年代の〈突き抜けた音楽〉を現代的な解釈で追求したニュー・アルバムが完成!

突き抜けた音楽

 DYGLが2年ぶりとなるサード・アルバム『A Daze In A Haze』を完成させた。ファーストはNY、セカンドはロンドンと、これまで国境を越えて自由な活動を展開してきた4人だが、本作はパンデミックの影響もあり、初めて国内でレコーディングを敢行。サウンドの軸を担っているのは、90年代半ばから2000年代初頭にかけてのオルタナティヴ・ロック、パワー・ポップ、ポップ・パンクなどで、トレンドに振り回されるのではなく、自分たち自身の探求心に従って〈突き抜けたもの〉をめざした。

DYGL 『A Daze In A Haze』 Hard Enough(2021)

 「去年の夏くらいに恵比寿のバーに一回みんなで集まったときに、ファウンテインズ・オブ・ウェインとかを聴いて、〈突き抜けた音楽もいいよね〉みたいな話をしたのはすごく覚えていて。そのときカッコイイとされているもの、そのときオシャレとかファッショナブルだとされているものというよりは、〈自分たちの根底にあるものに戻ってやろうか〉みたいな話もしました」(Shimonaka Yosuke、ギター)。

 「コロナが始まった頃は、自分的にはあんまりバンドが響いてなくて、ラップトップで作られたような音楽のほうが気分的にはハマってたんですけど、そこからしばらく経って、逆にものすごく突き抜けたものを聴きたい気分になったんです。今回やったことって、ファーストやセカンドを作ってたときの自分にとっては過去のものになってたけど、今なら時代的にも気分的にも、あえてやってみたいと思えたんですよね。前だったら〈ブリッジ・ミュートはやらない〉とかあったけど、そういうのもちょっとずつ解放して作ったアルバムです」(Akiyama Nobuki、ヴォーカル/ギター)。

 ファースト・アルバムのプロデューサーがストロークスのアルバート・ハモンドJrだったこともあって、DYGLといえば2000年代前半のガレージ・ロック/ポスト・パンク・リヴァイヴァルをルーツとするバンドというイメージが今もあるにはあるが、本作の影響源となっているのはそれよりさらに以前の、音楽の原体験とも言うべきアーティストや作品だという。

 「DYGLを組んだときはヴューとかフランツ・フェルディナンドとかを聴いてたけど、中学生の頃はブリンク182とかグリーン・デイが好きだったし、あとはリライアントKとかもことあるごとに聴いてはいたから、今回はそういう部分をあえて出して、〈歌える作品にしよう〉っていう意識もありました。USオルタナもみんなもともと好きだし、そうやっていろんなところから拾い上げたというか」(Akiyama)。

 「オルタナは昔から好きで、俺にいろいろな音楽を教えてくれた友達の兄ちゃんがビッグマフ(ファズのエフェクター)のコレクターで、ちょっと変わった人だったんです(笑)。それでダイナソーJrとかはよく聴いてました」(Kachi Yotaro、ベース)。

 「僕も中学でギターを始めたときはグリーン・デイのライヴ盤をよく聴いてたし、ソニック・ユースのマネをして、ギターに蛍光のテープを貼ったりしてました」(Kamoto Kohei、ドラムス)。

 「オルタナも好きだし、パワー・ポップもめっちゃ好きです。ただ、俺のなかではビートルズからメロディーとかコードの影響を受けた人たちが、もうちょっと後の時代にそのときの新しい録音技術でビートルズっぽい曲をやってるのがパワー・ポップ、みたいなイメージもあるんですけど、今回やろうとしたのはそういうビートルズを意識したものではなかったですね」(Shimonaka)。

もやのなかで向き合うもの

 エンジニアに池田洋を迎えて制作されたアルバムの前半には、本作のポップな雰囲気を象徴する“Banger”や“Did We forget How to Dream in the Daytime?”などが並ぶ一方、オープニングにはトラップからの影響を消化した“7624”が置かれ、ポスト・パンク調の“Half of Me”にはギターが8本重ねられていたりと、同時代性や実験精神も確かに感じられる。

 「“Banger”は跳ねたリズムのポップな曲が作りたくて、アシュリー・シンプソンだったり、スマッシュ・マウスやシュガー・レイみたいな、チャラい感じを意識しました(笑)」(Kamoto)。

 「“7624”はエモ・トラップを意識しています。バンドのギター・サウンドをラッパーが採り入れて出来たエモ・トラップを、今度は逆にバンドが吸収してやろうっていう。なので、ギターもドラムも自分たちで弾いたり叩いたりしつつ、サンプリングして使っていて、あくまで演奏ベースなんだけど、ただのバンド・サウンドじゃないっていうのをやってみました」(Akiyama)。

 ピクシーズ風のメランコリックな曲調に始まり、後半でアンビエントな音像が立ち現れる“Sink”に続いて、“Bushes”ではShimonakaがヴォーカルを担当し、サブ・ポップやタッチ&ゴーあたりからリリースされそうなUSインディー感を表現。なお、この曲ではAkiyamaはドラムを、Kamotoがギターを担当している。

 「自分の曲は単音リフをどう組み立てるかって考え方をしてるんですけど、“Bushes”に関しては、去年いちばん聴いてたダスターからリフ作りの感覚を得て、空気感的にはデブ・ネヴァーみたいな、グランジやオルタナの空気が入ったトラップを参考にしてます」(Shimonaka)。

 歌詞には〈ここから出してくれ〉とコロナ禍での心境を直接投影しつつ、それをアンセミックに仕上げた“Wanderlust”、ファニーな雰囲気がイールズあたりも連想させる“The Rhythm of the World”、タイトルからしてペイヴメント直系の“Stereo Song”などが続く中盤の流れは、今回のアルバムの雰囲気をよく表している。

 「“Wanderlust”はロック・アンセムみたいにしたくて、ウィーザーの“Beverly Hills”、ジョーン・ジェットの“I Love Rock'n'Roll”、あとはクイーンとかも意識して、こういう王道感のあるリズムにしました」(Kamoto)。

 「自分たちが小中学生の頃に聴いてたようなポップスの雰囲気を今の音楽としてやっているような人が好きで、“The Rhythm of the World”はデモの段階ではサッカー・マミーを意識してたんですけど、作って行くうちに90年代感が色濃くなって、リスナー的な視点に立つとダイナソーJr的なぶっ壊れ感も随所に入ってると思います」(Kachi)。

 「“Stereo Song”は、最初に僕がリフを作って、それにAkiyamaくんが歌を乗せてくれたときに、ちゃんと歌で引っ張ってくれる曲になったから、僕は自分の好きな90年代っぽいのを思いっ切りやろうと思って、ペイヴメントの(ギタリスト、スコット・カンバーグによるソロ・プロジェクトの)スパイラル・ステアーズが作ってるほうの曲を意識しました。ベシャッとしたファズ・ギターの膜があって、その前にドラムとベースとリード・ギターがある、みたいなイメージですね」(Shimonaka)。

 アルバムの後半では、〈どうしたらいいのかわからないとき 君に歌える歌はあるかい〉と呼びかける“Alone in the Room”、グランジ・サウンドに乗せて、SNS上のコミュニケーションの難しさを背景に、〈光をさがしている〉と救いを求める“The Search”が続き、ラストはiPhoneで録音した弾き語りの小品“Ode to Insomnia”で締め括られる。“Sink”の歌詞から取られた『A Daze In A Haze』というタイトル通り、まだまだ僕たちは霧もやのなかで途方に暮れているが、それでも本作で歌われているのは、音楽への変わることのない信頼なのだ。

 「アルバム・タイトルは響きと音を重視して決めたんですけど、もやのなかで佇んでいるような感覚は、今の時代の状況とリンクするものがあると思います。自分のパーソナリティーと向き合う部分と、今の社会の状況と向き合う部分と、それぞれにレイヤーはあったと思うけど、やっぱり世の中に物理的な意味でのダイナミックな動きがないぶん、今回の作品の歌詞は寂しさに寄った部分が多かったと思うんです。ただ、曲調のテーマ的には抜け感のある、突き抜けたものをやろうという意識だったので、そっちに引っ張られて、ポジティヴにも書けたことはよかったと思いますね」(Akiyama)。

左から、ファウンテインズ・オブ・ウェインの2003年作『Welcome Interstate Managers』(Virgin)、アシュリー・シンプソンの2008年作『Bittersweet World』(Geffen)、ダスターの2000年作『Contemporary Movement』(Up)、ジョーン・ジェット&ザ・ブラックハーツの81年作『I Love Rock 'n Roll』(Boardwalk)、ペイヴメントの97年作『Brighten The Corners』(Matador)

DYGLの音楽的な変遷を紐解くディスコグラフィー

LAのレーベル、ロリポップのスタジオでレコーディングが行われたファーストEPでは、ヴューやクークスといった、いわゆる〈ロックンロール・リヴァイヴァル〉期のUKバンド直系の音を勢いよく鳴らしており、程良くしゃがれたヴォーカルも印象的。なお、Akiyama、Kachi、Kamotoの3人は当時Ykiki Beatのメンバーとしても活動していた。

 

プロデューサーにストロークスのアルバート・ハモンドJrを迎え、NYで制作されたファースト・アルバム。アルバートとの作業のなかでソングライティングにさらなる磨きをかけることにより、過去の踏襲には留まらない、普遍的なロック・バンドとしての魅力を確立した。ウィーザー風の“Happy Life”は今回の新作とも通じる仕上がり。

 

アメリカから海を渡ってロンドンに拠点を移し、元テスト・アイシクルズのロリー・アットウェルをプロデューサーに迎えて制作されたセカンド・アルバム。ここではキンクスをはじめとする60年代のマージー・ビートからの影響を消化し、ピアノやサックスといった楽器も加えてプロダクションを強化することによって、新たなバンド像を示した。