Page 2 / 2 1ページ目から読む

Billie Eilish “Happier Than Ever”

天野「先週リリースされたアルバムのなかでも最大の話題作だったのが、ビリー・アイリッシュの『Happier Than Ever』ですよね。何度か聴きましたが、かなりすごい作品だと思いました。前作『WHEN WE ALL FALL ASLEEP, WHERE DO WE GO?』(2019年)には物足りなさを感じていたので、ついにアルバム・アーティストとしてのビリーが覚醒したように感じています」

田中「実際、海外の批評は絶賛が多いですね。この“Happier Than Ever”は、アルバムの15曲目、ラストから2曲目に収められているタイトル・トラックです。アコースティック・ギターとビリーの歌だけの静謐な前半から、急転直下でヘヴィーに歪んだギターやドラムが音像を支配する後半へ。ドラマティックな構成です。歌い上げるヴォーカルやシャウトがいままでのビリーにはないものだったので、かなり意外ですね」

天野「僕は、この曲にフィービー・ブリジャーズの“I Know The End”(2020年)に近いものを強く感じました。ミュージック・ビデオでは、ビリーが雨に打たれながら歌っていますね。〈私を一人にして〉と歌う苦悩が滲んだリリックや〈いままででいちばん幸せ〉という皮肉っぽいタイトルは、かなり痛ましい……。最近のビリーを見ていると、ちょっと心配になります。ただ、苦しんでいるからこそ優れたアートを作っているようにも思えて、アーティストの業のようなものも感じるんです。あまり苦しまないでほしいとは思うものの、この曲が彼女とリスナーにとってのカタルシスになっているように思いました。つまり、苦しみを吐き出している曲に感じるんですね。この曲とアルバムを聴いて、ビリーが次にどんな作品を作るのかが楽しみになりました」

 

Water From Your Eyes “Track Five”

田中「レイチェル・ブラウン(Rachel Brown)とネイト・エイモス(Nate Amos)からなる米NYの2人組、ウォーター・フロム・ユア・アイズ。2016年頃から活動する彼らは、なかなか多作で、EPサイズの作品をいっぱい出しています。この“Track Five”を含むセカンド・アルバム『Structure』は、8月27日(金)にリリースが予定されています。ちなみにその前のアルバムは、『Somebody Else’s Song』(2019年)です。そして今年の1月にリリースした、ティアーズ・フォー・フィアーズやカーリー・レイ・ジェプセンの曲を扱ったカヴァー・アルバムは『Somebody Else’s Songs』。紛らわしいのでご注意ください!」

天野「ややこしいタイトルをつけないでほしい(笑)。それにしても、この“Track Five”はおもしろい曲ですね。インダストリアルな質感のエレクトロニック・ドラムやブリブリのアシッド・ベースは80年代っぽいのですが、ブラウンの憂いある歌唱やノイジーなエフェクトはイマっぽい。右チャンネルでふわーんと鳴っているシンセはニューエイジっぽいですし、不思議なバランスで成り立っているなと」

田中「〈結成時の彼らはニュー・オーダーのオマージュ・バンドを目指していた〉そうで、エレクトロ・ポップ志向が強いのかと思いきや、新作からの他のリード・シングルや過去の曲はアノラックやエクスペリメンタル・ポップの要素が強くて、なかなかに謎ですよね(笑)。なんだか気になるバンドです」

 

Maxo Kream “Local Joker”

天野「今週最後の曲は、マクソ・クリームの“Local Joker”です。マクソ・クリームのことは以前から紹介したかったのですが、なかなか機会がなくて、今回ようやく取り上げることができました」

田中「テキサス州ヒューストンというヒップホップの聖地で90年に生まれたラッパー、マクソ・クリームことエメクワネム・オググア・ビオサー・Jr.(Emekwanem Ogugua Biosah Jr.)。2011年に発表したケンドリック・ラマー“Rigamortus”のビート・ジャッキングで注目され、その後はチーフ・キーフにフックアップされたり、ミックステープ『#Maxo187』(2015年)が高く評価されたりと、順調にキャリアを積んできました」

天野「ミックステープで知られたラッパーで、いまだに〈知る人ぞ知る〉という感じではありますが、ようやく本格的にブレイクしたのはデビュー・アルバム『Punken』(2018年)と、それに続くRCAからのメジャー・デビュー作『Brandon Banks』(2019年)でした。特にトラヴィス・スコットやメーガン・ザ・スタリオン、スクールボーイ・Qなどが参加した『Brandon Banks』は、サザン・ヒップホップのマナーとマクソのリアルなストーリーテリングが絡み合った傑作。〈Brandon Banks〉というのはマクソの父親の犯罪者としての別名で、父のせいでマクソと母親は苦しみ、彼はギャングとして生きるしかなかったそうなんです。マクソはヒューストンのなかでも特に貧しいアリーフ育ちで、そういった出自やストリート・ライフをラップしているんですね」

田中「そんなマクソの、ひさびさのソロ・シングルがこの“Local Joker”です。ビートはトラップとブーンバップの中間のような作りで、埃っぽい質感がかっこいい。プロデューサーは、同じテキサスのカル・バンクス(Kal Banx)とエヴェレットのマリオ・ルチアーノ(Mario Luciano)です」

天野「〈俺はローカル・ジョーカー(地元から出ない野心のない者)じゃない〉と自分の力を誇示する物騒なリリックですが、〈テキサス、ヒューストン、俺がレップしているもの〉とフッドの誇りを歌い込んでいるのがマクソらしい。この曲は次のアルバムからのシングルと見られているので、新作に期待したいところですね」