剥げたネイルに着想した“ネイルの島”と歌詞の余白
――作曲でいちばん影響受けているアーティストはいますか?
「曲によってちがうんですよね。〈この人に影響を受けたな〉というのはたくさんあるのですが、〈一人だけ〉となるといないですね。でも、歌詞を書くという点では、betcover!!のヤナセジロウさんの歌詞の書き方に影響受けています。これは、初めて言ったので恥ずかしいんですが」
――具体的に、どう影響受けているのでしょうか?
「例えば〈こういうことが起きたから、こういう気持ちになった〉と物語を紡ぐ歌詞は多いのですが、ヤナセさんの歌詞は、〈そこで何かが起こったときに、いま自分の目に入ったものがこんなふうに光っていた〉という感じで、とても生々しい描写だと思うんです。とても余白があって情景が見えてくる、というか。〈こういう気持ちで書けばいいのか〉と感覚的に思ったことを、とても覚えています」
――では、“ネイルの島”の歌詞について、どういう思いで書いたのか訊かせてください。
「自分に宛てて書いた曲になっています。いつも自分に言い聞かせるために書くというか、自分を救う方法を模索しているんですね。“ネイルの島”の場合は、忘れがちだけど忘れないでおきたいマインドや気持ちの在り方を、自分に言い聞かせるために書いた歌詞です。
あとは、好きだなと思うもの、ある意味でフェチだと思うものにスポットを当てて、パーソナルな部分について書いている楽曲です」
――ネイルが剥げていく過程で、爪の真ん中に残ったものが島のようだと思ったことが着想源だったとラジオで言っていましたよね。
「メロディーを制作した後に、ネイルがだんだん剥がれてきて、爪の真ん中にネイル・ポリッシュが残っていたんです。たしか、この曲はお風呂のなかで歌詞を書いていたのですが、湯船の水面に手を着けたときに、残ったネイル・ポリッシュと指に水が入ってくる様子を見て、〈島みたいだな〉〈海みたいだな〉と思って。そこで〈ネイルの島〉というワードが浮かんで、メモしました。そこから歌詞を書くとき、その〈ネイルの島〉を舞台として、そこでリラックスしている風景などを想像しながら書いていったんです」
――ミュージック・ビデオは、その情景とはちがう内容でしたよね。
「撮影を海で行いましたが、曲にマッチさせすぎてもありきたりになるなと思ったので、リンクさせませんでした。それよりも、MVは別のものとして考えて、自分が視覚的にいいなと思うもの、自分の精神性や余白を表現したほうがしっくりくるなと考えて、シンプルな構図にしました」
――ヤナセさんの歌詞の魅力ついて〈余白〉と言っていましたが、さらささんも〈余白〉を重要視していますか?
「大事にしています。MVの制作はもちろん、写真を撮影するときや、歌詞を書くとき、曲のタイトルを付けるときなどもそうなのですが、あまり具体的にしたくないという気持ちがあります。聴いている人がそれぞれの人生のなかでマッチするように入り口を広くしておきたいというのもありますし、具体的にわからないほうがセクシーじゃないですか? これは俳句や日本画のような、日本的な考えかもしれません」
――歌詞の言葉選びも、具体的にせず抽象的なワードをセレクトしているのでしょうか?
「抽象度の高い歌詞だなと、自分でも思います。あえてそうしているというよりは、そうなってしまうというのが正しいのですが。
Pause Cattiさんとのコラボ曲“DRAPE”を制作していたときに、Pauseさんから〈こういうテーマで楽曲を制作したので、こういう感じの歌詞を書いてほしい〉という文章が届いたんです。私はその気持ちで書いたつもりなんですが、結果、抽象的な仕上がりになっていましたね。そのときに、具体的に書くより、抽象的に書くのが好きなのだと改めて気付きました」
ネガティヴをネガティヴなまま肯定する〈ブルージーに生きろ〉
――さらささんは、〈ブルージーに生きろ〉というテーマを掲げているそうですね。これは?
「たしか大学1年生のとき、インテグレートのCMで〈ラブリーに生きろ〉ってキャッチ・コピーが使われていたんですね。それをアイドルのゆっきゅんさんが〈ギルティーに生きろ〉ともじっていて、私なら〈『ブルージーに生きろ』だな〉と思ったのがきっかけです。どこかのタイミングで使いたいなと思って、それからSNSのプロフィールとかに書くようになりました」
――どういう意味なんですか?
「音楽ジャンルのブルースから取りました。ネガティヴなことや感情って、よくないもの、隠すべきものというイメージを持たれがちだと思うのですが、私はそういうネガティヴな感情こそ大事にしたいと思っているんですね。ネガティヴな事柄がクリエイティヴに昇華されたり、後々振り返ると自分の財産となるような経験になったりするので、ネガティヴな感情を隠したり、それに後ろめたさも感じずに、堂々とブルージーに生きてもらえたらなと。ネガティヴであることをごまかすより、ネガティヴをネガティヴのまま肯定できたらいいなと考えています。
たとえば、恋愛の歌詞を書いたとき、友達に〈さらさの曲って、恋が叶っていないよね〉と言われたことがあるんです(笑)。でも、私はそこがいいと思っています。ハッピー・エンドの映画とかもあまり好きではなくて、そういうものを観ると、現実はもっと暗いなと思うんですね。でも、それがいいのかもしれない。暗い部分の明るさやポジティヴさに焦点を当てていきたいです」
――”グレーゾーン”の歌詞も、ネガティヴなことをポジティヴに打ち出していましたよね。あの曲を聴いて、励まされました。
「嬉しいです。”グレーゾーン”を制作したのは、SNSなどでコロナ禍とか、いろいろな問題がいつもより浮き彫りになっていたときだったんです。声を上げなくてはならないとか、白黒どちらかはっきりしなくてはならない、という場面が多かった。
でも、人間の価値観や性格、考えていることは、基本的に〈グレーゾーン〉〈白黒つけられない、もやもやした部分〉に属していると考えています。それが大事なのであって、白黒はっきりしろというのは全然ちがう。〈完璧に白〉という人はいないじゃないですか? いろんな色が混ざって白っぽくなったり、黒っぽくなっている。そういうことについて書いた曲ですね」