
苦楽を共にした仲間と袂を分かち、永遠はないと気付いた――コレクティヴ的な編成で作り上げたニュー・アルバムは、すべての昼とすべての夜を愛で貫くために鳴る!!!
いまやUSインディーを代表するバンドの一組にまで上り詰めたビッグ・シーフにとって、約3年ぶり5作目となるニュー・アルバム『Double Infinity』は新たな時代の幕開けを告げる作品だ。ベーシストのマックス・オレアルチック脱退後、3人体制となって初のアルバムである今作には、バンドが決定的な転機を迎えたからこそ生まれた大胆な革新がある。しかもその成果は、まぎれもない傑作と呼ぶにふさわしいものだ。
前作『Dragon New Warm Mountain I BelieveIn You』リリース後も、彼らは活動のペースを緩めることはなかった。バンドとしては2023年に単発シングル『Vampire Empire / Born For Loving You』を発表し、キャリア50年以上を誇るシンガー・ソングライター、タッカー・ジマーマンのアルバム『Dance Of Love』(2024年)でプロデュースと演奏を担当。その合間を縫って、3人それぞれソロ作も送り出している。ほぼ休みなしに思えるが、それと並行して彼らはビッグ・シーフの新作にも着手。だが完成までの道のりには紆余曲折があった。
ドラマーのジェームズ・クリヴチェニアいわく、最初は〈ヘヴィーなロック・アルバムを作る〉という構想があったという。しかしその過程でオレアルチックが脱退。また、アメリカ北東部の森の中にスタジオを造り、そこに籠って録音するという従来に近いやり方も試したようだが、今回は上手くいかなったと明かしている。そんな行き詰まりを打開すべく、彼らは本拠地のNYに帰還。3人だけの世界に閉じこもるのをやめ、ニューエイジの巨匠ララージ、カマシ・ワシントンやサム・ゲンデルとも交流のあるベーシストのジョシュア・クランブリーなど、総勢10名弱に及ぶゲストを迎え入れた。そしてマンハッタンの名門パワー・ステーション・スタジオ(現アバター・スタジオ)にて、3週間、毎日9時間のセッションに明け暮れて生み落とされたのが、この『Double Infinity』である。
驚かされるのは、大胆な変貌を遂げたサウンドとグルーヴ。これまでもフォークを軸にバンド音楽を現代的に刷新してきた彼らだが、今作で展開されるサウンドはより冒険的であり、同時に濃密で重層的だ。コーラス隊やパーカッション、ピアノ、テープ・ループ、そして神秘的な音色が印象的なララージによるツィター(琴を短くしたような形の弦楽器)などが新たに加わったアンサンブルは、どこかドリーミーでユーフォリックなムードを湛えている。ギターとツィターがドローンにも似たアンビエンスを創出する“Incomprehensible”、ドラムとパーカッションが陶酔的なグルーヴを牽引する“All Day All Night”、あるいはフォーク・ロック的な力強さを持つ“Grandmother”など、全9曲とコンパクトながらも曲調は幅広い。
だが、総じて感じられるのは、何か大きなものに包まれているような安らぎや、眩い光が眼前いっぱいに広がるような恍惚感だ。録音セッションの雰囲気の良さが音のヴァイブに与えた影響も大きいのだろう。何にせよ、その名状しがたい心地よさは、今作を特別なものとして屹立させている。
シンガーのエイドリアン・レンカーが歌うのは、悠久の時の流れの中で、私たちは抗えない運命を受け入れる存在でしかないという感覚。〈Double Infinity=対になっている無限性(永遠に変わらないもの)〉と解釈できるアルバム名も、人は生まれ、いつか死にゆくという、2つの理を表しているのだろう。
しかし、それは人生に対する諦めではない。むしろ際立っているのは、自分も大きな流れの一部だと認識することによる安心感、そしてあらゆる者/物が同じ運命を辿る同一性を根拠にした〈机も椅子もない、国も存在しない〉(“No Fear”)という平和・平等主義だ。アルバムに通底する、あるがままを受け入れ、すべてを慈しむような眼差し――それは、今作の大らかなグルーヴをいっそう優しく、力強いものへと導いている。
ビッグ・シーフやメンバーの作品。
左から、2022年作『Dragon New Warm Mountain I Believe In You』、エイドリアン・レンカーの2024年作『Bright Future』、バック・ミークの2023年作『Haunted Mountain』(すべて4AD)、ジェームズ・クリヴチェニアの2025年作『Performing Belief』(Planet Mu)
『Double Infinity』に参加したアーティストの作品や関連作を一部紹介。
左から、ハナ・コーエンの2025年作『Earthstar Mountain』(Bella Union)、ジョシュア・クランブリーがメンバーに名を連ねるテラス・マーティンズ・グレイ・エリアのライヴ盤『Live At The JammJam』(Sounds Of Crenshaw/Pヴァイン)、ララージの2020年作『Sun Piano』(All Saints)