音楽と物語の波間に――台湾アミ族出身のシンガー・ソングライターによる初の試み

 アミ族ルーツのイリー・カオルーの歌には潮風を感じる。新しいアルバムのタイトルは『Longing』。日本語では〈あなたを探して〉と訳されている。意味あいとしては、〈I miss you〉。会えない人々への想いや記憶が、寄せては返す波のごとく胸に迫って来る。

ILID KAOLO 『Longing』 Coastline Music(2021)

 1曲目“17歳のあなた”は、爽やかなイントロながら、歌の背景にある実話はせつない。日本統治時代、台湾生まれの17歳の少年は、大阪の商船会社に入社し日本人名で〈山鬼山丸〉に乗船する。が、南方の海を航海中に米軍に爆撃され、帰らぬ人に。この少年は、イリーのパートナーでもあり音楽プロデューサーでもあるGuanyuu(陳冠宇)の大叔父であるという事実に胸を突かれる。沈没した船はサンゴ礁に抱かれ、今もミクロネシアの海底に横たわり、ダイビング・スポットとして知られているという。ファミリー・ヒストリーの中の知られざる戦争逸話は、アルバム連動小説集「あなたをさがして」(音楽故事集)の「17歳のあなた」に詳しく記されている。作家名は、Lily Jones。イリーとGuanyuuの共同執筆ペンネームである。(日本語訳・栖来ひかり)

 言葉なき存在のために歌を捧げるイリーの音楽創作は崇高だ。前作アルバム『A Beautiful Moment』の1曲目“優雅的女士”でも、〈台湾と日本の歴史に生きた高菊花さんに捧げる曲〉として歌っている。高菊花の父親は1954年白色テロの犠牲になった音楽家で思想家の高一生であることをイリーの歌を聴いて初めて知った。

 今回のアルバム制作では、日本人ギタリスト小池龍平が編曲とギターでレコーディングに参加し、ペダルスティールの田村玄一も共演。台湾と日本のアーティストが音楽でコラボすることが、歴史的な縁を認識しながら過去から未来へとつながることを祈りたい。

 つながるといえば、5曲目の“The Island of Woman(女人島)”から7曲目の“The Neckless(ネックレス)”への流れが印象的だ。台湾原住民の神話がモチーフの曲は、Jazzピアノの調べに力強いコール&レスポンスが幻想的に響く。プユマ族のSangpuy(桑布伊)の友情出演コーラスが頼もしい。ラストの曲“Hey! Mayaw”は、アミ族の青年の愛称を冠した応援ソング。会えない日々、頑張っている世界のすべての人へ。心優しきイリーからのエールが心に沁みる。