6人編成の新体制となって早2年。KIRINJIがこれからの季節を彩る素敵なサマー・シンフォニーを、シングルとコンピレーションでそれぞれ届けてくれました。Mikikiでは最新取材&コラムの2本立てで、生命力と機知に富んだKIRINJIの2015年夏モードに迫ります。(Mikiki編集部)
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マーク・ジョンソンと「たんぽぽのお酒」、アメリカーナの夏と郷愁
晩年のビル・エヴァンスが率いていたピアノ・トリオ、すなわち最後のビル・エヴァンス・トリオのベーシストだったマーク・ジョンソンのアルバム『The Sound Of Summer Running』(1998年)を、僕はリリース当時から愛聴し続けている。この作品ほどタイトルとジャケット写真と内容が見事なまでに結び付いているアルバムには、そうそう出会えない。
CDのジャケットは、外5つ折りになっている。表紙を飾っているのは、抜けるような青空のもと、草原のような場所で飛び跳ねている白人の少女を捉えた写真だ。少女は白いスニーカーを履いている。さらに裏表紙と内ジャケットの計5ページには、2人の白人の少女と1人の白人の少年、そして1人の黒人の少年の写真がレイアウトされている。この少年少女たちも、それぞれ飛び跳ねている。裏表紙の短パン姿の子どもは、内ジャケットの白人の少年と同一人物だろう。白人の少年も黒人の少年も、白いスニーカーを履いている。そして足もとは写っていないものの、あとの2人の少女も白いスニーカーを履いているに違いない。なぜなら『The Sound Of Summer Running』というタイトルは、1957年に出版されたレイ・ブラッドベリの小説「たんぽぽのお酒(原題:Dandelion Wine)」からの引用なのだから。
1928年の夏、イリノイ州グリーン・タウン。「たんぽぽのお酒」は、このアメリカ中西部の小さな町のひと夏を舞台にした物語だ。主人公は、12歳の白人の少年ダグラス・スポールディング。ダグラスは夏になると、新しいスニーカー(テニス・シューズ)が欲しくなる。新しいスニーカーを履くと、いつも夏に初めて靴を脱いで、草の上を裸足で走る時と同じ感じがするから。この感覚は、一年中スニーカーを履いているカリフォルニアの少年たちには決してわからない。新しいスニーカーには、魔法の力がある。そのなかには、夏がある、とダグラスは思っている。こんな少年が新しいスニーカーを履いて1928年の夏を駆けていく。夏そのものも駆け抜け、やがて秋が訪れる。
KIRINJIの6人のメンバー(堀込高樹、田村玄一、楠均、千ヶ崎学、コトリンゴ、弓木英梨乃)がそれぞれ〈夏〉をキーワードに選曲したコンピレーション『KIRINJI presents SIXTH×SIX –SUMMER EDITION–』は、『The Sound Of Summer Running』の中の1曲“Summer Running”で始まる。この〈夏の足音〉を奏でているのは、マーク・ジョンソン、ビル・フリゼール、パット・メセニー、ジョーイ・バーロンの4人。マーク・ジョンソンはアメリカ中西部のネブラスカ州生まれ。パット・メセニーも、同じく中西部のミズーリ州生まれである。
レイ・ブラッドベリは、12歳の時にアリゾナ州に移るまでイリノイ州で過ごした。つまり「たんぽぽのお酒」には中西部で過ごした日々に対するブラッドベリ自身の郷愁が描かれている。拙著『音楽の架け橋 快適音楽ディスク・ガイド』(参考記事はこちら)に書いたことを少し膨らませると、『The Sound Of Summer Running』は、アメリカ合衆国の中心部(Heartland)である中西部の大草原地帯(Prairie)の風景が目の前に広がる〈アメリカーナ〉のアルバム。多くのアメリカ人にとって中西部は、いわば心の故郷であり、プレーリーは原風景だ。『The Sound Of Summer Running』の中でも、とりわけ“Summer Running”は、「たんぽぽのお酒」そのものといった趣のインストである。夏の軽やかな足音が近づいて来て、やがて爽やかに駆けて抜けていく。新しいスニーカーを履いたダグラスが嬉しそうに飛び跳ねている。そんな牧歌的な雰囲気が伝わってきて、夏の少年少女たちの姿が目に浮かぶ。『The Sound Of Summer Running』は、〈ジャズ〉であると同時に〈アメリカーナ〉のアルバムであり、〈アメリカ中西部の夏と郷愁〉が描かれた名盤である。〈SIXTH×SIX〉には、このアルバムからもう1曲、“Dingy-Dong Day”も選ばれている。
過ぎ去った夏が心に甦ってくる、ヴァーヴの名曲とKIRINJIセレクトの妙
〈SIXTH×SIX〉に収録されているのは、全18曲。KIRINJIの6人がヴァーヴの音源からそれぞれ3曲ずつ選んでいる。マーク・ジョンソン以外には、スタン・ゲッツ&ルイス・ボンファとスタン・ゲッツ&ミシェル・ルグラン、とジャズ・サックス奏者のスタン・ゲッツ関連の音源が2曲。あとはチコ・ハミルトンやカート・ローゼンウィンケルなど新旧のジャズ、フレッド・アステアとブロッサム・ディアリーのジャズ・ヴォーカル、マルコス・ヴァーリとアストラッド・ジルベルトといったボサノヴァ系の音源が選ばれている。
ネリー・マッカイの“Do Do Do”は、ドリス・デイの歌唱で広く知られているジョージ・ガーシュウイン&アイラ・ガーシュウィン作のスタンダード。クイーン・ラティファの“Trav'lin Light”は、スタンダードやボサノヴァのカヴァーを含む同名アルバム(2007年)からの選曲。この“Trav'lin Light”も、ビリー・ホリデイやぺギー・リーなどが録音しているスタンダードだ。サラ・マクラクランの“Song For My Father”だけは、前記したカテゴリーには当てはまらないが、マーク・ジョンソンに通じる〈アメリカーナ〉路線の曲と言っていい。誰がどの曲を選んだのか。たぶんKIRINJIのファンがもっとも興味を持っているのは、この点だと思うので、あえてここでは書かないでおこう。
〈SIXTH×SIX〉を締め括る曲は、チャーリー・ヘイデンの叙情あふれる“Fuiste Tu (It Was You)”。20世紀のメキシコを代表する作曲家ホセ・サブロ・マロキンの曲だが、チャーリー・ヘイデン自身は中西部のアイオワ州生まれで、少年時代をミズーリ州で過ごした。それだけに、僕に言わせてもらうと、チャーリー・ヘイデンとパット・メセニーの『Beyond The Missouri Sky (Short Stories)』(1996年)は、『The Sound Of Summer Running』と好一対を成す名盤である。
ダグラスは夏になると、おじいちゃんのたんぽぽのお酒造りを手伝う。ダグラスにとってたんぽぽのお酒は、夏をつかまえて瓶に詰めたものだ。だから大人であろうと子どもであろうと、たんぽぽのお酒を一口飲むと、冷気を肌で感じる季節になっても、過ぎ去った夏が心に甦ってくる。
〈SIXTH×SIX〉は、たんぽぽのお酒のように秋になってから味わってもいい。がしかし、やはり夏が駆け抜けてしまう前に聴いておくと、もっといい。輝く夏の陽射しを浴びながら、緑に囲まれた環境の中で思いっきり飛び跳ねたり、駆け回ったことがある人たち。〈SIXTH×SIX〉は、こんな〈かつて夏の少年少女だった大人たち〉のためのコンピレーションとして、僕は受け取った。
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