コラム

映画「あのこは貴族」渡邊琢磨の豊かな音楽とともに紋切り型のドラマからそっと身をかわした一作

©️ 山内マリコ/集英社・「あのこは貴族」製作委員会

同じ空の下、異なる環境を生きる彼女たちに寄り添う、渡邊琢磨の音楽

 ウォーターフロントだろうか、日はすっかり暮れたころ、女性2人が橋のむこう側にいて、自転車といっしょに、いる。榛原華子(門脇麦演じる)は橋のこちら側。女性たちが手をふってくる。おずおずと、だんだん大きく手をふる華子。

 時岡美紀(水原希子)は自転車で街を走りぬけてゆく。早朝に、昼日中に。平田里英(山下リオ)と〈ニケツ〉するシークェンス。こんな友だちがいる、いた、いなかった、あこがれたことをおもう、か。自転車が、いい。

岨手由貴子 『あのこは貴族』 バンダイナムコアーツ(2021)

 東京生まれと地方出身者とのコントラスト。意外な、もしかするとドラマへと急展開するかもしれない邂逅が、べつのところへ。榛原華子と時岡美紀を中心としながら、相楽逸子と平田里英、それぞれの友人とのつながり、ひろがってゆく。激情や怒号、叫びや嗚咽や、修羅場や喧騒――そうしたドラマからそっと身をかわして。

 すー、っとのびてゆく弦の音。ぽつりぽつりと水滴のようにおちてくる音がかぶさって。音がすぐ減衰して、消える。はかない。

 似ているのに、のびてゆく、つぎの、つぎの音につなげられてゆく音。メロディになる、音、音たち。

 2つのモティーフが、音楽のすくない映画のなか、ところどころに。ひとつめは、場に寄りそう。ふたつめは、ある感情とむすびつきながら、華子の友人、相楽逸子(石橋静河)が弾くヴァイオリンとともに映画の主張=主調ともなって。

 音の数がすくないながらも、どれかの音をちょっとのばしたり、音色を変えたり、2つのモティーフをかさねたり。ひとの感情は複雑だが、シンプルな音のならびがイマジネーションにはたらきかける。おなじ音が、そのときどきで違う。渡邊琢磨の音楽は豊かだ。

 うつしだされることどもを違和感なくわたしはうけいれている。ふつうの、あたりまえのこととして、みている。街、ホテル、レストラン…… あ、と反応してしまったのは、混みあった居酒屋。いま、2021年の感染症の状況を、気にしていないようで、ナーヴァスになっているのに気づかされる。これは、そう、すこし前、数年前、か――。

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