INTERVIEW

映画=音楽レーベル〈ECTO〉設立にみる、渡邊琢磨の問題提起

映画=音楽レーベル〈ECTO〉設立にみる、渡邊琢磨の問題提起

映画=音楽レーベル〈ECTO〉設立にみる、渡邊琢磨の問題提起

 今日、映画音楽の仕事は非旋律的な楽曲制作から、サウンドデザインの構築まで多岐に渡り、音楽家もスコアリングや器楽的な仕事を超えて、映像と音の相互作用を暗中模索する必要がある——渡邊琢磨は音楽レーベル〈ECTO Ltd〉設立にかんする資料を上記のように書きおこしている。もうしばらくつづけみよう。「これは一方で、旧来のハリウッド映画音楽的、縦型の秩序は崩壊しつつあるということだ」どういうことか。

 映画をめぐる産業構造の変化はみなさんよくご存じである。私たちにとってそれはシネコンの台頭とミニシアターの消失、上映空間のアミューズメント化と、そのことによる鑑賞から体験への「観る」行為の変化、あるいは劇場とネットの映像空間の対置、そこで上映する1時間半を規定とした映画という形式の尺(これは同時に容器としての書物、レコードやCDの収録時間になぞらえられるフィジカルの観点である)とネット配信、さらにそこで重要な位置を占める(海外)ドラマなど、連作形式によるサブスクにおけるビンジウォッチングの一般化からくる、さまざまな視聴スタイルのせめぎあいなどにあらわれる、いわばもっともホットな論点のひとつである。私は渡邊琢磨が満を持してというか、あらためてというか、いずれにせよ、映画と音楽を足場にレーベルをはじめると知って驚嘆の声をあげる以上にうなってしまった。なんとなれば、渡邊琢磨のこころみはみなさんの想像以上に挑戦的だからである。

 このことに、渡邊琢磨が気づかないはずはない。なにせ彼は今年はじめ、みずからメガフォンをとった映画『ECTO』を完成させたばかり。染谷将太、川瀬陽太ら盟友といっていい俳優陣に佐津川愛美をくわえ、恐怖とSFという映画的空想を最大化する主題をもとに、映像のデジタル処理にまでみようみまねでかかわることで、映画の技法への批評的なとりくみをおこないつつ、一方の——というか「本業の」——音楽では作中の音楽を電子化し、弦楽器の生演奏を上映にナマであてる(『ECTO』は渡邊自身の指揮による総勢13名の弦楽アンサンブルの生演奏による同時「上演」ではじめて完成する)という、ハリウッド的伝統からも経済的正攻法からも真逆の発想の「閉じない作品」であったことはこの時点ですでに渡邊琢磨の心中に、冒頭に引いたような旧来のハリウッドが培った映画=産業=構造の変化、ありていにいうなら「崩壊」がみえていたということだろう。

 新レーベルの名称が映画と同じく、ギリシャ語で外を意味するエクトプラズムの“ECTO”であることとはそのことを端的に物語る、さらに設立宣言文には後段があった。「総合芸術とも言われる映画から、ひとつの要素(音)を取り出して、近所の風景や陰気な時間にチューニングし漫然と聴き流す。当然、映画のような劇的変化は起こらないが、緩慢な時間と映画のイメージの隔たりに身を置くと、少しは日常が歪んだりしないものだろうか」この発言の真意をおしはかると、トーキーには音があり、それらはメロディやリズムのある楽曲とはかぎらない。たとえば効果音でもいい。ドアの開け閉めや川のせせらぎ、映画で聞こえるそれらの音は現実の記録の場合もあるし人工的に合成した音のこともある。これらすべてをひっくるめて渡邊琢磨はサウンドデザインをふくむ映画音楽と呼ぶのだが、この観点から映画というものをみかえしたとき、そこには無数の音の働きが透かし彫りになってくる。私たちは音の効能についてしばしば「機能的」という言い方をする。たとえば映画音楽の作曲家があるシーンに音楽をあてようとするとき、その音は必然的に作品内の該当場面の方向づけをあきらかにする役割を担う(ことが多い)。すなわち悲しい場面はマイナー調で、アクションシーンは勇壮な音楽で、といった演出意図を補足する役割を音楽は担うことがすくなくない。このように音(楽)には、作品内の物語(というよりむしろ「時間」というべきかもしれない)を進展する力があり、これを外からの機能とすると、作品内の音響をどうかたちづくるかという、映画空間の内側での音のもつ働きもある。このような形式的かつ芸術的な機能にくわえて、さっこんの映画で音は視聴環境を差異化するパパラメーターの役割もはたしている。むろん劇場でみるか居間のテレビでみるかPCやスマホの液晶でみるか、映画の鑑賞方法の選択は視聴者の自由意志にゆだねられている。ただしシステムがすべてを網羅する世界にあって映画や音楽にも完全な自由などないことを弁えつつ、他方で資本主義的な欲望のエンジンとしてのポスト・ハリウッドとしてのプラットフォーマー(トランスフォーマーみたいだが)らの戦略の反作用をいかに音楽が考察するかがこれからの論点だと、渡邊琢磨は指摘するのである。すくなくとも私はそのような意図を〈ECTO Ltd〉設立の宣言文から読みとり、今後の展開に胸は高鳴るばかりである、というのも日本の映画産業も作曲家もこのことに気づいていないか、自覚的ではあっても手をこまねきがちなのだから、その点でも〈ECTO Ltd〉のこころみは実験的で挑戦的なのである。

 


渡邊琢磨 (Takuma Aatanabe)
音楽大学へ留学。大学中退後、ニューヨークに渡り、キップ・ハンラハンとの共同制作でアルバムをリリースした。以降、国内外のアーティストと多岐に渡り活動している。2004年に内田也哉子、鈴木正人らとバンドsigh boatを結成。2007年にはデヴィッド・シルヴィアンのワールド・ツアーにバンド・メンバーとして参加した。また映画音楽も多数手がけており、代表作としては『ローリング』(2015年)、『美しい星』(2017年)、『ブランク』(2017年)など。2020年にアメリカの音響作家、アキラ・ラブレーとの共作を含む弦楽アンサンブルとライヴエレクトロニクスによる作品集成をリリースする。

 


CINEMA INFORMATION

映画『ゴーストマスター』
監督:ヤング ポール
脚本:楠野一郎/ヤング ポール
音楽:渡邊琢磨
主題歌:マテリアルクラブ「Fear」
出演:三浦貴大/成海璃子
配給:S・D・P(2019年  日本)
○新宿シネマカリテほか絶賛公開中!全国順次ロードショー
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