©Cristiano Diamanti

音楽は緩やかに、回復しているのか。

 唐突だがワープがイギリスのシェフィールドで発足したのは89年。レーベルが誕生したシェフィールドは、製鋼業の中心地で、デトロイトのような場所だと言う人もいる。ワープ誕生時、シェフィールドにも大小いくつもクラブがあった。そこからワープはクラブ=DJカルチャーのネットワークで世界と繋がり、そのネットワークを通じてエイフェックス・ツインやスクエアプッシャーの音楽を世界に届けた。

 ローカル・アーティストを世界に送り出し、世界の音楽を街にコラージュする事、これはレーベルが担う基本的な役割の一つだろう。だが現在、レーベルを取り巻く環境は厳しい。無限に生産されるプレイリスト、あるいはアーティストのエッセンシャルリストさえあればいいという定額制の音楽配信が生み出す架空の需要に踊らされ、惑わされる。現状を維持するか、この新しい波に呑み込まれてしまうべきなのか、その答えを保留したまま、音楽は誰かと出会う場所を見失ってしまった。シュトックハウゼン・サークルの一人である、作曲家/指揮者のピーター・エトヴェシェの言葉を思い出す。「クリエイティヴな精神は、物理的な限界を超えて同じ意識を持つ存在と水平方向に繋がっていくもの」。そして、確かにこの言葉を裏書きするような動きがイギリスから再び見えてきた。

 本稿で紹介するSN Variationsはシェフィールド出身の作曲家、エイドリアン・コーカーが主催するレーベル。最初のリリースは2014年、自身の作品集『Start Merge Fade EP』だった。以降このレーベルのカタログには、エイドリアン以外にもキャバレー・ヴォルテールのメンバー、クリス・ワトソンのインスタレーションのために制作された作品、ジョン・ケージのナンバー・ピース、イタリアの作曲家、ジャチント・シェルシのピアノとチェロのデュオ作品、カザフスタン出身のヴァイオリニスト、Aisha Orazbayevaのヴァイオリン・ソロのために書かれた作品集のアルバム(ケージ、テニー、バッハなど)が加わっていく。今回、新たに立ち上げられたサブレーベルConstructiveから作曲家、渡邊琢磨『Last Afternoon』のリリースが(4月にデジタル、5月にフィジカル CD/LP)アナウンスされて、停滞しているように見えていた音楽シーンが実は、フィジカルなレベルで動いているのかもしれないと、消沈していた気分は騒ついた。ロンドンと仙台が繋がるレーベル? このコロナ禍に? マルチプラットフォームでリリース? シェルシにケージ? レーベルの主催者、エイドリアンに質問をメールしてみた。

 「10年前は、Village Greenから作品をリリースしていたけれど、次の作品の準備をしていたら実験的過ぎると断られてしまった。そこでSN Variationsを立ち上げた。去年までは気ままにリリースしていた。忙殺されていたテレビ番組「Tin Star」、3シーズンの制作が完了し、友人の手助けもあり、ロックダウンでいろんなことができなくなったけれど、レーベルに専念できる時間はあった。我々がリリースしているタイプの音楽を発展するために、姉妹レーベルConstructiveを立ち上げた。最初の二作品では、琢磨と私が共に、映画/テレビに作品を書いている事が共通点だけれど、二人とも実験音楽の世界に関わり、作品の持つ視覚的な要素にも関心がある。レーベルはロンドン在住の友人である音楽家たちと始まったけれど、今では確かにその繋がりは世界的だ。ロンドンは何かと住みにくくなって、音楽家たちはヨーロッパに引っ越したしね。しかしクリエイティヴな繋がりは、残るだろうと思う。たとえ経済的には厳しくてもね」。