1969年、『スペース・オディティ』のヒットのあと、ボウイは自身のアーティストとしてのアイデンティティを確立できずにいた。シンガーソングライターから、ドラッグや狂気を歌うヘヴィーロックへ、1970年、アメリカでリリースされたボウイの3枚目のアルバム『世界を売った男』は、レコード会社にとっても、プロモーションをしにくいアルバムだったのだ。そのため、翌71年、ボウイは、はじめてアメリカに赴いた。そして、審査官に不審がられながらも、アメリカに到着したボウイを待っていたのは、彼の予想を大きく裏切る事態だった。空港に出迎えたマーキュリー・レコードのパブリシスト、ロン・オバーマンからは、就労ビザも発行されておらず、公演を行なうことができないことを伝えられ、ツアーは困惑と失意のうちに出発する。それは、ボウイの兄の愛読書でもあったという、ジャック・ケルアックの「路上(On The Road)」さながらの、自動車によるプロモーターとの大陸横断二人旅であった。
この映画の随所に登場するのが、統合失調症を患う父親違いの兄、テリー・バーンズである。『世界を売った男』は、当時の兄の病状の悪化などによる、ボウイの精神状況が反映されたアルバムであることは知られている。ボウイ自身も統合失調症を患う可能性があることへの恐怖は、ある種の強迫観念のようになっていた。そのような葛藤の中、ボウイは、このアメリカ滞在中に、次なる大きなステップとしての、レーベル移籍や、変化を自身のアイデンティティとすることを宣言する楽曲など、さまざまなチャンスやインスピレーションを得る。そして、自身のアルターエゴを作り上げ、新しいバンドを組み、世界にセンセーションを巻き起こすのである。
先にあげたように、この映画は遺族未公認作品ゆえ、ボウイのオリジナル楽曲が使用できないという、ミュージシャンの伝記映画としてはマイナスともいえる条件で制作されている。主演のジョニー・フリンが歌うオリジナル曲を含む、ヤードバーズなどの楽曲もはまっているが、映画の終盤、あのD.A.ペネベイカーによる、ジギー・スターダストの終りを告げるハマースミス・オデオン公演をおさめた映画が、カメラアングルもそのままに再現されるシーンがこの映画のハイライトではあるだろう。ボウイのオリジナル楽曲は演奏されないが、唯一ジャック・ブレルの“マイ・デス”が象徴的に歌われる。その意味で、この映画はジギー・スターダストの物語というよりも、その誕生を描きながら、最後はジギーを封印したボウイが、次なるキャラクターへ転生することを示唆する映画でもあるだろう。
FILM INFORMATION
スターダスト
監督:ガブリエル・レンジ
プロデューサー:ポール・ヴァン・カーター/ニック・タウシグ/マット・コード
脚本:クリストファー・ベル/ガブリエル・レンジ
出演:ジョニー・フリン/ジェナ・マローン/デレク・モラン/アーロン・プール/マーク・マロン
配給:リージェンツ(2020年|イギリス/カナダ|109分|PG12)
2021年10月8日(金)よりTOHOシネマズ シャンテほか全国公開
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