自身の内面を深く見つめ、たった一人で作り上げた傑作『告白』(2018年)のリリースから3年。butajiから、ついに新作『RIGHT TIME』が届けられた。

前作とはうってかわって、『RIGHT TIME』は数多くのゲストとの共演や共作を軸にした、賑々しく華やかなポップアルバムだ。ジム・オルーク、石橋英子、tofubeats、折坂悠太、STUTS、壱タカシ……活動するフィールドの異なる音楽家たちがさまざまな形で貢献し、『RIGHT TIME』のサウンドを多彩で多様なものにしている。

では、『RIGHT TIME』が表現しているものとは? butajiはここで、どんなことを歌っているのか? 『告白』のリリース以降、ドラマ「大豆田とわ子と三人の元夫」の主題歌“Presence”の制作でも脚光を浴びたbutajiに、『告白』から『RIGHT TIME』へと至る道のり、そして『RIGHT TIME』に込めた思いをじっくりと語ってもらった。

butaji 『RIGHT TIME』 SPACE SHOWER(2021)

 

〈認められたら〉から〈自分を認める〉へ

――『告白』をリリースしたあとの感触はいかがでしたか?

「デリケートなものとして扱われていた感じはするかな。多くの人に届いたものじゃなかったけど、聴いてくれた人はとても大事にしてくれた、という印象ですね」

――その後、一人で作った『告白』からバンドで録音したシングル“中央線”(2019年)へ、という変化には驚きました。

「“中央線”は、実は『告白』が完成する前に出来ていたんです。でも、アルバムに入れるべきじゃないと思って、シングルにしました。

『告白』の反動だったのかな? 『告白』で表現したものとはちがうものを作るとしたらどういうものになるかな、と考えながら作ったところはあったかもしれません。“中央線”が『告白』に対してどういうアンサーになっているのかは、具体的には言いがたいですし、〈なにかが示唆されている〉くらいの作品だと思うんですね」

『RIGHT TIME』収録曲“中央線”

――本当にただの反動だったのでしょうか? 『告白』から“中央線”への変化は、もっと深くて大きなものだと僕は思ったんです。

「(『告白』の)“秘匿”に〈認められたら〉という歌詞がありますけど、そこから主体的に自分を認めることに主題が移っていったんじゃないかな。『告白』は、手に負えないものを手にしたい葛藤だったり、過去と現在の自分との乖離だったり、その距離感についての葛藤だったりを表現していたんです。でも、“中央線”では、だれかに自分をOKしてもらうんじゃなくて、自分で判断をくだしてOKをしていく――そういう切り替わりがあったかもしれないですね」

2018年作『告白』収録曲“秘匿”

 

〈自分自身の表現〉なんて大それたものはないと思っているんです

――“中央線”は、音楽的にも『告白』とは異なっていますよね。すっきりした音像で、爽やかでポップなフォークロックサウンドと力強いストリングスやトランペットが特徴です。

「僕がパソコンで音楽を作りはじめた頃は、聴いたことのないもの、だれも作ったことがないものを作ってみたくて、挑戦心や野心、好奇心があったんです。もちろん、今もないわけじゃないけど、それがちょっと薄れてきたんでしょうね。自分の記名性を手放したというか。自分を満足させるためのこだわりが表現においてどこまで有効なのか? それは手放してもいいんじゃないか? “中央線”でやったことは、そういうことだったのかもしれません。

そこで、なにが自分の表現の柱になっているかと考えて、歌詞に重きを置きはじめたんです」

――つまり、『RIGHT TIME』で試みているように、演奏やアレンジを他人に任せていく、ということ?

「でも、結局、(“中央線”では)譜面もストリングスやトランペットのアレンジも、全部自分でやっているんですけどね。ただ、音像は宅録のものとはまったくちがう。

自分が想定するものよりいいものを作ろうと思ったら、ある程度コントロールを他人に委ねていく、お任せしなきゃいけないんですね。つまり、他人に任せたものを自分がOKする、ということに挑戦したんです。自分一人でやったら、自分が想定したものしか出てこないので、他人に委ねることによって、作品が大きな広がりを持つことができるかもしれない、という期待があったんですね」

――『RIGHT TIME』は、まさにそういう作品ですよね。パーソネルを見ると、とんでもない数のミュージシャンが参加しています。

「『告白』のクレジットは3行ぐらいでしたからね(笑)。対極です。

“中央線”という曲をすでに持っていたからこそ、『告白』ではあそこまで深く掘り下げられたのかもしれない。『告白』を作っていた段階で、〈次の作品をどう作ろう?〉と構想を練っていたからこそ出来たものだと思います。暗中模索の状態で作品は作れないので、常に俯瞰の視点があるんですよ」

――おもしろいですね。あれほどまでにご自身の奥深くに沈みこんだ作品を一人で作りながら、ちゃんと客観視されていたというのは。

「そういうものなんじゃないかな。僕は、〈自分自身の表現〉なんて大それたものはないと思っているんです。自分が大事にしているもの以上に、もしくはそれとおなじように大事にされるべき他人や物事があると思うので、今回は他の人を招いて、その人たちにOKをしたかったのかもしれません」

 

STUTSさんとのコラボは楽しくて刺激的でした

――『RIGHT TIME』のことをお訊きする前に、“Presence”をSTUTSさんと作られたことについてぜひお伺いしたいです。あの曲の制作はどうでした?

「こんなことめったにないんだろうな、っていうくらい楽しかったです。STUTSさんとのコラボレーションは純粋に楽しくて、刺激的でしたね。縛られてはいなかったですよ。お互いを尊敬しながら、自由にやらせてもらいました」

STUTS & 松たか子 with 3exesの2021年作『Presence』収録曲“Presence Remix feat. T-Pablow, Daichi Yamamoto, NENE, BIM, KID FRESINO”。ドラマ「大豆田とわ子と三人の元夫」の主題歌で、butajiは松たか子の歌唱パートのメロディーと作詞を担当した

――“Presence”の制作を経てbutajiさんが変わったことはありますか?

「実感も〈よくやったでしょ〉と顕示する気持ちもなくて、いい曲が出来てうれしい、いい仕事ができた、というだけなんですね。現場の空気がよくて、STUTSさんもスタッフさんもすばらしかったですし。ただ、〈こういうこともできるんだよ〉と示せたとは思います」

――じゃあ、ご自身の曲を作るような感覚だった?

「もちろん、それとはちがいます。松(たか子)さんが歌うという前提でキーを設定しましたし、TVドラマの曲なので日常的に聴かれてほしいと考えていました。STUTSさんは〈これまでの松さんの雰囲気とはちがうものを作りたい〉と言っていたので、その意図も意識しましたし。“Presence”のキーって松さんの本来の持ち味とはちょっとちがうんですけど、新たな側面としてチャレンジしていただきましたね。

ただ、STUTSさんのトラックが導いてくたところが大きくて、僕の仕事はトラックにフィットするものを探っていく作業でした。あんまり作為的なものじゃないんです」

――STUTSさんのビートや曲のテーマからメロディーを彫り出していく、最適なところを探っていく感じ?

「そうですね。どの位置にどの音があったら気持ちいいかな、と探っていきました。〈王道をねらうぞ!〉という感じではなかったです(笑)」

 

すべては未来のために

――『告白』以降、ということで言うと、『告白』について僕がインタビューしたときは、butajiさんがバイセクシュアルであることをカミングアウトされるか迷っていらっしゃったんですよね。その後、butajiさんは〈東京レインボープライド〉に参加されたり、〈プライド月間〉のSpotifyプレイリストのカバーに選ばれたりと、活動が変化したように見えました。

「たしかにそういう側面はあったでしょうね。シーンによりけりですけど、スポークスマン的なポジションや発言を求められるのであれば、社会的な立場から発信することで、できるだけ応えていきたい。それは、将来のためになんです。できる範囲内で、未来のために主張をしていくこと、意識的に変えていくことはやっていきたいし、求められたら応えたいと思っています。僕は、〈この作品がどれだけ長く耐えられるか〉と常に考えながら作品を作っていますし」

butajiがカバーに選ばれたSpotifyプレイリスト〈DISCOVER OUR SPACE〉。セクシュアルマイノリティーによる音楽を称えるプレイリストで、キュレーションはライターの木津毅

――その一方で、『RIGHT TIME』では過去や未来ではなく〈今〉を表現することに重きが置かれていますよね。

「〈今〉を表現しているんですけど、今聴いて、今終わるものを作っているつもりはないんです。今ここにあるシングルイシューについて歌っているわけじゃなくて、もっと奥行きがあるものを作っている。そこは明確にしておきたいですね。主題は〈今〉なんですけど、作品って残るものなので、結局、未来についても言及していることになる――それは、メタ的な視点かもしれないけど」

――〈今〉を表現しても幅広い時間を必然的に含んでしまう、というのはおもしろいですね。

「作品は外側に向かって無限に開いていてほしいけど、奥行きもほしい、何重ものドアがあってほしいんですね。ドアをひとつ開けたら終わりじゃなくて、どんどん奥深くまで行けるものを作りたいんです」

――『RIGHT TIME』は、まさにそういうアルバムだと思います。

 

作品が媒介になってほしい、音楽が機能してほしい

――では、本題である『RIGHT TIME』について訊いていきたいと思います。制作の軸や動機はなんだったんですか?

「“中央線”は2018年にすでにあったんですけど、2019年に“RIGHT TIME”が出来たんです。“中央線”の補強すべきところとか、もっと言いたかったこととかを考えて“RIGHT TIME”が出来たんだと思います。“中央線”は、僕にとってそれほど大きな曲だったんです。“RIGHT TIME”が出来たことで、〈今〉という主題にもっと近づけたんじゃないかな。

その2曲が柱になりそうだったので、あとはそこになにをどう肉付けしていくか、と考えていきました」

『RIGHT TIME』収録曲“RIGHT TIME”

――〈RIGHT TIME〉というタイトルは多義的だと思いました。butajiさんはどんな意味で使っていますか?

「好機、いいタイミング、という意味です。〈今以上にいいタイミングってあるの?〉って。

でも、それを表現することって、ちょっと怖いんです。コロナ禍でどんな言葉がどれだけ有効なのか、まだわかっていなくて」

――コロナ禍で変化した人々や社会に対して、言葉でどんなことをどう表現すればいいのか、つかみがたいもの感じている?

「詩情じゃなくて散文的な表現を重視したほうがいいんじゃないかな、とは感じています。つまり、コミュニケーションを前提とした表現です。それは、“calling”の歌詞に如実に表れています。だから、今回は歌詞に〈社会〉という言葉を使っているし、“calling”で〈同じ課題を僕らは見つめているよ〉という具体的なフレーズを歌っている。

僕は他人に聴かれることを前提に曲を作っているので、作品が媒介になってほしいんですよね。自分の音楽が機能してほしい。作品を介在にして、この現状を打破したいんです。

でも、一般的に〈機能的〉とされているポップスの歌詞は、脆弱だと思う。だから、〈強いものを作らなきゃ〉と思って、このアルバムを作ったところはあると思います。ポップスの言葉が脆弱だと、それに対するカウンターも成立しないですからね」

『RIGHT TIME』収録曲“calling”

――特に『RIGHT TIME』は、言葉の表現の比重が大きくなっていますよね。

「そうなっていますね。最近、メロディーはなんでもいいって思っちゃっているんです(笑)。メロディーもコード進行も、突き詰めていけば、それなりのものがいくらでも出来ちゃうから。メロディーの一節を聴いただけで〈この人の曲だ〉ってわかるようなものを作るのは、現代では至難の技です。あとはもう、平均律から外れるしかない(笑)。

僕はそこで分別をつけて、歌詞のほうにどんどん没頭していった。こちらとしては、言いたいことがたくさんあるので(笑)」

――メロディーやコード進行は作り手と聴き手が了解しているルールにある程度縛られますし、だからこそ効果的に機能するものですからね。

「そうですね。僕たちはみんなが共有しているもの、前提として認識しているルールのなかでゲームをしているけれども、そこに新たに参加してくる人をどうやって受け入れたらいいんだろう、どれだけ多くのものを受け入れられるんだろう、ということをずっと考えてます。そこはアップデートしていきたいんです」

――それは、butajiさんが、それでもポップスというものを信じているからなんじゃないですか?

「うん。カミングアウトして、マイノリティーの側から社会を見ていると、その立場にならないとわからない虐げられている感じがあるんです。それは、マジョリティー側のポップスについて僕が感じてきたことでもあります」

 

わかりあえない、でも諦めない

――『告白』については、〈わかりあえない〉ことを歌った、とおっしゃっていましたよね。でも、『RIGHT TIME』を聴いて感じたのは、わかりあえることや多様な人を抱擁して迎え入れること、共感、優しさ、他者への慈しみといったものだったんです。〈わかりあえない〉から一歩進んだ表現になっているというか。

「わかりあえないのは、もうわかっているんですよね。たどり着いたのは、〈でも諦めない〉ってことなんです。立場を反転させたわけじゃなくて、〈わかりあえないことはわかっているけど、でも諦めません〉と。〈もしかしたらわかりあえる瞬間があるかも〉と示唆したかったし、それが希望なんじゃないかと思います。

その意味で、『告白』から『RIGHT TIME』への流れは、自分で立てた課題に自分で回答する、ということだったのかもしれません」

――折坂悠太さんが『ざわめき』というEPをリリースしたときに、それ以前の『あけぼの』や『たむけ』から一気に開かれた表現になったことをよく覚えていて、その変化に近いものを今回のbutajiさんに感じたんですよね。そんなことを考えながら『RIGHT TIME』を聴いていたら、折坂さんの名前がクレジットされていて驚きました。

「“トーチ”の歌詞を書いてもらったんです」

『RIGHT TIME』収録曲“トーチ”。作詞は折坂悠太

――“トーチ”は2020年にシングルとしてリリースされていて、折坂さんの新作『心理』にも収録されています。“トーチ”を共作したきっかけは、2019年のツーマンライブですか?

「あのときのツアーをやるにあたって、〈共作したいね〉と話していたんです。で、僕がメロディーをお送りして、折坂さんが歌詞を書いてくれました。

当時、千葉を襲った台風が大きな損害を出したあとで、次の日に外に出たら看板やビニール袋や枝がコンクリートの上に散乱していて、雨は降っていなかったけど、空が灰色だったんですよね。その風景を見てメロディーを作りました、と添えてお送りしました。

僕のメロディーはすんなり出来たけど、歌詞を書くのは大変だったかもしれないですね。さっきも言ったように、メロディーとコード進行は無限に提案できるので、〈これが合わなかったら、いくらでもちがうものを作ります〉と思っているんです。でも、歌詞は書く人の要素が出る部分が多いので、難しいじゃないですか」

折坂悠太の2020年のシングル“トーチ”。2021年のアルバム『心理』には再録版が収録されている

――今の状況を歌っているようにも思える、示唆的な歌詞ですよね。

「2019年の曲なのに先取りしていたというか、今の状況に合致しているところがありますね。

まっすぐ正面からぶつかってきてくれた、とてもいい歌詞だと思いました。僕は、そこに込められた意図をとりこぼさないように、精一杯歌うことに努めよう、という気持ちでしたね」

――『RIGHT TIME』の歌詞は、具体的な描写が増えていますよね。“calling”には〈根深いトラウマ/心ない言葉/知れば知るほど気分が/重くなるようなニュース〉というラインがあって、Twitterのタイムラインなんてまさに毎日そういう感じだな、と思いました。

「ああいうひずみが生まれることが、Twitterというシステムのプログラムのひとつなんだと思うようになりました。個々人の責任というより、もうちょっと大きな枠の問題で、構造そのものに欠陥があると思うんです」

――2020年のブラック・ライヴズ・マター運動で初めて知った言葉のひとつに、〈システミックレイシズム〉というものがあるんです。つまり、人間の心の問題に還元できない、構造にあらかじめ埋め込まれた差別のことです。もちろん人々の考え方や心のありようを変えていくことは重要なのですが、差別をなくすためには社会の仕組みやプログラム自体を変えていかなきゃいけない。でも、それがいちばん難しい。

「そう。つまり、見えないものですよね。目の前で燃えているものに対してつい目がいっちゃうけど、その先にある根深くて大きなものをたどっていくことって、とても大変なんですよね。でも、そこに問題の根があるんだったら、直視するべきだと思うんです。生きていくには、そういうものをありのままに見るしかない。自分自身をプログラムの外側に置いてみて、それを受け止めて、問題の根を表出させるしかない。このアルバムの主題は、そういうことでもあると思います」

 

多種多様なミュージシャンたちとの共同作業

――さきほど言ったとおり、このアルバムにはたくさんのミュージシャンが参加しています。まず、壱タカシさんが“calling”と“acception”にピアノで参加されていますよね。壱さんはクィアなパーソナリティーを表現するシンガーソングライターであり、愛を歌う歌手でもあり、butajiさんの表現と共振する音楽をやっている方だと思います。

「壱さんには、まず“acception”に参加していただいたきました。それでとてもフィットしたので、次も一緒にできたらいいなと思って。で、“calling”のアレンジを考えるうえでピアノは欠かせないと思ったので、だったら壱さんに弾いていただこうと。

ディレクションしたことは少なくて、本当に自由にやっていただいて、それがとてもよかったんです」

『RIGHT TIME』収録曲“acception”

――“トーチ”と“春雷”は、キーボードに石橋英子さん、ドラムスに山本達久さん、ベースにマーティ・ホロベックさん、ギターにRiki Hidakaさんと錚々たるメンバーが参加していて、さらにジム・オルークさんがミキシングをしています。

「“トーチ”も“春雷”も、仮のアレンジを打ち込んだデモとコード譜のスコアをたたき台にして、スタジオで練り上げていきました。みなさんがどんどん提案をしてれるので、それを受け入れていくのがすごく気持ちよかったですね。

とはいえ、スコアの強さについてはずっと考えていました」

『RIGHT TIME』収録曲“春雷”

――『RIGHT TIME』を映画にたとえると、butajiさんは脚本家であり監督だった、と言えそうですね。

「そうかもしれません。スコアは、映画だったら脚本ですよね。それが強くないとポップスとして成立せずに、そこから外れてしまうと思います」

――作曲の段階で強度を高くしておいて、それを演奏してもらうと。

「うん。歌詞も含めて、そうですね」

――STUTSさんとの“YOU NEVER KNOW”と“I’m here”は、“Presence”からの流れで?

「そうです。一緒にした作業がとてもよかったので。

“I’m here”は完成に近いデモがすでにあって、それをSTUTSさんに解体してもらって、リアレンジしてもらいました」

『RIGHT TIME』収録曲“I’m here”

――ソウルっぽいホーンのアレンジが意外でした。

「普段は自分でアレンジするんですけど、あれはトランペットの高橋三太さんに書いてもらったものです。

“YOU NEVER KNOW”はアルバムのなかでも最後に出来た曲で、僕が弾き語りで鼻歌を歌っているデモをSTUTSさんに共有して、そこから構築していきました。そんな初期の段階から曲を共有して作業するのは、僕にとって初めてだったかもしれないですね」

『RIGHT TIME』収録曲“YOU NEVER KNOW”

――『RIGHT TIME』の制作は、あらゆる点で自分自身を他者に開いたり、他者を受け入れたりする作業でもあったわけですね。

「完成形が見えているなら、そのビジョンを共有するに越したことはないと思うので、僕はいつも完成に近いデモを共有するようにしているんです。でも、“YOU NEVER KNOW”が出来たときはアルバム制作の最後の段階で、大枠が出来ていたので、どんな曲が出来ても大丈夫だった。なので、ラフな段階からSTUTSさんに参加してもらったんですね」

――“free me”は、tofubeatsさんがリアレンジしたものです。もともと、“free me”と“acception”はBandcampで発表されていた曲でしたね。

「“free me”はブラッシュアップしてもらいたかったし、もっとクラブオリエンテッドなものにしたかったんですよね」

『RIGHT TIME』収録曲“free me (feat. tofubeats)”

――前半はワブルベースがうねっていて、中盤でアシッドハウス風に、後半はストレートなハウスへ、という展開がおもしろいですね。

「現場で鳴らされる曲にしたかったので、ハコの鳴りをちゃんと把握されている方にお任せするべきだと思って、tofuさんにお願いしました。やっぱり、フィットしましたね。素晴らしい仕上がりだと思います」

――あと、Taiko Super Kicksのギタリストである樺山太地くん、ドラマーの岸田佳也さん、トリプルファイヤーのベーシストである山本慶幸さん、というバンドで4曲録音していますね。『告白』のリリースパーティーで演奏したバンドのメンバーだと思いますが、気心の知れた仲なんじゃないですか?

「そう思います。ただ、どうでしょうね(笑)? お互いに深く踏みこまないようにしておるところもあると思うんですよ(笑)。付き合いは長いですし、いい関係ではありますけどね」

 

人生って音楽を聴いていない時間のほうが長いじゃないですか

――『RIGHT TIME』は、そういう参加メンバーの多彩さや音楽的な振れ幅の広さ、それ自体が多様性の表現になっているようにも思えますね。

「自分はずっと、こういうものを作りたかったんでしょうね。アートワークを我喜屋(位瑳務)さんにお願いしたのも、ファーストアルバム(2015年作『Outside』)のことが頭の片隅にあったからかもしれません。色とりどりのものを詰め込んだファーストをもっとブラッシュアップした作品を作りたい、という気持ちがあったかもしれないですね」

――『RIGHT TIME』については、〈出会った人のお守りになるようなもの〉とコメントがありますよね。『告白』は内面の奥底に深く潜りこんで、そこから汲みあげたものを表現した作品だったと思うのですが、『RIGHT TIME』は外側へと無数の線が引かれていて、聴いていてすごく勇気づけられます。〈自分や他人にOKをする〉という話もありましたけど、それはつまり肯定するということですよね。butajiさんご自身も、どこか肯定的で楽観的なムードのなかで作られたんじゃないですか?

「3年間制作していたので浮き沈みはありましたが、楽観的でしたね。ストイックな制作ではなかったと思います。最初に曲を生み出す、デモの制作ではストイックになる瞬間ももちろんあったんですけど、そのあとはいろいろな人が助けてくれるとわかったので、それを受け入れていく作業でした。楽しかったし、ずっといい時間でしたよ」

――そんな多様な作品ですが、軸には〈今〉というテーマがある。それを象徴するように、“RIGHT TIME”に〈「今」に帰ってこい〉という強烈なフレーズがありますよね。

「それはね、〈『告白』から帰ってこい〉という意味でもあるんです」

――ご自身に言い聞かせていることでもあるんですね。でも、このラインは、リスナーとしてもはっとさせられます。自分の気持ちが〈今ここ〉ではないどこか別の場所に行ってしまっているようなときもあるので、そこであのラインが耳に飛び込んでくると、〈ああ、「今」に帰ってこなきゃ〉と思うので。

「僕もそう思います。だれしも人生で培ってきたものって多すぎるし、どんどん増えていきますよね。だから、目の前にあるものがちゃんと見えているかどうか、わからなくなる瞬間がある。目の前にあるものをちゃんと見ることは、とても難しいと思うけど、でも目を背けるべきじゃないと思うんですね。〈今を生きるってどういうことなんだろう?〉と突き詰めていくと、〈見るべきものを見つめること〉になると思ったんです」

――でも、ポップスに限らず音楽って、夢を見せたり、逃避的な感覚をもたらしてくれたりする面もあるじゃないですか。

「聴いている瞬間だけ楽しい音楽っていうのは、僕は無責任だと思っていますよ(笑)。だって、人生って、音楽を聴いていない時間のほうが長いじゃないですか。そう考えると、〈今だけよければいい〉というものじゃなくて、僕は自分がいつでも思い出せるものを作りたいし、他人にいつでも思い出してもらえるようなものを作りたい。だから、スコアが強いものを作らなきゃいけないんです。音楽を聴いていない、生活している時間に音楽がどう作用するか、できれば作用してほしい――そのことを考えながら、僕は作品を作っています」

 


RELEASE INFORMATION

butaji 『RIGHT TIME』 SPACE SHOWER(2021)

リリース日:2021年10月6日
品番:PECF-1186
価格:3,080円(税込)
作家・滝口悠生による書き下ろし掌編小説「タッチ」収録

配信リンク:https://ssm.lnk.to/RIGHTTIME

TRACKLIST
1. calling
2. free me (feat. tofubeats)
3. acception
4. YOU NEVER KNOW (feat. STUTS)
5. I’m here (feat. STUTS)
6. 友人へ
7. トーチ
8. RIGHT TIME
9. 中央線
10. 春雷

参加アーティスト:石橋英子/STUTS/tofubeats/壱タカシ/樺山太地/岸田佳也/坂口光央/高橋三太/竹内悠馬/Tomi Yo/徳澤青弦カルテット(藤堂昌彦/徳永友美/生野正樹)/中西秀斗/マーティ・ホロベック/山本達久/山本慶幸/Riki Hidaka

 

LIVE INFORMATION

RIGHT TIME / RIGHT PLACE
2021.11.22(月・祝前日)東京・渋谷 WWW
開場/開演:18:00/19:00 
出演:butaji
ゲスト: STUTS
前売り:3,500円
チケット発売:2021年9月14日20:00
販売URL:https://eplus.jp/rt-rp-www/
https://www-shibuya.jp/schedule/013776.php

■バンド
樺山太地(Taiko Super Kicks):ギター
山本慶幸(トリプルファイヤー):ベース
坂口光央(石橋英子 with もう死んだ人たち/見汐麻衣など):キーボード
岸田佳也(トクマルシューゴ/吉田ヨウヘイgroupなど):ドラムス

※本公演はWWWの新型コロナ対策ガイドラインに基づいて開催されます。WWWのオフィシャルサイトをご確認のうえ、チケットをご購入ください

 


PROFILE: butaji
東京に住むシンガーソングライター。幼少期からクラシック音楽に影響を受けて作曲を始める。コンセプト立てた楽曲制作が特徴で、生音を使ったフォーキーなものから、ソフトシンセによるエレクトロなトラックまで幅広い楽曲制作を得意とする。2013年に自主制作したEP『四季』が話題を呼び、2015年にファーストアルバム『Outside』、2018年にセカンドアルバム『告白』を発売。ライブでは弾き語りをはじめバンド、デュオなどのさまざまな形態で活動中。