稠密なスタジオワークが光る多層的なジャズ・アルバム
5年ぶり5作目となるバッドバッドノットグッド(BBNG)の新作でまず目につくのはそっけなかったこれまでのスタジオ作とうってかわって『Talk Memory』と思わせぶりな表題を付しているところ。〈記憶を告げる〉の意味であろうが、彼らのいう記憶とはなにか。そこにいく前にサウンドにふれると、2010年代以降のジャズやビートミュージックにシンクロする浮遊感、ゴーストフェイス・キラらラッパーとの協働でも披露した微細で自在なリズムアプローチなど、2010年の結成から十年あまりの活動で自家薬籠中のものにした方法はそのままに、『Talk Memory』ではより構築的な境地にふみこんでいるのがわかる。
丁々発止のライヴ感より入念なスタジオワークに力点を置いたといえばいいか、たとえば3曲目の“City Of Mirrors”ではタイムキープを離れたドラムと鍵盤のかけあいにつづき、主題に復帰しスコアに準じた展開に移っていく。この曲以降、中盤の3曲ではブラジルのプロデューサー兼ミュージシャンのアルトゥール・ヴェロカイのポール・バックマスターばりの流麗なストリングスが夢幻的な彩りを添えるが、ジャズらしいインタープレイと饒舌な弦の対比は本作におけるBBNGのコンセプトをもうきぼりにする。それすなわち即興と作曲の多層構造であり、斑状の多彩な響きは『Talk Memory』にくりかえし耳を傾けさせる魅力にもなっている。
ここでいう作曲は編曲や楽器の音色の選択をふくみ、プロデュースにちかいが、彼らの言い方を借りれば〈poetic communication〉――音楽による詩的コミュニケーションといいたくなる趣がある。この用語はアルバムの第一弾シングル“Signal From The Noise”にあわせてリリースしたA全四つ折りのポスタージンにあらわれる文言で、印刷物という旧来のメディアを手がけるにあたっての口上のようなものだが、ここにはおそらく音楽のみならず、文化の豊穣な歴史が二重写しになっているのは、ジンに登場する幾多の人物や事象ををめぐる思索にあきらかである。ただし『Talk Memory』の聴きどころは、それらの記憶をノスタルジーと無縁な構造物に磨きあげた点にある。