キングはキングを知る――90年代から世界に飛躍した伝説的なdj hondaに百戦錬磨のILL-BOSSTINOはどう挑んだのか? 憧れを超えた衝撃的なタッグ・アルバムの舞台裏とその大いなる成果を語る!

感じたプレッシャー

 ドラマは日常に転がっているものだ――昨年秋、DJ KRUSHとdj hondaを同時に招いたイベントが札幌で開催され、ILL-BOSSTINOもそこに居合わせていた。その夜、物語が動き出す。朝まで酒を酌み交わし、初めて音楽についてたっぷり話した際にdj hondaがひと言、〈じゃあ、来週スタジオに来いよ〉。ILL-BOSSTINOはこう振り返る。

 「行ったら〈ビート聴くか?〉って、いきなり200曲くらい目の前に出されて。聴いていったら全部良くて、〈じゃあ、録ってみようぜ〉って。録り終えたら、hondaさんがミックスを始めて2時間ぐらいで曲が出来たんだよね。その仕事の早さと独特の鳴りに飛ばされちゃって。いろんな人と曲を作ってきたなかの1曲になるかなと思ってたんだけど、やっぱり他のトラックメイカーとは鳴りが別格で、こりゃ〈混ぜるな危険〉だなって。だったらhondaさんのビートだけでアルバム行くしかないっしょ、って1日ですべてが始まった。そんな始まりはないし、ビックリだった」。

dj honda × ill-bosstino 『KINGS CROSS』 THA BLUE HERB RECORDINGS(2021)

 そして、その日に出来たという“GREED EGO”を皮切りに完成したのが、dj honda × ill-bosstino名義の『KINGS CROSS』だ。これまでと違う作業工程はBOSSにとって驚きの連続だったという。貰っていたビートに合わせていく作業もあったが、それも後半になるとdj hondaがその場でネタを選んでビートを組み立てていき、その間にBOSSはリリックが用意するという段階に入っていった。レコーディングもエンジニアリングもミックスもマスタリングもすべてdj hondaが一人で行い、数時間後には曲が完成してしまう、恐るべき早業だった。

 「いろいろなビートメイカーと曲を作ってきたけど、大抵はビートを貰って、そこから選ばせてもらって作っていくやり方。その作り方をした部分は今回もあったけど、後半にやったような、その場でゼロから作っていく作業は最近やっていない。またやってみたかったんだよね」。

 レコーディングではラップもほぼ一発勝負。収録曲の“A.S.A.P.”には、〈BOSS もうそれでいい 無駄に手を加えるな これでいい 最初ならではの息遣いが聞こえていい そこにこそ価値があるって認めてみ〉という、今回のスタジオワークが垣間見える一節もある。

 「基本的にはワンパンチ。〈1回で決めろ、それがラッパーだ〉みたいな空気がスタジオには常にあった。hondaさんはアメリカ時代からずっとそうしてきたんだと思う。そこでの勝負に、俺なりに食らいついていかなきゃならない。できない奴だと思われたくないし、そういうプレッシャーも含めて、何もかもフレッシュだった」。

 一方で、BOSS自身がそういうフレッシュさを求めていた時期でもあったという。

 「ヒップホップってのはそういうものだと頭では思ってた。キャリアの初期はそうやってもいた。でも、熟練して洗練されていくと、どうしても完璧なものを作りたいという頭になって、技巧を凝らしていくようになる。ただ、そのやり方はO.N.Oと30曲2枚組の『THA BLUE HERB』(2019年)を作って、極めた感があったんだよね。だから、〈次は何をする?〉っていう時期でもあって。その場で出たものをそのままパッケージすることのおもしろさに今回は立ち戻らせてもらえた。自分が青春時代に〈ヒップホップってこういうものなんだろうな〉と思っていたことの答え合わせをしている感じもあって、すごく楽しかった」。

 そうした作業に感化されてか、本作のリリックにはキャリア初期の思い出を手繰り寄せるような言葉も多く出てくる。マイクを握りはじめた頃の初期衝動や、雲の上の人だったdj hondaへの憧憬は、MVが公開された先行曲“COME TRUE”や“A.S.A.P.”にも刻まれている。

 「hondaさんにはアメリカに行って成功したという不動のキャリアがあるけど、正直それを若い世代がどこまで知っているのか。hondaさんは2009年に帰国して、いろんなラッパーとたくさん仕事をしていい曲を残してきたけど、dj hondaその人自身や実績をもっと伝えられるはずだとずっと思ってた。だから、〈この人はこういうことをやってきたんだ〉ということを曲で、しかもノンフィクションで伝えるものを最初に出したかった。その意味では同時期に作っていたYOU(THE ROCK★)ちゃんの『WILL NEVER DIE』に近いかもしれない。hondaさんの生い立ち、成り上がりのストーリーをちゃんと伝えたかったんだ」。