
キングはキングを知る――90年代から世界に飛躍した伝説的なdj hondaに百戦錬磨のILL-BOSSTINOはどう挑んだのか? 憧れを超えた衝撃的なタッグ・アルバムの舞台裏とその大いなる成果を語る!
感じたプレッシャー
ドラマは日常に転がっているものだ――昨年秋、DJ KRUSHとdj hondaを同時に招いたイベントが札幌で開催され、ILL-BOSSTINOもそこに居合わせていた。その夜、物語が動き出す。朝まで酒を酌み交わし、初めて音楽についてたっぷり話した際にdj hondaがひと言、〈じゃあ、来週スタジオに来いよ〉。ILL-BOSSTINOはこう振り返る。
「行ったら〈ビート聴くか?〉って、いきなり200曲くらい目の前に出されて。聴いていったら全部良くて、〈じゃあ、録ってみようぜ〉って。録り終えたら、hondaさんがミックスを始めて2時間ぐらいで曲が出来たんだよね。その仕事の早さと独特の鳴りに飛ばされちゃって。いろんな人と曲を作ってきたなかの1曲になるかなと思ってたんだけど、やっぱり他のトラックメイカーとは鳴りが別格で、こりゃ〈混ぜるな危険〉だなって。だったらhondaさんのビートだけでアルバム行くしかないっしょ、って1日ですべてが始まった。そんな始まりはないし、ビックリだった」。

そして、その日に出来たという“GREED EGO”を皮切りに完成したのが、dj honda × ill-bosstino名義の『KINGS CROSS』だ。これまでと違う作業工程はBOSSにとって驚きの連続だったという。貰っていたビートに合わせていく作業もあったが、それも後半になるとdj hondaがその場でネタを選んでビートを組み立てていき、その間にBOSSはリリックが用意するという段階に入っていった。レコーディングもエンジニアリングもミックスもマスタリングもすべてdj hondaが一人で行い、数時間後には曲が完成してしまう、恐るべき早業だった。
「いろいろなビートメイカーと曲を作ってきたけど、大抵はビートを貰って、そこから選ばせてもらって作っていくやり方。その作り方をした部分は今回もあったけど、後半にやったような、その場でゼロから作っていく作業は最近やっていない。またやってみたかったんだよね」。
レコーディングではラップもほぼ一発勝負。収録曲の“A.S.A.P.”には、〈BOSS もうそれでいい 無駄に手を加えるな これでいい 最初ならではの息遣いが聞こえていい そこにこそ価値があるって認めてみ〉という、今回のスタジオワークが垣間見える一節もある。
「基本的にはワンパンチ。〈1回で決めろ、それがラッパーだ〉みたいな空気がスタジオには常にあった。hondaさんはアメリカ時代からずっとそうしてきたんだと思う。そこでの勝負に、俺なりに食らいついていかなきゃならない。できない奴だと思われたくないし、そういうプレッシャーも含めて、何もかもフレッシュだった」。
一方で、BOSS自身がそういうフレッシュさを求めていた時期でもあったという。
「ヒップホップってのはそういうものだと頭では思ってた。キャリアの初期はそうやってもいた。でも、熟練して洗練されていくと、どうしても完璧なものを作りたいという頭になって、技巧を凝らしていくようになる。ただ、そのやり方はO.N.Oと30曲2枚組の『THA BLUE HERB』(2019年)を作って、極めた感があったんだよね。だから、〈次は何をする?〉っていう時期でもあって。その場で出たものをそのままパッケージすることのおもしろさに今回は立ち戻らせてもらえた。自分が青春時代に〈ヒップホップってこういうものなんだろうな〉と思っていたことの答え合わせをしている感じもあって、すごく楽しかった」。
そうした作業に感化されてか、本作のリリックにはキャリア初期の思い出を手繰り寄せるような言葉も多く出てくる。マイクを握りはじめた頃の初期衝動や、雲の上の人だったdj hondaへの憧憬は、MVが公開された先行曲“COME TRUE”や“A.S.A.P.”にも刻まれている。
「hondaさんにはアメリカに行って成功したという不動のキャリアがあるけど、正直それを若い世代がどこまで知っているのか。hondaさんは2009年に帰国して、いろんなラッパーとたくさん仕事をしていい曲を残してきたけど、dj hondaその人自身や実績をもっと伝えられるはずだとずっと思ってた。だから、〈この人はこういうことをやってきたんだ〉ということを曲で、しかもノンフィクションで伝えるものを最初に出したかった。その意味では同時期に作っていたYOU(THE ROCK★)ちゃんの『WILL NEVER DIE』に近いかもしれない。hondaさんの生い立ち、成り上がりのストーリーをちゃんと伝えたかったんだ」。
ひたすらやり続けること
dj hondaは35年以上、ILL-BOSSTINOは約25年のキャリアを持つ。本作にはベテランとしての矜持、ベテランだからこその憂いや嘆きも綴られている。
「自然とそうなったのかも。制作の前半に作った曲では、hondaさんと1対1でやること自体の昂揚感だったり、ぶつかり合いがテーマになってる。だけど、後半になると、自分のこれまでの詞世界の延長というか、2枚組を出してコロナ禍を経た俺は2021年現在こう思うっていうリリックに着地するようになった。最初はヒップホップ的な会話だけど、後半はそれを超えられた。そこまで行けて良かったと思ってる」。
制作の後半ではdj hondaから渡されるビートにも変化が表れはじめたという。
「最初はストロング・スタイルというか、剛に対して剛で返していく感じだったんだけど、剛と剛の対決は初期衝動でできちゃうというか。アルバム全体のことを考えると柔のやり方も欲しかったんだけど、10曲くらい作ったときにhondaさんが出してきたトラックがメロウでソウルフルなものだったんだ」。
そうして生み出されたのが“CAUSE I’M BLACK”や“GOOD VIBES ONLY”、MVが制作された“SEE YOU THERE”。なかでも“CAUSE I’M BLACK”のフックでは「トラックに感化されたね。俺の知らない俺を引き出してもらえた」と語る通り、珍しく歌うようなフロウも聴くことができる。さらに中盤の“EVERYWHERE”で聴ける清涼感のあるアコギのループや、“SIGNATURE”での美しいピアノの旋律、“BANDIERA”での印象的な女性の声ネタも〈柔〉のテクスチャーを創出。男臭い作品に艶麗な雰囲気を加味している。その“BANDIERA”で使われたSEや、要所に散りばめられた声ネタのスクラッチも楽曲の臨場感やドラマ性をアップ。もともとストーリー性の高いリリックを書くILL-BOSSTINOだが、その持ち味がdj hondaのドラマティックなトラックによって、さらに引き立てられている。
「やっててハマってるなと自分でも思ってた。やっぱりhondaさんのトラックは劇画チックだよね。あと、俺の中ではdj hondaといえばスクラッチっていうくらい特別な要素で、曲に展開をつけるためにもスクラッチはたくさん入れてほしいと思っていたんだ。今回はhondaさんの過去の曲から声ネタを選ぶというルールを自分で勝手に設けてたんだけど、hondaさんは全部覚えてるんだよ。〈あの曲の、あのヴァースの、あの言葉わかりますか?〉って言うと、〈これか〉ってすぐ出してくれて、しかも全部アカペラで持ってる。俺にとってヒーローだった向こうのラッパーたちの息遣いがハーハー聴こえるようなアカペラを持ってるんだ。それを擦ってもらったんだから、超贅沢な時間だったよ」。
今回の『KINGS CROSS』の制作を通じて、ILL-BOSSTINOの目にdj hondaの存在はどう映っていたのか。
「ビートの鬼だね。実績もそうだけど、あんなにずっとやってる人は知らない。いまこの瞬間もビートを作っているだろうし、昨日も作ってたし、明日も作るはず。〈昔は凄かった〉という人なら大勢いるけど、いまもこんなにやってる人はいるか?って感じ。本当に凄いなって思う」。
ひたすらやり続けること。それを今回のdj honda道場で学んだというBOSSは、dj hondaのことを「ミュージシャンシップの塊」だとも表現する。
「もう呼吸の域だね。呼吸するようにビートを作る。ジャズってこれなんだろうなって初めて思った。ジャズ・ミュージシャンがそのときの呼吸で毎晩違う演奏ができるように、hondaさんも1つのネタから、今日、明日、明後日で全部違う曲が作れる」。
この取材の前日に50歳を迎えたILL-BOSSTINO。孔子は〈五十にして天命を知る〉と遺したが、ILL-BOSSTINOもdj hondaの姿勢から今後の羅針盤を見つけたようだ。
「自分も相当やってきたつもりだったけど、これでも足りねえんだって。身をもってそれを教えてくれる人にヒップホップで同じ地元で初めて出会えたし、やっと先が見えた感じがする。俺もこのままヒップホップを追いかけていったら、hondaさんのような領域に行けるのかもって。それが超楽しみになってきたから」。
関連盤を紹介。
左から、THA BLUE HERBの2019年作『THA BLUE HERB』、2020年のEP『2020』、YOU THE ROCK★の2021年作『WILL NEVER DIE』(すべてTHA BLUE HERB RECORDINGS)
dj hondaの簡単には振り返れないプロフィール
世代によっては彼が“Good Times”の2枚使いで会場を熱狂させる痛快な映像を観たことがあるかもしれないし、そうでなくても〈h〉のロゴを目にしたことはあるだろう。そうした表層的なイメージの流布に対して実像はどの程度の認識があるのか。そのあたりはILL-BOSSTINOがドラマティックに語る『KINGS CROSS』を聴いていただくのが早いが、ここではdj hondaの足取りを簡単に紹介しておこう。
もともとロック・バンド志向だったdj hondaは静岡のクラブでDJのキャリアを開始し、そのなかでヒップホップに出会っている。80年代半ばにはThe JG’sというユニットで活動(久保田利伸の初期シングルなどにリミックスで参加)もしていたが、独自にターンテーブル技術の研究を進め、90年にNYのニュー・ミュージック・セミナーにおけるDJバトル〈Battle Dor World Supremacy〉に出演。再出場した92年に準優勝を果たして一躍シーンに勇名を轟かせることになった。
が、多くのバトルDJがターンテーブリズム探求の道に進んでいくなか、彼にとってバトルDJとしての名声は本場へのエントリー手段だったようで、94年に渡米してからはトラックメイカーとしての活動に専念していく。95年にはレッドマンやギャング・スター、コモン、ファット・ジョー、ビートナッツら多彩なMCを迎えて初のアルバム『dj honda』をリリース。同作はエピック系列のレラティヴィティからUSリリースされ、続く97年のセカンド・アルバム『h II』はビルボードにランクイン。デ・ラ・ソウルやKRS・ワン、キャンプ・ローら当時の旬なメンツを迎えた同作は、翌98年のUS版では脚光を浴びはじめた頃のモス・デフとの“Travellin’ Man”も収録している。とんでもない次元で浸透~流行した自身のファッション・ブランド〈h〉が大きく広がったのもこの頃だ。
その後に自身のdj honda recordingsをレーベルとして日米で本格始動した彼は、2001年のサード・アルバム『h III』から現在に至るまでインディペンデントなスタンスで活動を続けていくことになる。2002年にPMDとのタッグ作『Underground Connection』を発表したのも驚かされたものだ。2009年にはプロブレムズとの『All Killa No Filla』、そしてモス・デフやEPMD、クールGラップ、ショーン・プライス、ラス・カスらを迎えた4作目『dj honda IV』を発表し、同年には北海道に帰還してスタジオを構えるに至った。
そんな彼が日本のアーティストも手掛けるようになったのは般若にビートを提供した2005年頃からで、帰国後はB.I.G.JOEやHOKT、Blahrmy、MC TYSON、Lisky.S、GADORO、阿修羅MICらにコンスタントにビートを提供したほか、KOJOEやZEUSらを迎えた自身名義のトラックもマイペースに発表。一方では日野皓正とのチャレンジングなコラボでも注目を集めるが、90年代の活躍を肌身で知らない層のリスナーにも彼の凄味をわかりやすく知らしめた最大の成果といえば、B.I.G.JOEとのタッグ作『Unfinished Connection』(2015年)、そして紅桜との『DARK SIDE』(2019年)というハードコアなアルバム2枚だろう。単曲でいえばTV番組「フリースタイルダンジョン」きっかけで生まれた輪入道 × DOTAMA × mu-tonの“TAG S**T”(2018年)や、SIMON JAPの人気曲“くそったれ For Life”(2018年)もdj honda印のビートだ。近年も輪入道やUZI、阿修羅MICの楽曲を手掛けているが、ヴォリュームのある濃厚な作品集としては今回の『KINGS CROSS』が3年ぶり。彼ならではの骨太なビートのタイムレスな魅力はどこからでも味わうことができる。 *轟ひろみ
左から、般若の2005年作『根こそぎ』(FUTURE SHOCK)、EPMDの2008年作『We Mean Business』(EP)、B.I.G.JOEの2010年作『RIZE AGAIN』(TRIUMPH)、日野皓正の2011年作『AFTERSHOCK』(ソニー)、日野皓正の2013年作『unity h factor』(J LAND)、阿修羅MICの2016年作『CHAIN GANG』(KITCHEN HOUSE)、MC TYSONの2016年作『The Message』(CHECKMATE)、GADOROの2017年作『花水木』(SUNART)、Lisky.Sの2017年作『Represent』(CHECKMATE)、SIMON JAPの2019年作『くそったれ For Life』(J.ACE LAVEL)、輪入道の2020年作『光』(GARAGE MUSIC JAPAN)