日々を生きる実感こそが生み出した新たな音楽——これまでの日常とこの先の日常の分岐点となった2020年、ILL-BOSSTINOはいま何を考えている?

ライブの日々

 昨年7月にグループ名を冠した2枚組の大作『THA BLUE HERB』をリリースし、〈第5章〉の幕を開けたTHA BLUE HERB。そのリリース・ツアーの真っ只中となる昨年10月にはシングル『ING/それから』も発表していた彼らが、早くも新たな作品『2020』を完成した。5曲入りとなる本作はMCのILL-BOSSTINOいわく、「ミニ・アルバムというより、シングルの延長のEPという感じ」。世界を襲ったコロナ禍により、2020年は記録にも記憶にも残る年となっているわけだが、もともと今作は数曲入りのシングルを作ろうという構想から始まったものだと語る。

THA BLUE HERB 『2020』 THA BLUE HERB RECORDINGS(2020)

 「また新しいものを作って、今年の夏くらいに出そうと思ってたんです。それで年明けから少しずつ作業を始めてたんだけど、この2~3か月で起きたことがとても大きなインスピレーションになったので、こういう内容になった感じですね。“2020”という曲では現況から感じることを書いたけど、ライブがなくなって家で作業する時間が大幅に増えたので、〈ライブの日々〉を振り返る曲にも繋がっていったんだと思います」。

 ライブをテーマにした曲は“STRONGER THAN PRIDE”と“バラッドを俺等に”。しかし、フォーカスする場面・状況がこれまでのライブものとは違う。

 「これまでライブをテーマにした曲は、ライブでお客さんを盛り上げられる弾丸が欲しいっていうところから始まるから、〈来たぜ!〉とか〈上がってこうぜ!〉っていう内容の曲がほとんどで。そもそもライブは騒いでる場面や大きく身振り手振りしているところを語られやすいと思うんです。でも、“STRONGER THAN PRIDE”で描いたような人たちは、どの会場にも多くいる。ひとりで来てる人とか、声を出さずに観てる人、静かに来て、静かに帰る人たちもたくさんいるわけで、そういうお客さんたちのことを歌っています」。

 その“STRONGER THAN PRIDE”では、10年前に発表されたSEEDAの“WISDOM feat. ILL-BOSSTINO & EMI MARIA”においてSEEDAが蹴ったヴァースをサンプリングしている。

 「SEEDAの〈大きな力 俺等に必要ない〉っていうリリックが当時から好きで、声ネタで使ってみたいというアイデアは昔からあったんです。ライブを静かに観ている人たちと互いの理解を深めていくためには大きな力は必要ないっていうラインがしっくりきて、それで使わせてもらいました」。

 ラストを飾る“バラッドを俺等に”は8分を超える大作。リリースに先駆けてMVも公開されているこの曲では、ライブを終えて、翌日にまた別の場所でライブを終えるまでの1日半がドキュメンタリー・タッチで綴られている。

 「これは本当に俺らの日常っていう感じ。ライブで街から街へ移動する間の情景を歌いたくなったんです。去年のツアーではそういうところにわりと目が向いていたんだと思う。こうやって時間軸に沿って書くような曲は、これまで書いているようで書いてない。今回のライブものの2曲では、これまで触れてなかった場面を書けましたね」。

 

起こっていることの記録

 そしてタイトル曲“2020”は、5曲の中で最後にレコーディングされた楽曲だという。予想だにしなかった禍々しい出来事に直面した思いと、日毎に変わる情勢・状況をなるべくリアルタイムで刻むために、時間の許す限り、最後まで細かく書き直して作ったそうだ。

 「生きてきて、こんなに毎日、未経験なことがどんどん起きることはなかった。いまの状況に対して、誰もが何かしらの影響を受けていると思うし、それをSNSで発信している人たちもいるけど、僕はこの2020年という年が大きな節目になると思ったので、楽曲として残しておきたいと思ったんです。曲でも言ってるけど、個人的にはこのあとすべてが元通りになると思ってないし、ここから日本は難しくなったり、苦しくなっていく部分が多くなるんじゃないかと予想もしている。そういう意味でも、後から振り返ったときに時代の大きな分岐点になると思ったので、そういう気持ちも歌ってみたかったんです」。

 7分を超える同曲のリリックには、自粛要請、緊急事態宣言、持続化給付金、観光地、パチンコ屋、オリンピック延期、志村けん――とコロナ禍を連想させる言葉やフレーズが直接的、あるいは婉曲的にちりばめられている。風刺の要素も、批判の姿勢も、嘆きの感情も入ってはいるが、メッセージソングというよりは、まずはこの春に経験したこと、起こったことの記録ソングという印象を受ける。

 「ルポライターっていう感覚で書いてたんだと思う。どの事象やどのトピックを取り上げるかというところに自分の思想は反映されてると思うけど、基本的に俺の考えを言うというよりは、起こっていることを記録しておきたいという気持ちが強かった」。

 〈記録〉ということもあってか、“2020”におけるO.N.Oのビートはゆったりとしていてシンプル。余計な装飾もなく、極めて感情的でもない。

 「それは言葉を聞かせたいから。自然とそういうビートをチョイスしたんだと思う。“IF”は作品の幕開けとして勢いが欲しかったけど、他の曲はあまりガツガツしてないというか。わりと淡々と、言いたいことをゆっくり言っていくっていう感じでレコーディングしたんです。というのも、自分が何者かっていうようなことに関しては、セルフ・ボースティングも含め、去年のアルバムの段階で出しちゃってるから。何せ去年出したのは30曲だからね(笑)。〈自分たちはこういう奴らだぜ〉っていうことは出し切ってるから、心情的にもすごく落ち着いていたんだと思います」。

 

音楽自体を進化させるチャンス

 6月には初の無観客配信ライブ〈CAN YOU SEE THE FUTURE?〉を行うなど新たな試みにも挑戦。現状を〈どうせだったらチャンスと思ってみる〉と“2020”で歌ってもいるILL-BOSSTINOは、自分たちのこの先の音楽活動にどのような活路を見い出そうとしているのか。

「いまは正直、昔みたいにいろんな街に行ってライブできる日はすぐには戻ってこないって思ってる。そこで音楽を生業にするためにどうするか。以前CD不況だと言われたときは、〈これからはライブだ〉ってことでライブをメチャクチャ鍛えて、実際それで生き残ってきた。今度はそれが逆になるのかなと。僕らとは比べ物にならないほどの例えだけど、例えばビートルズはライブをやらない方向に舵を切ったからこそ、『Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band』という名盤を作り上げた。ライブでは再現できないようなことも含めて、音楽自体をどんどん進化させていった。そういう意味で自分たちも進化していくチャンスなのかなって思ってる」。

 グループの現状を〈第5章〉の途中だと位置づけるILL-BOSSTINO。今後スタジオ・ワークにも磨きをかけたTHA BLUE HERBがどのような楽曲を生み出すのか、新たな期待が膨らむ。

 「ライブができるんだったらすぐ動くけど、ダメならダメでまだまだガンガン作っていくよ。今回は5曲作ったけど、このまま行ったら15曲なんて余裕でできるな、アルバムまで行っちゃう?ってO.N.Oと話してたくらいだから(笑)。いまは〈第5章〉の中の特別な一年を過ごしているという感覚かな。ライブが全部キャンセルなんてのはキャリアで初めてのことだからね。見たことのない道を進んでいるっていう感覚がすごく強い。相変わらずワクワクしてますよ」。

 

THA BLUE HERBの2019年の作品。